43 色づく季節
少し前のエピソードです。
書くのに時間がかかって、気が付いたらだいぶ季節が進んでいました。
春の空気は目まぐるしい。
汗ばむような暖かな日があったかと思えば、翌日にはみぞれ混じりの冷たい雨が降り、最高気温が10度にとどかない日もある。
その土曜日は、寒い方の春だった。
雨こそ朝には上がったが、空は灰色で陽射しは弱々しい。
いつものように子供達の相手をし、皆で買い物に行き、昼食を食べ、いつもと同じように家族サービスをこなして家に帰ってくると、急にぽっかりと空いた時間が出来た。
時刻は午後3時。
見上げれば、春というにはあまりに寒く、バイクで出かけるには少々重い、灰色の空模様。
「…‥」
それでも、冬用のジャケットとライディングパンツに身を包んで家を出た。
このところ雨と花粉症に邪魔をされ、あまりバイクに乗る時間がつくれなかった。それだけに、自由に出来る時間は無駄にしたくなかった。
いそいそと駐輪場からライムグリーンの車体を引き出し、エンジンをかける。
気温計は6℃を指していたが、スタートボタンを押すと250ccのエンジンはすぐに目を覚ました。朝早く起きてオイル交換やバッテリーの整備をしておいたのが良かったのだろう。
暖機運転をし、マスクの上からネックウォーマーをつけ、ヘルメットをかぶる。花粉症用のメガネをかけるのも忘れない。
この時期、花粉症のライダーは準備が大変だ。
だったら乗らなければ良いじゃないかと思うだろうが、せっかく空いた時間にバイクに乗らないのも、それはそれでつらい。
準備が出来てシートに跨り、サイドスタンドを払う。
クラッチレバーを握ってチェンジペダルを踏み込むと、いつもよりもすんなりとギアが入った。オイル交換をすると、こういう違いが感じられて楽しい。
クラッチを繋いで走り出す。
エンジンの吹け上がりも軽く、気持ちいい。
体を叩く風はまるで冬の冷たさだが、アクセルを開く楽しさとシフトチェンジの気持ち良さが、寒さを忘れさせる。
「使える時間は2時間くらいか…‥遠くまで行く余裕はないな」
県道を北に向けて走った。
道沿いの風景は、田起こしをしただけの寒々しい田んぼが続いている。
ようやく前方に、江戸川の土手が見えてきた。
「ああ、寒くてもやっぱり春なんだな…」
江戸川の土手は鮮やかな黄色に染まっていた。菜の花だ。
ウィンカーを出して土手沿いの道に入り、しばらく春らしい色を眺めながら走る。
土手を登り、橋を渡って対岸の千葉県側に入る。
橋を渡った土手沿いは、未舗装の砂利道だった。朝まで降っていた雨で路面はまだところどころ濡れたまま、水溜りも残っている。
状態の良い場所を縫うようにしてゆっくりと走った。
アスファルトの道路を走っている時とは違う、景色の中を走っている感覚がとても楽しい。
菜の花の横を抜けると、土手の上に白壁と黒い瓦屋根の城郭が現れた。
関宿城博物館だ。
土手を登って城へと近づく。
駐車場に着くと、博物館の周りは梅の花で一杯だった。
白、赤、ピンク。色とりどりの梅が城の外観を持つ博物館を飾っている。
「春か…」
花は鮮やかだが、風が冷たく、人も少ない。
それでも、花々の彩りが春を感じさせた。
カメラを出し、博物館と隣接する公園を歩きながら写真を撮る。
菜の花や梅が咲き、この辺りでは有名な、大きな辛夷の木がづぼみを膨らませて咲く準備をしている。
40歳を過ぎてから、以前よりも季節や自然に意識が向くようになったと思う。
花々や空の色、月の輝き、日の昇り、沈む方向、風の冷たさ、空気の暖かさ、そんな当たり前のことに驚き、感動する。
何故?
何が変わった?
多分、バイクに乗り始めたことがきっかけだろう。
このたった2つのタイヤで走る乗り物は、それまで気にも留めなかったたくさんのことを気付かせてくれる。
風の中を加速し、世界が背後に向かって飛んでいく景色の中で、感覚のアンテナは鋭敏になっていき、目の前のことを素直に、ありのままに見ることが出来るようになる。
季節が鮮やかに色づいていくのを、景色としてではなく自分をふくめた手の届く世界の事として、リアルに感じとることが出来る感性をくれたのもバイクだ。
バイクに乗るようになって、世界がカラフルになったと言ってもいいかもしれない。
ゆっくりとブーツを鳴らし、公園から駐車場に戻る。
木陰に停めた私の相棒が、主人を待つ馬のように静かに佇んでいるのが目に入った。
そのライムグリーンの姿に、フッと笑みがこぼれる。
花を眺めるのも良いが、相棒も待っていることだし、そろそろ帰るとしようか。
寒くても、世界はこんなにも彩りに溢れている。
きっと明日は花の似合う暖かい日になるだろう。
木陰で待つ相棒のグリーンがこんなにも鮮やかなのだから。
この時から季節は進み、すっかり春本番です。
次は桜のエピソードかなぁ。




