24.宿場町コカリコまで編 手合い
ギルバートは手合いの為の手ごろな剣を探した。一般的には木剣や、切れ味をなくしたものを使う。しかしいまそんなものがあるはずもない。仕方なく予備の剣を2本、手に持ちセフィライズの元へ戻った。
「どうしますか?」
ギルバートは遠慮がちに聞いた。本物の剣を使うとどうなるか、わかりきっていたからだ。下手すれば、怪我だけではすまない。
しかし、セフィライズはそれを了承し、頷いて見せた。手渡された剣を受け取ると、鞘から抜き空気を払っている。
ギルバートから見れば、セフィライズは華奢で色白。そのせいでより一層ひ弱そうに見える。
相手が了承したのだから、叩きのめしても問題ないはず。アリスアイレス王国の氷狼と名を馳せ、その存在は広く認識されている程の強さと聞く。彼に一太刀、いや仮にも勝利してしまったら。ギルバートは自身の名声について妄想を巡らせた。
「本当に、宜しいでしょうか」
念のためにともう一度。しかし月明かりに照らされたセフィライズは、ただ静かに頷くだけだった。
スノウは目と閉じるも眠れないままそのやりとりを聞いていた。聞き耳をたてている状態に、申し訳なさが募るも、手合わせをする、というのだから気になって仕方がない。
体を起こし、寝床からゆっくりと這い出た。テントの布を少しめくり、セフィライズとギルバートの姿を確認する。2人は適度な距離をとって、向かい合っているところだった。
「仮にも、怪我をさせてしまって、問題になりませんか」
「怪我……? 私に?」
セフィライズは再び剣を振るう。そしてゆっくり目を閉じ、深く息を吸った。
「君に、の間違いじゃないのか」
ギルバートへと振り返り、目を開けたその瞬間。セフィライズの雰囲気が一変した。不敵に笑うその冷たい色の瞳は、先程までとは別人のようだ。
その豹変ぶりに、ギルバートは背筋が冷えるのを感じた。先程までとわけが違う。なんとも表現し難い、圧力。
「スノウ、起きているね?」
セフィライズから急に声をかけられたスノウが、テントの中でビクついた。彼女は観念したようにテントから出てくると、ギルバートと目があった。すみません、すみませんと慌てながら髪を撫でつけている。
「合図してもらえないか」
スノウは、合図と言われおろおろとしてしまう。その間に、ギルバートとセフィライズはお互いに向き合って、模擬試合用の挨拶を取り交わした。
剣を払い、胸の前にまっすぐ立てて持つのだ。その状態で反対の手を後ろの腰に回し、頭を下げる。これが一連の挨拶だった。
ギルバートは両手で剣を持ち、足を開けて構える。セフィライズのほうはまっすぐ立ち、片手で剣を構え、もう片方は背中に当てた。
セフィライズの見たことのない立ち姿に、ギルバートは警戒する。それか、片手を使う気がないのかもしれない。
もう、どうしようどうしよう、なんて、おろおろしているのは失礼だと、観念したスノウが息をす吸う。そして、なるべく大きな声で「お願いしますっ!」と言った。
合図と共に動き出したのはギルバートだった。セフィライズに向けて走り、自身の剣を振り上げる。当たるなんてもちろん思っていないそれは、簡単に避けられてしまった。
シュッ−−−−
ギルバートはすかさずセフィライズが避けた方に剣を振り直そうとした。しかしセフィライズの剣が簡単にそれを弾く。まるでセフィライズが振り払ったとは思えない衝撃が剣を伝って腕に響いた。それに耐えかね、ギルバートは剣を落としてしまった。
その瞬間、セフィライズの剣がギルバートの首元で静止する。
「参りました」
ギルバートが両手を上げる。剣を下ろしたセフィライズはどこか納得してない表情を見せた。
「怪我をさせたらどうしよう、というのが見えていた」
本気ではなかった事を指摘され、ギルバートは弁明しようとする。しかし、実際ははそうだっのかもしれない。やはり相手が相手だ。しかも模擬用でもない剣で、本気で切りかかるわけにはいかないと、無意識に自制してしまったのかもしれない。
「殺す気で来るといい」
「つまり、怪我をさせても問題にはならないし、仮に勝ったら、アリスアイレス王国に雇っても頂けるという事でよろしいですか?」
ギルバートは冗談っぽい言葉を選んだ。しかしそれは、彼なりの確認だった。もしここで、剣先が少しでも掠れば。アリスアイレス王国に対して敵対の意思を向けることにはならないか。王国側に目をつけられないか。それに、仮にだ、もしも、もしも。殺してしまうなんてことがあれば。
「一太刀でも、浴びせられるものなら」
これを武者震いといわず何というのか。ギルバートは落とした剣を拾いながら、笑みを抑えられなかった。
全力を出していい、しかも人間相手だ。ギルバート自身より格下の相手を屠ることは幾度となくあった。だが今回は、本気の本気で行かなければ、相手を負かすことなどできない。
お互いがまた、模擬試合用の礼儀を尽くす。ギルバートの気配も変わった。真剣な眼差しに、その様子を離れて見ていたスノウのほうが畏怖を感じた。お互いがお互いを強く牽制しあっているようだった。
鋭い空気、刺すように痛い殺気。ギルバートは闘志を隠さなかった。
次は、殺る。殺る気で、行く。




