46.王国の第一王子編 原因追求
セフィライズは自身の兄、シセルズの姿が見えなくなったのを確認して再びため息をついていた。
スノウは、「似てますね」と言うべきか迷う。確かに彼らはとても似ている。しかし雰囲気や喋り方は別人すぎて、似ているという言葉が適切かどうか判断できなかった。
スノウの悩みに気がついているのかいないのか、セフィライズは何事もなかったかのように、彼女の前に立った。
「早速で申し訳ない、今すぐ頼みたい」
セフィライズの申し出が何か、スノウにはすぐ理解できた。そもそもこの国に連れてこられた最初の理由。アリスアイレス王国の第一王子が患っている、フレスヴェルグの病を治す事。そして達せられれば、彼女は自由。
スノウは歩き出す彼の後ろへ付き従った。どこに向かっているかもわからないが、とても長い道のりに感じる。見たこともない広くて豪華な建物。調度品や絵画が飾られている。それらを見ているだけで、今までのスノウなら楽しめていたはずなのに。何故だか気持ちが浮かばない。
一つの扉の前でセフィライズが止まる。何よりも重厚で気品溢れる装飾が施された深紅の扉だった。スノウはもう何度階段を登ったのかわからない。きっと上の方まで来たんだということしか理解できなかった。
「到着致しました」
セフィライズが扉を叩き開けると、スノウは無意識に彼の背中に隠れた。
広い部屋に大きな天蓋付きのベッド。眠るのは深紅の髪の男性。その傍で心配そうに座る少女もまた美しい紅色の髪、上品な淡い水色のドレスを着ている。ベッドの横には他にも、高貴な服を着ている数人の貴族が整列している。レンブラントもその最後尾に後ろに並んでいた。
「スノウ、前にでなさい」
セフィライズに促され、全員の視線がスノウへと集まる。彼女は恐る恐る前にでた。整列をしていた人の中から、先頭にいた小太りの男がスノウを誘導する為に前へ。しかし、まるで汚いものを見るかのような目で彼女を見ている。
「娘、こちらはアリスアイレス王国第一王子、カイウス様だ」
「え……カイウス!?」
スノウは驚きのあまり、声に出してしまった。思い出してしまったのは同じ名前の、あの黒髪の傭兵。慌てて口を塞ぐも、時すでに遅し。全員から刺すような痛い視線が向けられた。
「殿下を呼び捨てとは」
「すみません、ツァーダ様。長旅で少し疲れているようです」
食ってかかろうとする小太りの男、ツァーダとスノウとの間にはいるセフィライズはどこか申し訳なさそうな顔をしていた。
ツァーダはアリスアイレス王国の文官の一人。あまり少数民族に理解のない人間で、セフィライズにもあまりいい対応をする男ではなかった。
「では、お願いします」
つい先ほどまで共に行動をしていたセフィライズとは到底思えないほどに感情のこもらない声。他人のような態度でスノウをカイウスの方へ誘った。
スノウは促されるままにベッドのそばまで行き覗き込むと、横たわる第一王子はかなり痩せていた。セフィライズがカイウスの手をとり見せる。指先から腕までが、黒く変色していた。
スノウはその手にそっと触れてみる。冷たく、硬い。意識のないカイウスの顔を見て、再び手に視線を戻した。全く見たことのないその症状にとても困惑する。自分の能力で、大丈夫だろうか、と。
「四肢が既にこのように変色している。今は意識もない」
「あの……どうして、このようなことになったのでしょうか」
スノウの質問に、ツァーダがまた何か言いそうになったのを、レンブラントが止めた。
「経緯でしたら、説明させて頂きます。同行致しましたのは、わたくしですので」
それは、つい三ヶ月前の話だった。
「今日の会談は、有意義なものになるといいのだが」
気品溢れる重そうな深紅の服を身に纏い、特徴的な赤髪をポマードで丁寧に固めている男性が歩きながら言った。
「そうですね、カウイス様。あちらはもう、予定通り到着しているそうです」
アリスアイレス王国第一王子、カイウスの後ろを歩くレンブラントが答える。中立の立場を主張するコンゴッソのギルド本部から部屋を借りて、リヒテンベルク魔導帝国との話し合いの場を設けたのだ。
そもそもの始まりは、数十年前の事。
全世界で減少していくマナ。このままでは、世界には終焉しかない。どうにかマナを安定供給させる事はできないだろうか。その手段を各国が模索していたある時、とある噂が流れた。
白き大地の民の国王が《世界の中心》を手に入れた、と。アリスアイレス王国の耳に入ったそれは、にわかに信じがたいものだった。
《世界の中心》……そのようなものがあるかどうかすら怪しい。無限にマナを生み出す世界樹と、ほぼ同じ役割を果たすともいわれている。それだけではない、手に入れた者は、知識、権力、財力……ありとあらゆるものを、手に入れるとも言われていた。
不可能を可能にするもの。
《世界の中心》がどんなものかもわからない。誰も見たことがないのだ。それ故に、存在していることすら怪しまれる伝説上のもの。
その《世界の中心》を、白き大地の民は隠し持ち独占している。そう主張して突然宣戦布告をしたのがリヒテンベルク魔導帝国だった。そしてあっけなく、彼らを虐殺し、蹂躙した。しかし、魔導帝国が《世界の中心》を手に入れたという話は誰も聞かなかった。
しばらくして、リヒテンベルク魔導帝国は自らが殺戮のかぎりを尽くした白き大地の民を集め出す。それが非人道的であるが故に、各国で揉めた。強引で、人権を無視した扱い。まさしく道具そのもの。
そして壁の存在を利用し、秘密裏に他国の管轄内で少数他民族を白き大地の民と同じように扱っている、という話まで聞くようになった。




