33.黒衣の凶徒編 助け
セフィライズの右太ももに浅く入った槍先が抜ける。痛みよりも危機感に急かされ、素早くその場から離れた。ネブラとデューンはセフィライズに再び攻撃を仕掛けることもせず立ち止まる。
「あーあー、坊や怪我しちゃったの?」
ネブラは槍についた血を眺めながら、光悦とした表情を浮かべた。赤紫の紅を差した薄い唇を舐め、口角を上げて笑うと再び槍を構える。
「こっちの大男にばかり気を取られるからよ、ご自慢の速さも、その足じゃ台無しかしら」
「おいおい、お前ばっかり楽しんでんじゃねーぞ。久々の大物相手だってのに」
デューンの方は、まだ本気を出していないんだろうと言いたげだった。挑発するように大剣を軽々と振り回して見せる。セフィライズの右足に、赤黒く血液が滲んだ。じわじわと染みる痛みを飲み込むように、息を整える為に深く空気を吸う。呼吸を整え終わった彼の瞳には、先程よりも一段と深い色の覇気が宿っていた。セフィライズの表情が冷徹になっていく。その様子をデューンとネブラはただ見ているだけだった。まるで彼が何をするのか分かっているかのように。
セフィライズが手持ちの剣を軽く振り回し、もう一度構える。今度はセフィライズからデューンとネブラに攻撃を仕掛けた。足を庇う素振りはなく、真っ直ぐに剣を突き斬り込む。防戦一方だった先程と違い、好戦的な仕掛け方だった。
「やっと切り替え終わりか?」
「これからよね、坊や」
セフィライズの攻撃開始に二人は喜んでいるようだった。セフィライズの突き抜けるような剣を、デューンがネブラの前に大剣をまわし、弾き返す。セフィライズは多少仰反るもすぐに腰を捻り、腕を振り上げ横から薙ぎ払うように振り下げた。それもまた、ネブラを狙っている。
デューンの鎧の装甲と大剣という硬さに比べ、ネブラは速さを活かす為軽装だった。ネブラの槍も細く軽く見える。いつまでも二人に連携されては押し負かされてしまうと判断し、少し強引にでも片方を先に潰そうとセフィライズは考えていた。
しかし、その考えは甘かった。二人の連携は精密に組まれていたのだ。ネブラへの攻撃は届くこともなく、デューンという巨大な盾に阻まれ、その隙間からネブラの槍が伸びる。セフィライズの得意とする身軽な回避は、足を刺された為に鈍くなっていた。ネブラの槍がセフィライズまで届く事が増え、かすり傷が増えていくが、怯むことなく一歩前に踏み込み攻撃を仕掛けていった。しかし……。
「ッ、……」
ネブラの槍先が首筋まで伸びたのを、身を捻り避けるも、逃げ切れず右肩に刺さった。ネブラは槍を捻り、さらに奥に突き刺そうと力を込める。セフィライズは剣を持たない左手で槍の柄を掴み、押し返そうと踏み込んだ。
「止まったな」
デューンが余裕の表情で笑ったと同時に、大剣を大きく振りかざす。
−−−− 避け……られないっ……!
デューンの大剣が、まるで時間が遅く進んだかのようにゆっくりと振り落ちていくのを見ていた。セフィライズは目を見開き、その一秒もないであろう刹那の時間で、なんとか避ける事を思案した、が、しかし。
叩き潰される。
瞬間、物凄い勢いで何か強い力がセフィライズを引っ張った。一瞬にしてその場から吹き飛ばされたかのように離れ、地面に落ちる。デューンの大剣は再び、大地を大きく割っていた。
「危なかったですね、セフィライズ様」
すぐそこに、ギルバートが立っていた。地面に倒れ込んでしまったセフィライズを庇うように剣を構えている。デューンの大剣が振り下ろされるその時、ギルバートが間一髪セフィライズを助けていたのだった。
「間に合ってよかったですよ!」
「ギルバート、どうして」
「あらかた人命救助も終わりましたし、仲間を残して見に来たんですよ。あの黒いのが、中心に向かってましたからね」
セフィライズは立ち上がり、落としてしまった剣を左手で拾い上げた。右手には、右肩の抉られた場所から血が滴り落ち濡れている。右手を服の裾で拭き、剣を持ち替えた。ギルバートの隣に立ち、再び剣を構える。
「セフィライズ様には、その剣はちょっと重いんじゃないんですか。自分に合った武器を持ったほうがいいですよ」
「そうだな、戻ったら考えるよ。それと、呼び捨てでいい。気持ち悪い」
冗談なのか、本気なのか。セフィライズは真顔で、ただまっすぐ敵への視線を外すことなく言う。ギルバートは、その自分より少し背の低い横顔を、一瞬思考を停止してしまいながら見つめる。そしてすぐに、ギルバートは吹き出して笑った。
「やっぱり、似てるよ」
ギルバートの中で誰かを思い出し、セフィライズと重ねて見る。それを誰とは、彼は言わなかった。
「了解、セフィライズ」




