表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/384

38.医療救護編 深淵



 セフィライズと共に、レンブラントがいるという場所に向かう。街は想像以上に破壊されていた。崩れた箇所がない建物を探す方が、困難だった。建物の中で瓦礫を持ち上げ下敷きになった人を救護したり、子供同士で肩を寄せ合ってただ座りこけていたり。最初にこの街を訪れた時の面影は、微塵も残ってはいなかった。


 レンブラントを訪ねた先は、比較的しっかりとした状態で残った大きな箱のような建物。崩壊以前は倉庫で、ただ運良く中はほとんどが空の状態だった。一部崩壊した天井からは、日が差している。中には多くの人が避難し集まっていた。

 その中を、子供を抱えて移動するレンブラントの姿を発見する。近くまで進むと、彼はすぐセフィライズに気がついた。


「ご無事で」


 レンブラントは心配する素振りも見せず頭を下げる。心底、セフィライズの事を信じているのだろう。


「マントは馬車に置いてあります。馬車はあちらに」


「わかった、私は少し休ませてもらう。レンブラントも、あまり無理はしないように」


「かしこまりました」


 多くの人の前を毅然と歩くセフィライズの後ろを、スノウはついて行く。彼の姿に、人が騒めいても気にするそぶりもない。自然と彼の歩く先、人が避けていく。

 今まで見えていなかったものを、スノウは見た気がした。ずっと長い間、こうして生きてきたのだろうか。隠さずに生きること。ありのままで、生きること。どのような気持ちだったのだろうか。


 馬車はひとめにつかない場所に止められていた。しっかりとした作りの馬車に取り付けられた扉を開け、セフィライズはスノウを先に車内へ誘う。向かい合って座り、扉を閉めた。


「少し、休もう」


「はい……」


 スノウは俯くと、ほんの少し、指を絡めてそれを眺めていた。彼に何か伝える言葉がでてこない。言いたいことは、沢山あるはずなのに。


「あの、セフィライズさん……」


「……すまない」


 話しかけようとスノウは顔をあげた。しかし彼は頭を支えきれないように揺らし、謝罪を口にする。その続きの言葉を発するか否か。視線の先でゆっくりと、座席に座ったまま落ちるように眠りについていた。眠りにつく、という表現が正しいのか、それは気絶した、に近いのかもしれない。眠った彼は少し苦しそうな表情をしていた。

 服は所々裂けているものの、体は無傷。毅然とした態度で、何事もなかったかのように振る舞っていたけれど。本当は、ずっとずっと前から限界だったはず。


「ごめんなさい」


 スノウは畳まれ置いてあったマントを、そっと彼にかけ呟いた。

 ちゃんと、向かって言えなくて。ごめんなさい。








 真っ暗な空間。どこまでも広がっているようで、とても狭い場所のようで。黒い空間に、光が揺蕩う。水が滴り落ちるみたいに。音もない、風もない、何もない。そんな場所に、セフィライズは立っていた。

 ああ、またこれか。幾度となく見た、繰り返した。同じような、夢だ。


「いつまで……」


 セフィライズの前に立つのは、突然現れた自分自身。その分身が問いかけてくるのは、いつもの言葉。


「いつまで、そうしているつもりだ」


 幾度となく見た深淵。目の前に立つセフィライズは虚な目で、しかしはっきりと睨みつけるように見る。その両手が、首元に伸ばされた。そして繰り返されるのだ。同じ質問を。


「いつまで、そうしている」


 その問の意味を、何よりも理解しているのは、自分自身。


「もう、最初から……何もかも手遅れだ」


 こう答えると、首を掴む手に力が入った。息苦しい。それでも、声を絞る。


「今更、何も……変えられない……」


「それで? それで、いいのか。ただ、ゆっくりと、朽ちていくのか」


 怒りの表情を見せる分身は、その手で強く、首を握り絞める。もう、息もできないほどに。締め付けられても、何も抵抗はしない。する意思もない。


「ならば、死ね!」


 その言葉で、セフィライズは悪夢から目を覚ました。




 馬車の中は静まり返っていた。小窓から差し込む光はなく、あたりは暗くなっている。少し、肌寒く感じた。セフィライズの体は言うことを聞かず、全身が変に重く。しかしはっきりとした悪夢から解放されて、息は荒立っていた。

 首元に手を持ってこようと動かすと、体にかけられたマントが落ちる。セフィライズは、目の前にスノウが横になって眠っていることに気がついた。落ちたマントを拾い、彼女の体にかける。セフィライズは自分の首に手を当てて、憂うような目で遠くを見た。


「ならば、死ね。か……」


 自嘲するように、彼は笑った。























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ