21.宿場町コカリコまで編 出発
コンゴッソの街を囲む壁の外。乾いた大地が遠くまで続き、土埃が舞っている。痩せた木々がぽつりぽつりと続いている先を、ギルバートはため息をつきながら眺めた。
ギルバート達は出発の準備の為、幌馬車に旅の荷物を積み込んでいるところだった。忘れてはいけないのは防寒具だ。アリスアイレスは寒冷の地。壁を越えればもちろんそこは、真冬の世界。
「まったく、予想外だよ」
今回の護衛は、物資も含め全て揃えるようにというかなりの要求だった。なんとか積載のみという状態まで整えたところで、ため息交じりにギルバートが愚痴をこぼす。
彼が見たアリスアイレス王国からの依頼書には国賓を送ると書いてあった。そんな重役を送るのだ。もちろん自国の護衛がいて当然だと誰しもが思う。しかし蓋を開けてみれば、同行する護衛部隊どころかアリスアイレス王国の人間としてギルバートと共にその場にいたのは、レンブラント一人だけ。
確かに、怪しいところはあった。自国の護衛がいれば、わざわざコンゴッソの護衛を募集する必要などないはず。なのになぜ、わざわざコンゴッソの人間を募ったのか。コンゴッソは中立の立場を貫く大商業都。国として成立しているわけではなく、複数の商業団体の長からなる組合が周辺の村々も併せて管理している。
ギルバートは、その組合へのご機嫌伺のようなものだ、大国の礼儀なのだろうと思ったのだ。それに、コンゴッソの西側にはアリスアイレス王国と仲の悪いリヒテンベルグ魔導帝国との壁境界がある。仮にコンゴッソが中立を辞め、リヒテンベルグ魔導帝国側と親しくしだしても困るはず。
しかしそれならば、東のアリスアイレス王国と壁境界にある宿場町コンゴッソで別れればいい。今回は、大国まで送り届けるのが役目だ。もしギルバートが気が付けていたとすれば、この点以外はない。
「我々だけで、本当に大丈夫ですか?」
ギルバートがレンブラントに問いかける。街の外は昼夜問わず野獣だけでなく、マナの枯渇と同時に異形の怪物も闊歩し始めてしまった。そこそこに、危険なのだ。
しかしレンブラントは表情ひとつ変えず、問題ございません。というだけ。
「作業が遅れておりますね。もう少しでご到着なさいますので、急いで頂けますか?」
レンブラントはこの世界では多少珍しい部類に入る懐中時計を取り出し、確認しながら言った。
一般的に時計は共用の事が多い。正確な時刻を示す時計は、その存在自体が大変高価になる。街では大体鐘を鳴らし、時間を知らせ活動しているのだ。
レンブラントの言う、ご到着なさいます。というのが、多分今回の依頼主。アリスアイレス王国のお偉いさんだろう。ギルバートはため息を心の中でつき作業に戻っていった。
セフィライズとスノウの二人は、程なくして準備をしている彼らの元へやってくるのが見えた。セフィライズは深々とフードをかぶり、顔も髪もよく見えない状態。誰も彼を白き大地の民だとは思わないだろう。その後ろでスノウがあたりをきょろきょろと見渡していた。
どんな爺さん。いや、どんな肥えたおじさんが来るのかと、ギルバートは思っていたが、想定より若く見える男性に少し驚いた。
「こちらは、今回の依頼を受けられたギルバート様です」
レンブラントが手を出す、挨拶を促した。ギルバートは右手を胸に、左手を後ろの腰に当て、足を揃えて深々と頭を下げた。敬意と礼儀を尽くす挨拶の仕方だ。
ギルバートの知る、位が高い者達のいつもなら、彼らの前を通り過ぎて馬車に乗り込むか、あったとしても軽い鼓舞の言葉を通り際にかける程度だ。しかしセフィライズはしっかりと、ギルバートの前で立ち止まっていた。
ギルバートは恐る恐る顔を上げる。と、同時にセフィライズがフードに手をかけていた。ゆっくりと下ろされたそれから見慣れぬ銀髪と瞳、白い肌が露わになる。太陽光の下、一際異質な輝きに口をぽかりとあけて見つめてしまった。
白き大地の民のの姿に驚いたのはギルバートだけではなかった。「本物だ」「白き大地の民だ」という声が、騒めきとなって聞こえる。
「初めまして、私はアリスアイレス王国第一王子親衛隊所属、セフィライズ・ファインです」
彼が名前を言った瞬間、その騒めきの種類は全く別のものになった。
「本物?」「あれが氷狼……」「王国の牙か」と、皆が口々に騒いだ。ギルバートはその騒めきを止めるように咳払いをし、大きな声で「光栄です!」と再び胸に手を当て敬礼をした。騒めいていた者たちも再びしっかりと背筋を伸ばして敬礼をした。
「あなたが、アリスアイレス王国の氷狼と名を馳せていらっしゃる、セフィライズ様でしたか。私共は、本日より約束の場所まで、安全にお送りさせて頂きます」
ギルバートのかしこまった声に、セフィライズが苦笑の表情を見せる。ただしっかりと挨拶をしただけなのだが、何か間違っていただろうかと戸惑った。
セフィライズの後ろにいるスノウは、何が起きたかわからないのか落ち着かない様子。何故名前ひとつ言っただけで、こんなにも人々の空気が変わり、騒めきが起きたか。セフィライズがそんなにも凄い人だったのかと驚きつつ、どう反応していいか分からない。
スノウの戸惑いを知る由もなく、セフィライズがギルバートに軽い鼓舞の言葉をかけている。ゆっくりと近づいてきたレンブラントが、その会話を黙って聞いているスノウに、先に馬車へ移動するよう伝えた。
案内されたて見た馬車は、今まで見たどんなものとも違う。しっかりとしたキャリッジで、深い赤がメインに黒と金の細かな装飾が施されている。レンブラントが重厚な扉を開けると、中も豪華かつ丁寧に空間が整えられ、長旅にも耐えうる広い対面の座席。ふかふかと柔らかそうな座面だ。
「どうぞ、お入りください」
こんな馬車に乗るなんて、まるでどこかの童話で聞いたようなお姫様のようだ。スノウは戸惑いながら、一歩中へと足を踏み入れた。




