23.宿場町コカリコまで編 野営
「野営は、不慣れですか?」
気を利かせてかギルバートがセフィライズに話しかける。
差し出された暖かい飲み物を受け取り、セフィライズは首を振った。
「いや。久しぶりだから、目が冴えた」
セフィライズはコップに口をつけながら、なんでもないといった雰囲気で答えている。またもや、どうするんだよ、と仲間のひとりがギルバートに目を向けた。どうすると言われても、という目でギルバートが見返している。
相手はアリスアイレス王国でもかなり立場の高い人間だ。ギルバート達からしてみれば、こうして焚き火を囲むなんてあり得ないこと。
「ねーねー、あんたって、本当に白き大地の民なの?」
「このアホっ!」
バンダナを頭に巻いた背の低い青年が、明るい口調でセフィライズに聞いた。すかさず隣の仲間が頭を思いっきり叩く。「誰に相手に声かけてんだよ!」と小声で首に腕を回して縛っていた。ギルバートが何か弁解をしようとするよりも先に「そうだ」とセフィライズが答える。
「じゃあ、あのアリスアイレス王国の氷狼さんであってる?」
またもや同じ青年が、首を押さえつけられながら気さくに聞く。次はギルバートが「お前っ!」と頭を叩きつけていた。
彼らが聞きたくなる気持ちもわかる。セフィライズは威圧感や重圧とは程遠い雰囲気でそこにいるのだから。ギルバート達が噂話で聞くような人物には到底見えない。もっとゴツい感じの、いかにも武装した雄々しい男を想像していたのだ。セフィライズの華奢でいたって普通の振る舞いは、意外そのものだった。
「確かに、誰かが勝手にそう呼んでもいるみたいだ」
怒ることもなく、ただ平然と返事をしてくれるものだから、ギルバート達が驚いた目でお互いを見つめ合う。
「今回は、急な依頼で申し訳なかった。しかも少人数だ。想定と違っていたんじゃないか」
「いえ! そんなことは……!」
「驚いたよ! 本当に本当に! だって俺達だけなんて思わないよな!」
お前いい加減にしろー! と声を荒げたくなるギルバートは、作り笑いを浮かべながら青年の足を踏みつけた。痛っ! と声を出すその青年を、別の仲間が口を塞いで羽交締めにしている。
その様子に、セフィライズが思わず笑って見せた。一瞬、全員がその姿を意外だと思い止まる。
青年は「あんたって、案外気さくなんだな」なんて続けるものだから、今度こそボコボコに殴られた。
「すみません、うちのものが」
「問題ない」
大人しくて静かな笑みをこぼしながら、セフィライズはまた飲み物に口をつける。なんだかすっかり拍子抜けしたギルバートは、少しだけ彼の近くに座りなおした。
ギルバートから見ても珍しい。フードを被っていない彼の髪をじっと見つめてしまう。それに気がついたセフィライズが視線を向けると、慌てて謝り手を振った。
「今まで、一度も見たことがなかったので、その……」
白き大地の民を、と続けたかったが。あまりにも失礼かと思ってそこで止めてしまった。その髪の色、目の色、肌の色。ギルバート達からしてみれば、スノウもかなりの異邦人に見えるが、セフィライズは別格だ。まるで自分達と同じには見えなかった。
この髪の毛、血肉全てを、膨大な金額を払ってでも手に入れたい人達を山ほど知っている。死んでいても構わないのだが、生きていればなおのこと価値が高い。セフィライズはギルバートから見れば、歩く高級品だった。
「ああ、これか……君たちと変わらない、色が違うだけだよ」
セフィライズは髪を摘んで見せた。
その髪をまじまじと見て、ギルバートは思う。その異色の銀髪はいまだ見慣れない。だからつい、特別扱いをしてしまう。同じじゃないと、感じてしまう。しかし見た目はどうあれ、セフィライズから身分差を感じさせるような威圧的な態度はないように思う。
対等に接してくれていると感じさせるセフィライズに、見た目からくる印象が薄れていった。
「アリスアイレス王国側の宿場町は、僕達の故郷なんですよ」
ギルバートは何気なく自分の話を始めた。仲間の多くは同じ宿場町の出身だということ。昔からの友達同士で始めた奴らは、元々家が宿屋をやっていたり、馬の世話で生計を立てていたこと。
一通り話したあと「それで……」と聞きづらそうに続けた。
「セフィライズ様は、どうやって、アリスアイレス王国に……?」
「……昔の話か」
ギルバートだけではない、他の起きている仲間達も興味津々だった。
彼らがまだ小さな時の話だが、子供ながらによく覚えていた。唐突にリヒテンベルク魔導帝国が白き大地の民へ進軍したことを。戦争とは言えないかもしれない。それは蹂躪となんら変わらない。
当時、周りの大人たちがざわめき、慌ただしい本当か嘘かもわからない噂話が飛び交っていた。その後、段々と白き大地の民の価値が見出され、ギルバート達も切断された体の一部を仕事で取り扱うことがあった。
「……悪いけど、君たちが満足できるような話を持っていないよ。私も、幼かったから」
興味本位で聞いてしまったことを後悔したギルバートだったが、セフィライズが最後に「兄がいて、兄が連れ出してくれた、後のことは覚えてない」とだけ続けた。
セフィライズはどこか物悲しげに、焚き火に目をやった。飲み終わったコップを地面につけて、膝をかかえるよう座り直す。
「……そういえば、魔術もですが、相当な剣豪とお伺いしてます! よかったら、少し手合わせして頂けませんか?」
ギルバートは雰囲気を変えようと立ち上がり、自分の剣をセフィライズに見せる。自慢の剣を抜いて、一振り回してから鞘に戻した。セフィライズの剣も見たいと視線を向けるも、彼は首を振る。
「持ってないのですか?」
「持つと重いから、その場で調達した方が早い」
魔術師はよく杖を持つ。マナを効率よく具現化させたり集約したりする魔導人工物として。
近年大地のマナは減り、いまや枯渇気味。大地からマナを集められず、結果的に術者本人のマナを利用する。それに、詠唱にも時間がかかるため隙が多い。結果的に剣に頼ることになる。いまやこの世界では、魔術の素養があれど、それを活かそうとする土壌はあまり育っていない。
ギルバートの聞いた話では、セフィライズは魔術師としてではなく剣豪としての強さを誇った噂が多かった。それだけに、何らかの名剣を帯びているのかと思っていたのだ。
「それと全く同じことを言ってる奴を一人知ってますよ。今回の遠征に誘いましたが、断られてしまいました」
ギルバートは酒場での出来事を思い出していた。苦笑する彼に、セフィライズは複雑そうな表情を見せる。
「また機会があったら、ぜひ会ってみてください。どことなく似ています」




