37 スーパーカブと夜明けに…
冬の夜明けとバイクとカブを題材にして書いてみました。
ホンダ・スーパーカブ。
今から50年以上も前の1958年に生産を開始し、優れた耐久性と経済性から世界各国で販売される、単一シリーズの輸送用機器としては世界最多量産・販売台数を誇るバイク。
そのバイクは、1月の早朝、氷点下近い気温の中でも、一発でエンジンを目覚めさせた。
キャブレター仕様のバイクにしては、驚くほど寝覚めがいい。他の相棒達も定期的にエンジンをかけているおかげか、決して始動性は悪くないが、このスーパーカブにはかなわない。
私はカッパやタオルを入れたサイドバッグをリアタイヤの左側に取り付け、数日前に取り付けたばかりのベトナムキャリアー(両足の間のフレームカバーに取り付ける小さなキャリアだ)に入りきらない分の荷物をくくりつけた。
震え上がりそうな寒さの中、ネックウォーマーを鼻まで引き上げ、ヘルメットのシールドを下ろす。
シートを跨いだ。
ハンドルにくくりつけた時計のデジタル表示は6時20分。
日の出前のこの時間はまだ暗い。
左のグリップ横に付いたヘッドライトのスイッチをONに。
90ccの鼓動音の中で、オレンジ色の暖かな光が目の前を照らす。
シーソーペダルを前に踏み込んだ。
ガッとギアが1速に入る。
ゆっくりとアクセルを開くと、遠心クラッチが繋がっていき、車体が前に進み始める。
一呼吸入れて、またペダルを踏み込んだ。
2速。
スーパーカブ90は3速ミッションで、1速はかなりのローギヤード設定だ。ほとんど発進専用のようなもので、すぐにシフトアップしないとエンジン回転が頭打ちしてしまう。
スピードメーターの針が右に向かって弧を描く。
時速50キロまで引っ張って、最後のシフトアップをした。
3速。
フロントのスプロケットを交換したおかげでエンジン音にはまだ余裕がある。変える前まではこの時点ですでに音と振動がすごかったが、今は穏やかだ。スピードメーターの針も10km/hほど上までいくようになった。
そのまま時速60キロまで加速し、巡航する。
しばらく、すれ違うクルマのほとんどいない県道を走った。
ウィンカーを出す。
スピードを落として用水路沿いの砂利道に入った。
田んぼの向こうで東の空が白み始め、雲がピンク色に染まっていく。
心持ちアクセルを開いてスピードを上げた。
17インチのオフロードタイヤが小石を蹴立てながら路面を掴み、グイグイと車体を前に進めていく。
前方にいつもの遊水池が見えてきた。
用水路脇を離れ、堤防を越えて敷地内の小道へ入る。
小道を奥まで進んでから草地に乗り入れ、さらに奥の水辺の近くまで行った。
バイクを停めてエンジンを切る。
昇ってくる朝陽に空と水面が染まっていく。
ピンク? 紫? それとも赤? いやオレンジなのか?
一瞬ごとに変わるその色は言葉で表現できない。
ただただその景色を眺めるだけだ。
オレンジ色の水面を鴨が横切っていき、ピンク色の空を白鷺が舞う。
風はほとんどない。
空気は冷たいが、それを忘れるほどの色の変化だった。
はあっと白い息を吐く。
あまりの色に息をするのを潜めてしまう。
ゆっくりと息を吐き、うぅんと伸びをしてストレッチをした。
90ccのエンジンを再始動させ、草地をゆっくりと引き返す。
高台のベンチの脇まで移動し、バイクを停めてもう一度伸びをした。
この不思議な色の変化を楽しみたくて、ついついバイクを走らせてしまう。
別にバイクでなくとも良いのかもしれないが、エンジンの音と振動を感じ、夜明けの空気を自分の体で受け止めながら加速することで、削りたての鉛筆のように感覚を尖がらせる。
一瞬も同じ色の無いこの空の変化を感じとるために、それが必要…‥な気がするのだ。
もちろん、これは私の思い込みであって、豊かな感性を持つ人ならばこんな真似をしなくとも、私以上につぶさにこの空の色を感じられるのかもしれない。
ただ、これは私にとっての決まりごとなのだ。
暗いうちに布団から抜け出し、相棒の背中に乗って、風の中を加速する。
その手順の先にこそ、この色がある。
バイクでなくとも良いのかもしれない。でも、バイクに乗ってこの空を見たい。
空とバイクはどこか繋がっている気がするのだ。飛行機とバイクがどこか似ているように。
そして傍らを振り返ると、そこにバイクがある。
今朝はスーパーカブだ。
スーパーカブは、その風貌から世間的にはオジサンの乗るビジネスバイクだと思われている。
しかし、一度跨ってアクセルを開けば、これがただの実用車ではないことはハッキリと解る。
小さいながらも野性を秘めたタフなエンジン。
余計な物の無いシンプルな構造。
悪路にも耐えるしっかりとした足回り。
そして、全身に感じる風。
スーパーカブは間違いなくバイクだ。
郵便や新聞の配達、そば屋の出前だけが取り柄じゃない。
2つのタイヤで空気を風に変えて加速する、オートバイなのだ。
エンジンをスタートさせ、アクセルを開くと、4サイクル単気筒の小さなエンジンは見かけによらず力強い咆哮を上げる。
さて、陽も昇りきった。
もう少し走ろう。
タフな相棒もまだ走りたがっている。
スーパーカブは、世間的には実用車のイメージが強いですが、乗るととても面白いバイクです。
熱烈なファンが多いのも乗れば納得の1台。
あなたもカブ主になりませんか?




