42 復活
体調不良の為、バイクに乗ることが出来ず、シェルパのバッテリーをあげてしまいました。
今回はその復活のエピソードです。
私にとって、2月はベッドの上で過ごすことの多い月だった。
上旬に胃腸炎で1週間寝込み、1週おいて中旬にはインフルエンザでまた1週間寝込むことになった。
2月中にバイクに乗ることが出来たのは、合計しても1週間に満たず、スーパーシェルパにいたっては1月の末から全く乗ることが出来なかった。
そして、2月ももう残すところ4日となったこの日、仕事から帰った私はようやくライムグリーンの相棒との時間を持つことが出来た。
エンジンはかからない。
これは2月11日の祝日、建国記念の日の時点でもう既に解っていた。
インフルエンザに感染する直前、胃腸炎から回復した私はエンジンをかけるだけでも…‥と相棒を駐輪場から引き出し、動かそうとしてみた。
その時は、あれこれ1時間ほどやってみたが、相棒は目を覚ましてくれなかったのだ。
寒かったこともあり、すっかり弱ってしまっていたバッテリーは、スタートボタンを押してもセルモーターを回すだけの力が無く、ジーという音だけが虚しく冬空に響いた。
あれから2週間。
私の体調管理がなっていなかったせいで、相棒を動けなくさせてしまったという後悔を、今日こそ晴らすのだ。
私は寝込んでいる間に届いていた新しいバッテリーを手に、スーパーシェルパを駐輪場から引き出した。
陽は既に落ち、周囲は薄暗い。
マンションの隅の広場までゆっくりとバイクを押していった。
駐車場を照らす街灯の明かりが届くので、ここだけは少し明るい。
サイドカバーを外し、新しいバッテリーを取り付けた。
「さてと…」
呟いてキーをONの位置まで回す。
ヘッドライトが灯り、メーターパネルのニュートラルランプが緑色の光を放つ。
スタートボタンを押してみた。
キキュシュシュシュシュシュ…
エンジンはかからないが、セルモーターはちゃんと動いた。
一度キーをOFFに戻す。
「とりあえずは…」
燃料コックをPRIの位置まで回し、10秒待った。
スーパーシェルパでは通常の始動手順だ。
燃料コックを元に戻し、スロットルを2、3回開いてからキーをONにしてチョークノブを引く。
スタートボタンを押した。
キキュキュキュキュ…
エンジンはかからない。
キーを戻し、車体を前後左右に大きく揺さ振った。しなやかな足回りが収縮し、タンクの中のガソリンが音をたてる。
「さあ、どうかな」
キーをONにし、スタートボタンを押す。
キキュキュキュキュキュキュ…
セルモーターの音が響くだけで、ライムグリーンの相棒の心臓は静かなままだ。
「ダメか…」
思わず溜息が漏れた。
キーをOFFにし、リアボックスからウェスと六角レンチを取り出す。
車体の右側に回り込み、キャブレターの下側にウェスを突っ込むと、六角レンチで小さなヘキサボルトを苦労して緩める。
ガソリンの匂いが漂った。
キャブレターに溜まっていた古いガソリンがウェスに浸み込んでいく。
しばらくすると浸み出しが止まった。
「よし、これで良いかな」
ウェスを取り除いてヘキサボルトを締め直し、もう一度燃料コックをPRIに回した。
10秒待ってONに戻し、キーを回してチョークノブを引く。
スタートボタンを押した。
キキュキュキュキュ、バ、キュキュキュキュ…
一瞬エンジンに火が飛んだように思ったが、まだかからない。
ふと閃いて、チョークノブを戻した。
もう一度スタートボタンを押してみる。
キキュキュキュキュ、バパッ、キキュキュキュ…
かからない。
が、さっきよりも良い。
キーをOFFに戻してシートに跨り、全身を使って車体を大きく揺さ振った。
もう一度だ。
キキュキュキュキュ、バ、キキュ、ババッ、キキュキュキュキュ…
かかりそうな予感がある。
ハンドルバーに取り付けた気温計は4℃を指しているが、ジャケットの内側がジンワリと汗ばむほどに大きくバイクを揺らす。
もう一回。
キーをONにし、スタートボタンを押した。
キキュキュキュ、バッ、バパ、バッ、バパパパパ…
「かかったぁ!」
ようやく目を覚ましてくれた相棒の心臓が止まってしまわないように、アクセルを微調整する。
気が付くと、左手で小さくガッツポーズをとっていた。
マフラーの先から久し振りの排気が白く尾を引く。
頬が緩んだ。
アイドリングがだんだん落ち着いてくる。
アクセルを戻してももう大丈夫そうだ。
シートから降りた。
「おかえり」
相棒に対して、自然と言葉と笑顔がこぼれた。
新しくなったバッテリーはリズミカルにエンジンを鼓動させ、久し振りに聞いたマフラーの音はかつてよりも軽やかになったように感じられる。
嬉しかった。
前回の、結局エンジンをかけられずに駐輪場に戻した時の悔しさと情けなさがスーと消えていく。
時計の針は午後7時を指していた。
傍らに置いていたヘルメットをかぶり、グローブをはめる。
シートを跨いでサイドスタンドを払い、クラッチレバーを握ってチェンジペダルを踏み込んだ。
コッと軽い音をたてて1速にギアが入り、クラッチレバーをゆっくりと開放すると、滑るようにライムグリーンの車体が進み始める。
ヘルメットの中で頬が緩みっ放しだった。
体調不良も、沈んでいた気持ちも軽やかなエンジン音が吹き飛ばしていく。
アクセルを開いた。
250ccの単気筒エンジンがリズミカルに咆哮し、グイッと車体が加速する。
「イィヤッホー」
久し振りの感覚に心も走り出す。
治って良かった。
直って良かった。
体調も、バイクも。
再び走り出した1人と1台が夜の空気を切り裂いて加速していく。
キャブ車のスーパーシェルパは、乗らないとかかるようになるまで一苦労です。
体調管理はもちろんですが、バイクも動けなくならないように気をつけたいものですね。




