45 朝靄《あさもや》の海
先日の早朝プチツーリングのエピソードを文章化しました。
普段ソロばかりの活動時間ですが、同じ境遇の人なら一緒に出かけようってもの好きもいるもんですね。
週末。
まだ子供達が小さかった頃は、有給休暇をとって平日に家族で出かけるということもよくあった。
それが、子供達が小学校に上がると平日に休ませる訳にもいかず、出かける予定は全て週末に詰め込まれるようになった。
以前から書いている気もするが、家族と過ごす時間が嫌だという訳ではない。
家族と過ごす時間の大切さは、これ以上ない位よく解っているつもりだ。
ただ、家族と過ごす時間と、バイクで走り回る時間とでは『大切』の種類が違うのだ。
だからこうして午前3時という、朝よりも夜中といった方がいいような時間に、コンビニの駐車場で買い込んだ荷物をバイクのリアボックスに積み込んでいる。
「意外と寒いなぁ…」
コンビニから出てきた同年代の男性が、呟きながら肩をすぼめ、缶コーヒーを開ける。
背格好は私と同じくらい。年齢は私よりも3つ上。私が病気をした時も真っ先に駆けつけてくれた友人であり、職場の先輩でもある、保田仁。
「今日は思った以上に冷えるね。いつもはもう少し暖かいんだけどさ」
私はボックスの鍵を閉めながら言葉を返した。
年上でありながら敬語を必要としない関係というのは、私のような年代では珍しい。
「俺、カッパ着ようかな」
「そうだね、そのほうが良いかも」
先輩は薄手のウィンドブレーカーにジーンズという格好だ。この夜明け前の時間がこんなに寒いとは思わなかったらしい。
まあ、今日はこの時期にしては特別冷え込んでいるのだが。
バイクはスズキのスカイウェイブ。私のスーパーシェルパよりはマシだろうが、どちらにしろ17℃程度しかない外気温では、走り出すした途端に風の冷たさに震えてしまうだろう。
彼がカッパを着込む間に、私はスマートフォンで今日の日の出の時刻を確認する。
夜が明け始めるのは3時45分。日の出は4時23分となっている。
「7時半には帰ってこなきゃね」
「そうだな。俺も子供をサッカーに送ってかなきゃいけないしな」
苦笑。
お互いに家庭を持ち、小学生の子供がいる身。休日のスケジュールもだいたい似たようなモノだ。昼間はどうしても忙しい。
のんびりツーリングに出かけ、美味いものでも食って、一日中走り回れたら良いのだが、父親としての時間の大切さも解っているだけに、そうもいかない。
そんな時、私が夜明け前に出かけて家族が起き出すまでに戻ってくるバイクの楽しみ方を口にしたものだから、一も二も無く「俺も連れてけ!」と言い出したのだった。
「OK。良いぞ」
カッパを着込んだ先輩がヘルメットをかぶってバイクのエンジンをかける。
「じゃ、行きますか」
私もシートを跨ぎ、ヘルメットとグローブをつけてスタートボタンを押す。
250ccの水冷単気筒と空冷単気筒のエンジンが、まだ暗い夜明け前の空気を震わせる。
チェンジペダルを踏み込み、軽く手を挙げてからクラッチを繋いで走り出した。
スリムなスーパーシェルパの後ろを、大柄な250ccのスクーターがついてくる。
アクセルを大きく開く。
風が冷たい。
「さみーッ」
ヘルメットの中で叫んだ。
私は3シーズンジャケットにちゃんとインナーも付けているのだが、体がキュッと縮みそうな寒さだ。
それでも、スピードを緩めることなく、時折ミラーの中のスクーターを確認しながら走った。
スカイウェイブはちゃんとついてきている。
昔はホンダのNSRやVFRに乗って走り回っていた人だが、スカイウェイブを買ってリターンしたのは最近だ。それでも、私程度のスピードならスクーターでも普通についてこれる。
農道から県道を抜け、国道4号線を北上する。
途中、信号で停まる度にくだらない会話をやり取りし、1時間ほどかけて目的地を目指す。
野木駅入口の交差点を左折し、思川に架かった橋にさしかかる。
「うおっ!」
思わずヘルメットの中で唸った。
すぐにミラーを確認し、橋の両側を指差す。
雲海…‥とは違うのだが、川面から立ち上った朝靄が川幅を端まで埋め尽くし、霧の大河が出来上がっていた。
スカイウェイブがパッシングをよこし、橋を渡りきったところでバイクを停める。
「写真撮ろうぜ、写真!」
大声でこちらに叫びながらヘルメットのシールドをもどかしげに上げ、シート下から一眼レフを取り出す。
「…すごいな。何度もここには来てるけど、こんなのは初めて見た」
「そっかぁ、俺の引きってスゲエな」
ヘルメットのシールドを上げながら目の前の光景に唸る私の隣りで、先輩が何度もシャッターを切っている。
この人のバイタリティには感心させられることが多い。
「行きますか…」
「おう」
また走り出す。
目的地は渡良瀬遊水地の北東側、小山市下生井堤。ここからなら10分くらいか。
2台のバイクが田んぼの間を抜け、渡良瀬遊水地の堤防を駆け上がる。
「すげぇ!」
「おお…」
2人して思わず叫んだ。
バイクを停める。
先ほどの川もすごかったが、それ以上だった。
広大な湿地から朝靄が湧き上がり、目の前に霧の海が出現している。
湧きあがる靄は、東の空がオレンジ色に染まるにつれてさらに勢いを増す。
木立が朝靄の大きな波に飲まれ、乳白色の海に沈んでいく。
言葉が無かった。
私も先輩も無言のままカメラを取り出し、ただ夢中でシャッターを切った。
しばらく経ってから、思い出したように大きく息を吐く。
「すごいね」
「すげえな」
お互いにもう一度、朝靄の海を眺めてバイクに跨った。
「この先に公園があるから、そこで朝ごはんにしよう」
「わかった」
5分ほどゆっくりと朝靄を眺めながら進み、公園の端でバイクを停めた。
荷物を開いてお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
「牧村、やっぱりバイクって良いな」
「そうだね」
猫舌気味なのか、コーヒーをフーフーと冷ましながら先輩がしみじみと呟く。
私は自分のコーヒーを飲みながら頷いた。
「コーヒーも美味い」
「美味いね」
この時期にしてはちょっと寒かったが、驚きの景色を見られた。
今日はここ最近では一番の朝といって良いだろう。
「…さて、メシ食って帰るか」
先輩が伸びをする。
私は昇ってきた朝陽と、日に照らされてゆっくりと消えていく朝靄の海をもう一度眺めた。
「良いもん見れたね」
「そうだな、また来ようぜ」
「そうだね」
40歳を過ぎた2人は子供のように笑いながら簡単な朝食をとり、再びバイクに跨って走り始める。
お互いに週末の予定はこれからだ。
父親の帰りを、家族が眠りの中で待っている。
強運の持ち主の先輩が一緒だったからなのか、ものすごい朝靄の景色を見られました。
これでアジをしめたようで、次はどこだ、いつ行くんだ、うるさいくらいです。
気持ちはよく解りますけどね。




