38.医療救護編 深淵
セフィライズと共に、レンブラントがいるという場所に向かう。街は想像以上に破壊されていた。崩れた箇所がない建物を探す方が、困難だった。建物の中で瓦礫を持ち上げ下敷きになった人を救護したり、子供同士で肩を寄せ合ってただ座りこけていたり。最初にこの街を訪れた時の面影は、微塵も残ってはいなかった。
レンブラントを訪ねた先は、比較的しっかりとした状態で残った大きな箱のような建物。崩壊以前は倉庫で、ただ運良く中はほとんどが空の状態だった。一部崩壊した天井からは、日が差している。中には多くの人が避難し集まっていた。
その中を、子供を抱えて移動するレンブラントの姿を発見する。近くまで進むと、彼はすぐセフィライズに気がついた。
「ご無事で」
レンブラントは心配する素振りも見せず頭を下げる。心底、セフィライズの事を信じているのだろう。
「マントは馬車に置いてあります。馬車はあちらに」
「わかった、私は少し休ませてもらう。レンブラントも、あまり無理はしないように」
「かしこまりました」
多くの人の前を毅然と歩くセフィライズの後ろを、スノウはついて行く。彼の姿に、人が騒めいても気にするそぶりもない。自然と彼の歩く先、人が避けていく。
今まで見えていなかったものを、スノウは見た気がした。ずっと長い間、こうして生きてきたのだろうか。隠さずに生きること。ありのままで、生きること。どのような気持ちだったのだろうか。
馬車はひとめにつかない場所に止められていた。しっかりとした作りの馬車に取り付けられた扉を開け、セフィライズはスノウを先に車内へ誘う。向かい合って座り、扉を閉めた。
「少し、休もう」
「はい……」
スノウは俯くと、ほんの少し、指を絡めてそれを眺めていた。彼に何か伝える言葉がでてこない。言いたいことは、沢山あるはずなのに。
「あの、セフィライズさん……」
「……すまない」
話しかけようとスノウは顔をあげた。しかし彼は頭を支えきれないように揺らし、謝罪を口にする。その続きの言葉を発するか否か。視線の先でゆっくりと、座席に座ったまま落ちるように眠りについていた。眠りにつく、という表現が正しいのか、それは気絶した、に近いのかもしれない。眠った彼は少し苦しそうな表情をしていた。
服は所々裂けているものの、体は無傷。毅然とした態度で、何事もなかったかのように振る舞っていたけれど。本当は、ずっとずっと前から限界だったはず。
「ごめんなさい」
スノウは畳まれ置いてあったマントを、そっと彼にかけ呟いた。
ちゃんと、向かって言えなくて。ごめんなさい。
真っ暗な空間。どこまでも広がっているようで、とても狭い場所のようで。黒い空間に、光が揺蕩う。水が滴り落ちるみたいに。音もない、風もない、何もない。そんな場所に、セフィライズは立っていた。
ああ、またこれか。幾度となく見た、繰り返した。同じような、夢だ。
「いつまで……」
セフィライズの前に立つのは、突然現れた自分自身。その分身が問いかけてくるのは、いつもの言葉。
「いつまで、そうしているつもりだ」
幾度となく見た深淵。目の前に立つセフィライズは虚な目で、しかしはっきりと睨みつけるように見る。その両手が、首元に伸ばされた。そして繰り返されるのだ。同じ質問を。
「いつまで、そうしている」
その問の意味を、何よりも理解しているのは、自分自身。
「もう、最初から……何もかも手遅れだ」
こう答えると、首を掴む手に力が入った。息苦しい。それでも、声を絞る。
「今更、何も……変えられない……」
「それで? それで、いいのか。ただ、ゆっくりと、朽ちていくのか」
怒りの表情を見せる分身は、その手で強く、首を握り絞める。もう、息もできないほどに。締め付けられても、何も抵抗はしない。する意思もない。
「ならば、死ね!」
その言葉で、セフィライズは悪夢から目を覚ました。
馬車の中は静まり返っていた。小窓から差し込む光はなく、あたりは暗くなっている。少し、肌寒く感じた。セフィライズの体は言うことを聞かず、全身が変に重く。しかしはっきりとした悪夢から解放されて、息は荒立っていた。
首元に手を持ってこようと動かすと、体にかけられたマントが落ちる。セフィライズは、目の前にスノウが横になって眠っていることに気がついた。落ちたマントを拾い、彼女の体にかける。セフィライズは自分の首に手を当てて、憂うような目で遠くを見た。
「ならば、死ね。か……」
自嘲するように、彼は笑った。




