45.王国の第一王子編 お迎え
淡い雪がスノウの目の前を舞う。細かい小さな小さな白い六花に、彼女は手を伸ばした。体温で消える儚さ。遠くを眺めると、雄大な山々と真っ白な平原。
遠くまで来たんだな、とスノウは改めて思う。
「おーい、スノウちゃんいるー?」
アリスアイレス王国の正門から歩いてくる男性が1人。幌馬車の近くで座り込んでいたスノウは、そちらへ顔を向けた。
男性は切れ長の目、薄い唇。整った顔立ちで肌は色白。左目の下に、涙ぼくろと円を崩したような小さな入れ墨がはいっている。赤茶色の長い髪を束ね、腰に剣を帯びていた。スノウが支給された亜麻色の制服と違い、群青色で金糸の線が何本か多い。
「あ、はい。わたしです」
スノウは目の前に立った男性を、どこかで見たことがあると思った。ずっと前から知っているような、でも確実に初めましての男性。とても不思議な感覚だった。
「初めまして。アリスアイレス王国、第一王子直轄後方支援部隊所属、シセルズ・ファインです」
シセルズは満面の笑みで握手を求めた。スノウの近くに立っていたギルバートにも握手を求めに行く。
「いやー、セフィが連れてきた女の子がどんな可愛い子かと思って、気になってさぁ。俺の仕事じゃなかったんだけど、来ちゃった」
スノウはシセルズの言うセフィというのが、セフィライズの事だと気がつくのに少し時間がかかった。わかった、という表情をすると、シセルズがまた嬉しそうに八重歯を見せて笑っている。
「あ、そうそう。えっと、ギルバートさん? セフィから話は聞いてるから。先にスノウちゃん連れていっちゃうけど、また俺が戻ってくるから」
シセルズはギルバートにコカリコの街の支援についての話を始めた。その横で、スノウはまじまじとシセルズの顔を覗き込む。この既視感は、一体どこからくるのだろうかと。
「ん? スノウちゃん? 俺の顔になんかついてる?」
「あ、いえ! すみません!」
あまりに見つめすぎたかと、スノウは慌てて手を振った。恥ずかしそうなスノウに、シセルズは近づきすぎなほどに顔を寄せる。
「そんなに、見たことある?」
「え、いや……すみません……」
スノウはなんと答えていいかわからず、ただ謝ることしかできなかった。そんなスノウにシセルズは「可愛いじゃん」と言って、頭をポンポンっと撫でる。
「それじゃ、ギルバートさん。また後でー。行こっか、スノウちゃん」
スノウはギルバートに頭を下げてでからシセルズの後ろをついて歩く。正門をくぐり、アリスアイレス王国の城下町へ。
立ち並ぶ建物は灰色や黄土色をした焼き煉瓦で作られている。各所に魔道人工物の街灯も設置されていた。寒いのに人通りはとても多く、みんな穏やかな表情をしている。陽気に歌や楽器を奏でる人、走り回る子供たち。スノウが見たどこの街よりも賑わっていて、衛生的。そしてなにより、平和に見えた。
城下町から緩やかな坂道を登り、凍っている湖にかかる橋を渡る。子供たちが湖の端でスケートを楽しんでいた。
アリスアイレス城もまた、焼き煉瓦で作られた立派なもの。一部には石膏が塗られ、煉瓦の色と合わさって美しく壮観な佇まいだった。
見張りの兵士がシセルズを見かけて敬礼をしている。後ろから何も考えずについて歩くだけのスノウだが、ふと腕章を見ようと覗き込んだ。やはり彼女にはよくわからなかったが、沢山印がついているのだけは理解できた。
「ところでスノウちゃん、俺が誰かわかった?」
「え?」
城の入り口の扉を開ける前に、シセルズに問いかけられる。誰? というのはどういう意味なのか、スノウは首を傾げた。しかし、確かにこの既視感を彼女は説明できなかった。確かに見たことはあるのだが。でもどこで見たのだろうか。
「あーあ、残念。じゃあ、答えはこの中の人に聞いてくださーい」
シセルズが扉を開けると、巨大な玄関の間。吹き抜けになっており、正面には途中で二手に分かれる階段と、巨大なステンドグラス。上質な赤い生地と、金糸で縫われたアリスアイレス王国の紋章入りの垂れ幕が等間隔に飾られている。
そして玄関の間の中央にセフィライズが立っていた。
「ちゃんとお姫様、連れてきたぜ」
セフィライズに歩み寄るシセルズは、茶化すように笑いながら彼の肩を叩く。ゆっくりと二人は横並びになった。
スノウはセフィライズとシセルズ、二人の顔を同時に見てやっとこの不思議な感覚に答えが出た。
似ている。
彼らはとても似ているのだ。
髪の色は全然違う。雰囲気も全く似てない。しかし、絶対に、言い逃れできないほどに、顔立ちが似ている。
「でもどうしてって顔してるよ、スノウちゃん」
スノウの考えてることがわかったのか、シセルズはお腹を抱えて笑っている。セフィライズの肩を何度か叩いていた。
スノウは直感的に兄弟だと察しがついた。以前、セフィライズにお兄さんがいる、という話を聞いたように思う。しかしすんなりとは受け入れられなかった。
セフィライズは白き大地の民。銀髪と銀色の目な肌の白い民族。しかし、そのお兄さんであるシセルズが、赤茶色の目と髪なのが理解できない。
「驚いた? 広告塔はこいつ1人で十分だから」
喉の奥を鳴らし笑うも、シセルズは一瞬で真剣な目になってスノウを見つめる。
「やっぱり、大変じゃん? この色。こういうのはね、一人でいいの」
「兄さん、もういいよ。あとはやるから」
「はいはい、お兄さんは退場しまーす」
手を振りながらシセルズが去っていく。セフィライズはため息をついてスノウに謝った。