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30.黒衣の凶徒編 ガーゴイル




 スノウは強くセフィライズの腕を包帯の上から掴んだ。


「っ……」


 痛みの声が彼から吐息のように漏れる。スノウはお構いなしに早口で詠唱を始めた。セフィライズが止めようと手を動かそうとしようものなら、彼女はその腕を更に強く握る。


「今この時、我こそが世界の中心なり」


 スノウの詠唱は、セフィライズが戸惑ってる間に終わってしまった。「すみません」と謝りながら、セフィライズの包帯を慣れた手つきで取り去る。そこにあったはずの切り傷は綺麗に治癒され跡形も無かった。

 ふと、スノウは体に何も変化がないことに気がついた。自身のマナを変換して魔術を使うのだから、本来なら代償が必要だ。癒す対象によっては体内のマナが減少し、疲労感が強く襲ってくることもある。しかし今回も、それがない。

 スノウの治癒の光景を見ていた者達から感嘆の声が上がった。彼女には何かあると思っていたギルバートは心の底から驚いているようだ。まさか治癒術とは思ってはいなかったのだろう。彼らも長く冒険者をしているが、治癒術師、もしくは軽いものでも癒す魔術が使える者にまだ出会ったことがないのだった。


「この力、お役に立てます! だから、連れて行ってください!」


 スノウは周りにも聞こえるように、わざとらしく大きな声を出した。しかし、セフィライズは難色を浮かべている。


「すごいじゃないか、この力があれば何かあっても!」


 ギルバート達が、ぜひ一緒に行こうとスノウの周りに集まってきた。セフィライズはため息をついて頭を抱えている。断ることはできないだろう。スノウの意思の強い瞳が、まっすぐにセフィライズを捉えて離さない。

 セフィライズはレンブラントが連れてきた馬に跨ると、ゆっくりとスノウへと手を伸ばした。それは、一緒に行く、という事だ。

 馬に乗ったことがないスノウは、戸惑いつつ彼の後ろへと乗る。思いの外高くて、スノウは慌てた。手綱ぐらいしか馬具がなく、座るところは当たり前だが不安定で生暖かい。


「わかっているのか、その力を見せびらかすという意味を……」


「……それは、セフィライズさんも一緒ですよね?」


「……、君は……」


 セフィライズは言葉を繋げようかと思った。しかし、それ以上は言えなかった。覚悟があるのかと、聞きたかったのだ。


「必ず、指示には従ってもらう」


「わかりました」


 セフィライズはレンブラントに目配せをして、馬を走らせた。レンブラントは深々と頭を下げ、その意味を理解したようだった。

 セフィライズの馬にギルバート達が続く。黒い影のような泥のような、人間にも似たタナトスの群れは、列を成して町へと侵入していく。それを遠くから馬にまたがり、彼らは風を切りながら見た。早く、早く行かなくては。ギルバートは心ばかりが急く。

 町に近づくにつれ、焼けた匂いと煙が立ち上るのがはっきりと見えた。黒煙が空に広がり、その量が次第に増えていく。


「僕たちは西から回る!」


 ギルバートは指を口に当て笛のような音を出す。腕を高くあげ、仲間達に合図を送った。後ろから追付いしていた仲間達が進路を変え、ギルバートに続いた。

 セフィライズはそのまま直進し町の方へと急ぐ。スノウは馬から振り落とされないよう、必死で彼にしがみつき周りを見ることはできなかったが、しかしその異様な匂いはわかる。

 街の南側に、ちょっとした木の茂みがある。取り急ぎ、セフィライズは馬をその茂みの方へと向け走らせた。木々に馬をつける頃には、何かが爆発する音、人の叫ぶ声、崩れる音が何度も何度も町の方から聞こえてきていた。


 馬を降り、木の影から町の方を偵察する。スノウはセフィライズの後ろにつけながら覗き見る。町の方に人影はない。あんなに活気に溢れていた町が、この場所から見るだけでも酷く荒れていた。焼け焦げ落ちる、通りの店々。一部倒壊する建物。そして、そこを通る黒いタナトスの群れ。ずるずると、湧いて出る。ぞろぞろと、這いずるように進む。しかし異様な速さで。町の中央付近に向かっているようだった。


 轟くような、響くような音がする。突如、上空に大きな翼を広げ飛ぶガーゴイルが姿を表した。どこかで見た姿だと、セフィライズは咄嗟に思う。

 そのガーゴイルの羽ばたきで、周囲では土煙が舞った。ガーゴイルが跳ぶ真下の建物から、男が飛び出してくる。手負いに見えるその男は、剣を上空へと振り回し、ガーゴイルを威嚇していた。その後ろで女が一人、走りながら道を横切った。その瞬間、ガーゴイルは剣を振り回す男に目もくれず、その逃げるように走る女の方へ飛ぶ。物凄い速さで、奇妙に伸びた腕を振り下ろし爪で切り裂いた。そして同時にその鉱物のようにゴツゴツとした尻尾で、男を叩き払ってしまった。


「スノウは一旦、ここにいるんだ」


 セフィライズが指示をだすと、彼女が返事をするか否か、確認することもなくその場所から飛び出した。真っ直ぐに、そのガーゴイルに向かって。セフィライズはガーゴイルに向けて、一本のスローイングナイフを放った。しかし、石のように見える硬い装甲に弾き返される。ガーゴイルがセフィライズに気がつき、威嚇に羽を大きくばたつかせた。

 先程ガーゴイルに叩き飛ばされた男の持っていた剣が、道の真ん中に落ちている。それを拾い上げると、剣の重さを確かめるように回し、盾のように自身の体の近くで構えた。

 ガーゴイルがセフィライズに向かって突進する。彼は剣で軽く攻撃を受け止めつつ受け流し、側面へと回った。


 シュッ……ゴッ……!−−−−


 剣はガーゴイルの石のような表皮に軽く跳ね返され、全く効き目などなさそうだ。地面に手をつき、宙を回転しつつその場から離れる。

 スノウに待機するよう命じた木々の茂みを見るようにしてガーゴイルの背後をとる。ガーゴイルが振り返る様と彼女の存在を認識するのは、ほぼ同時だった。


 スノウは茂みから飛び出し、爪で切り裂かれた女性へと走り寄った。女性は胸から腰にかけて深く傷つき、大量の血を流している。しかし、まだ息があった。苦しそうに顔を歪ませ、喘ぎ声をあげている。


「今、助けますね!」


 大丈夫、間に合う。そう思って、スノウは血だらけのその女性の手を握る。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣(ユニコーン)に身を捧げし一族の末裔なり。魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の傷を癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり!」


 スノウ自身のマナが、握られた手から女性へと流れ込むように集まる。しかし、早口で詠唱を終えても女性の傷はほとんど塞がらなかった。それどころか、体に鉛を植え付けられたかのような、倦怠感と疲労感。

 つい先程、セフィライズの腕の傷を癒した時に疲れが出なかったことで、スノウは自身の能力が上がったと勘違いをしていたのだ。それは、本人の力ではなかったのだ。

 足りない。スノウ自身のマナでは、この女性を助けるだけのものが。足りないのだ。












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