40 思い出の街へ
生まれ育った街をカブで散歩した時の気分と、景色などを題材にしたエピソードです。
1973年。
和暦では昭和48年。私の生まれた年だ。
現在は2016年。42歳。
30代の初めに実家を出るまで、その大半を埼玉県の北東部にある小さな街で過ごした。
実家を出て数年後に結婚し、子供が生まれたことで、実家の近くにある今の街に移ってきた。
この街を選んだのは、妻の実家と私の実家のほぼ中間地点だったからだ。
どちらの家にもクルマで30分とかからずに行くことが出来、子育てをする上で何かと便利ではある。
ただ、やはり私の生きてきた42年という時間の大半は、実家のある生まれ故郷のあの小さな街の中で流れていた。
日曜日の午後、ポツリと空いた時間にどこへ行こうかと考え、ふと十数年振りに思い出の場所を巡ってみようと思ったのはほんの気まぐれだ。
駐輪場からスーパーカブ90を引き出す。
スクランブラー仕様にカスタムしているとはいえ、商店街や住宅地を走るには、これ以上のバイクはない。
天気は良いが風の冷たい日曜の午後、セル一発でエンジンを目覚めさせた相棒に跨り、私はゆっくりと走り出した。
スーパーカブの穏やかな鼓動音が風の中に流れる。
懐かしの街までは30分程度の距離。
国道を避け、のんびりと県道を小さなバイクで走っていく。
我が家のある街の新興住宅地から、県道沿いの景色は徐々に、古い街並みへと変わっていく。
しばらくして行政上の境界を越え、私の生まれた街に入った。
クルマはそれほど多くない。交通量は数百メートル隔てた国道の方に集中しているようだ。
駅へ向かう細い裏道に入る。
この道を通るのは20年振りくらいだろうか。
「?」
記憶の中の街と景色が違った。
ゆっくりと進み、駅前のロータリーに出る。
「…‥」
ロータリーをぐるっと回り、邪魔にならない場所でバイクを停めた。
シートから降りる。
中途半端な時間であるせいなのかもしれないが、交通量も人通りも少ない、どこか寂しい駅前が目の前にあった。
『幸手駅』
駅舎にかかっている駅名は記憶と同じだ。
ただ、駅前のロータリーが昔のようにごみごみした感じではなくなり、バスの停車スペースにタクシーの待機スペース、それらを仕切る植栽プランターまでが整然と並べられ、小奇麗になっている。
それなのに…‥いやそのせいなのか? 人通りの少なさが目立つ。
かつて駅前にあった3階建ての大きなスーパーも無くなってしまい、今はコンビニと駐輪場、駐車場になっている。それが平坦な景色に拍車をかけていた。
昔は、狭く忙しない駅前で、スーパーの買い物客や駅の利用者で、クルマがいつも行ったり来たりしていたものだ。
あの懐かしい場所と、ここは違う場所のように感じる。
カメラを構えて現在の駅前をファインダーに収め、シャッターを切った。
バイクに跨る。
ヘルメットをかぶり、エンジンを始動して走り出した。
ウィンカーを左に出して商店街の方向へ。
このまま走っていくと右手に老舗のパン屋が、それより先の信号を過ぎると左手に本屋が、さらに先の右手には今川焼きのようなお菓子を売る店があり、さらに行くと左手に小学生の頃の私がガンダムのプラモデルを買うために並んだおもちゃ屋がある。
「…‥」
『本日定休』
パン屋は休みだった。
「…‥」
本屋は営業しているが、昔のような活気が無い。
私が学生の頃は、わりと広い駐輪スペースがあるにもかかわらず、自転車を停めるのに苦労するほどの客で一杯だった。
今は1台の自転車も無い。
「…‥」
『定休日』
楽しみにしていた、あんこのギッシリとつまったあのお菓子も、残念ながら今日はお預けのようだ。
「…‥」
おもちゃ屋はシャッターが下り、貼り紙がしてあった。
『テナント募集』
かつては子供達で一杯だったお店も、今はシャッターの下りた建物があるだけだ。
「すっかり変わっちゃったな…」
日曜日の午後だ。
昔なら商店街は混雑していて、路上駐車を避けながら気を使って通らなければならなかった。
それが、今はみんなただ通り過ぎるだけの道になってしまっている。
「時間って残酷だな」
ヘルメットの中で呟いた。
もちろん昔と同じように今でも商売を続けている店もある。
父からもらった古い手巻きの腕時計を点検に出していた時計屋さんも、あんこの美味しい和菓子屋さんも、まだまだちゃんと営業していた。
私は和菓子屋であんこ玉を買い、来た道を引き返した。
私が知らない十数年の間も、ここでは色々なことがあったのだろう。
そして、結果として思い出の中にある景色やお店が、昔とは違う形で目の前にある。
あの駅前のスーパーの3階にあった、よく立ち読みをしていた本屋も、しょっちゅう買い食いをしていた1階のパン屋も、少ない小遣いを握り締めてプラモデルの箱とにらめっこした商店街のおもちゃ屋も、今はもう無い。
寂しさと、大きな時間の流れを感じた。
私の街はもう思い出の中にしかないのかもしれない。
もう一度駅前通りに入った。
「あ…」
私は懐かしい屋号の看板を見つけて、バイクを停めた。
昔と違って小奇麗な店舗になり、場所もロータリーの目の前から移転していたが、十数年の時間を経ても変わらない匂いと名前がそこにあった。
『肉のいぐさ』
かつては駅の目の前にあった肉屋だ。
よくコロッケやメンチを買って食べたのを今でもしっかりと覚えている。
店の隣りには肉屋と同じ名前の書かれたのれんがかかっていて、食堂になっている。そのスタイルも昔と同じだ。
「コロッケを1つください」
小銭を出して、昔と同じように注文した。
カウンター越しに出してくれたコロッケを受け取ると、平べったい小判型の、昔ながらのコロッケだ。
「ありがとうございます」
私が言うのも妙なものだが、普通に言葉が出た。
店の主が「どうも」と愛想笑いを返す。
バイクの傍らに戻って、コロッケにかぶりついた。
「ああ、これだ」
懐かしい味がした。
私の知らなかった時間がここで流れ、あの頃と場所が変わっても、この味はこうして今もここにあるのだ。
スーパーの惣菜コーナーで売っている今時のコロッケとは違う、あの頃と同じ味。
この街には、この街の時間が流れていた。
思い出の中のあの街は、過去という時間の中にしかない。
それでもこうして戻ってくれば、私をあの懐かしい時間に誘ってくれるモノがまだある。
また来よう。
きっと今日はお休みだったパン屋もお菓子屋も、私を記憶の中のあの街に連れて行ってくれるだろう。
埼玉県の北東部にある小さな街。
昔より少し寂しくなったけれど、私が育った、小さな街。
風の中に、スーパーカブの穏やかな鼓動が響く。
おかえり。
舌の上に残るコロッケの余韻が、そう言っているようだった。
商店街というのは、最近ではなかなか活気を維持するのが大変なようですね。
良いお店もたくさんあるのですが、ついつい便利なので、スーパーやショッピングモールを利用してしまいます。
懐かしい味を提供し続けているお店には頑張って欲しいものですね。
また買いに行かなくては。




