35.黒衣の凶徒編 合流
その時、大地が揺れた。壁からあの黒い物体が現れた時と同じ揺れ。そして大勢の人が金切り声で泣き叫んでいるかのような、それがまるで一つの場所から発せられるような音。大地が突き上げるように、広場に敷かれた煉瓦が歪に盛り上がり、カタカタと互いに触れ合って音を出していた。
ガーゴイルの石像があった場所の地面から、黒い粒子がひしめき合うような、それでいてはっきりとした姿の大きな手が出てくる。デューンが呼んでいた、ウロボロスと呼ばれる生き物。ウロボロスの手はまだ見えぬ体を引っ張るかのように地面に添えられ、大地を握りしめ煉瓦を押しつぶした。
デューンはウロボロスの巨体を確認し、満足げに剣を収める。
「足止め終了っと。悪りぃな。俺たちはこれで撤退する。いくぞネブラ!」
「あいよ!」
待て、と引き留めたい気持ちを抑え、セフィライズはあえて動かなかった。奴らを追うことより、今ここにいるギルバートを助けたいと思ったからだ。大地から這い出したウロボロスは四つん這いの状態で、人の三倍はあろうかという体と異様に小さな頭。さっきは左腕、頭部だけがはっきりとした形を保っていたその黒い塊は、右腕も同じように形を保って現れた。
−−−−進化、しているのか?
ウロボロスが這い出たと同時に、黒いヘドロを巻き付けた人間のような見た目の、タナトスの群れが溢れ出る。それらはウロボロスに吸い寄せられるように、手を上げすがるようにして蠢きあっていた。タナトスの群れの黒い体からは異臭が放たれている。腐ったような焦げたような異様な匂いだ。
それらはセフィライズの目の前を列をなして進む。ウロボロスは次第に二足歩行をする人のように立ち上がり、加速する。タナトスの群れは、立ち上がったウロボロスに追従していった。常人ではあり得ない速さで真っ直ぐに壁の方へ向けて進んでいく。障害物となる建物を薙ぎ倒し、破壊したその上を踏みつけながら。
セフィライズはデューンとネブラ、そしてタナトスの群れとウロボロスの気配が消え去るのを確認し、ギルバートの横に座った。首筋に手を当て、脈を確認する。大丈夫、まだ生きている。セフィライズは胸をなでおろした。スノウなら、生きてさえいれば助けられるのではないかと考えたからだった。
左手でギルバートの体を起こした。意識のないギルバートに話しかけてみるも、やはり起きる気配はない。既にほとんど使い物にならなくなっている右腕を無理に動かし、セフィライズはギルバートを背負った。しかし、セフィライズは自身が思っていた以上に体力を消耗し、早く進むことはできない。ギルバートを落とさないようにスノウの元へ急ぐ。一瞬で駆け抜けたと思った道のりが、今はとても遠く感じた。
スノウは馬のそばで回復した女性の横に座り込んでいた。あたりを警戒する気力もないが、音だけはとてもよく聞こえた。セフィライズが走っていった方向から、破砕音が聞こえて不安になる。四つん這いになりながら、草むらをほんの少し掻き分けて、周囲を見渡した。
建物が崩れ、土煙が舞う。それがずっと遠くの方へと進んで消えていく。
−−−−セフィライズさんは、大丈夫かな……
不安感を煽る音が遠のいたというのに、セフィライズは戻ってこない。胸が潰れそうだった。もし、死んでしまっていたら、どうしよう。生きてさえいれば、助けられるはず。わたしなら。スノウはそう自分に言い聞かせた。
現実になってほしくないのに。何度も何度も、もしも、と嫌なことばかりが頭の中を通り過ぎる。
もし、動くことができないぐらい、重症だったらどうしよう。その考えが頭をよぎった時、彼女は立ち上がっていた。もし、もしも。戻ってこれずに助けを求めていたら。行かなくては。
セフィライズから待機を指示されたが、どうにも逃れようのない不安感に突き動かされてしまう。力の入らない体をなんとか奮い立たせる。スノウが顔を上げると、道の向こう、ずっと奥から人影が見えた。
木の幹に体を預け、隠れるようにして確認した。次第に近づいてくるその人影が、誰かを背負ったセフィライズだと気がつくのに、あまり時間はかからなかった。
「セフィライズさん!」
走り寄りたいのに、スノウにはそれができなかった。なるべく早く歩いて、彼の元へ急ぐ。セフィライズも、スノウに気がついて安堵の表情を浮かべた。
「酷い、怪我っ……!」
スノウは彼らの姿を見て、口元をおさえた。セフィライズがギルバートを地面にゆっくりと下ろす。
「スノウ、頼めるか」
「はい、でも……」
自分一人の力では、ギルバートを助けることは叶わない。しかし、今ここに怪我をしたセフィライズも一緒にいる。スノウは自分の、一瞬よぎってしまった打算的な考えが嫌になった。
彼の血があれば、なんとかなる。だなんて。
そんなことを、考えてしまったのだ。
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