34 リ・スタート
新年早々の走り始めのことを書いてみました。
午前5時40分。
1月1日の朝はシンと静かだ。
陽が昇るまであと1時間くらい。
昨日までの慌しさが嘘の様に寝静まっている住宅街を、250ccの相棒を押して歩く。
さすがにこの時間のこの雰囲気で、住宅地のど真ん中にエンジン音を響かせるのは気が引ける。
私は住宅から少し離れた線路脇まで相棒と共に歩き、ようやくチョークノブを引いて、スタートボタンを押した。
長めにセルモーターを回すと、思い出したようにエンジンが目を覚ます。
スロットルを調整しながらチョークノブを戻し、暖機運転を始める。
相棒のマフラーから出る排気も、私が吐く息も白い。
昨夜は大晦日ということで、遅くまで起きていた妻と子供達はまだ布団の中で寝息を立てている。
私だけがゴソゴソと起きだし、今こうして相棒と共に暗い路上で動き始めていた。
充分エンジンが温まったところで、ネックウォーマーを鼻まで引き上げ、ヘルメットとグローブを着けてシートを跨ぐ。
クラッチレバーを握り、チェンジペダルを踏み込むと、コッとギアが1速に入った。
ゆっくりとレバーを開放しながらアクセルを開く。
ダラダダッとエンジンの鼓動が高まり、風が生まれる。
まだ、新年が始まったという実感は無い。
チェンジペダルを蹴り上げてシフトアップしながら、胸の内にこみ上げてくるのは、今日もまた走り出したなという思いだけだ。
休日の度、夜も明けぬ暗い内からバイクと共に走り出す日々。
カレンダーが新しくなっても、やっていることは何も変わらない。
徐々にスピードを上げながら、冷たい風の中を相棒の奏でる音に耳を傾けながら加速する。
国道を渡り、田んぼの真ん中の真っ直ぐな農道を抜け、点々とオレンジ色の街灯が照らす県道を進む。
寒いのは分かっていたので、ジャケットやライディングパンツの下にはしっかりと着込んできているのだが、それでも体は冷えていく。
ジッパーとマジックテープで閉じられたジャケットの胸元もどこからか入り込んできた冷気に冷やされ、2枚重ねたグローブの内側の指先も風に当たってジンワリと痛みだす。
それでも、加速を緩めず、目的の場所に向かって走り続ける。
物好きだな。
バイクに乗らない知人達からよく言われる。
確かにそうだ。
こんなに寒い、真冬の夜明け前に、わざわざバイクで出かけるなんて物好き以外の何者でもない。
でも、それで良い。
私には寒さよりも、相棒の背中でアクセルを開くこの瞬間の楽しさの方が勝っているのだから。
信号が赤に変わり、ようやく減速しながらシフトダウンをする。マフラーがボボボボボ…と高まっていた鼓動を落としていった。
停止。
呼吸で曇り始めたシールドを親指でグイと上げ、冷たい空気をヘルメットに入れる。
徐々に東の空が赤みを帯び、黒から紫のグラデーションが広がっていくのが見えた。
信号が青になる。
再びアクセルを開いて加速に入り、ヒリヒリと痛く冷たい風に涙目になりながらシールドを下ろす。
40分ほどそうしてシンと冷たい空気の中を走った。
左にウィンカーを出し、江戸川の土手に上がる。
坂を上りきったその先に、オレンジからピンクを経て紫に変わっていく夜明けの空が広がっていた。
道路から遊歩道にバイクを押し入れ、端っこの邪魔にならない位置にスーパーシェルパを停める。
カメラを東の空に向け、何度かシャッターを切った。
液晶画面の中に切り取った空は、どこか自分の目で見る色とは違って見える。
写真ってのも、難しいもんだよな。
肩を竦めて、相棒のリアボックスからケトルと固形燃料ストーブを出し、湯を沸かしにかかった。
ライターで燃料に火をつけると、ケトルの下でオレンジ色の炎がユラユラと揺れる。
ああ、こいつのほうが空の色に近いなぁ。
かじかむ指先に白い息を吐きかけながら、炎と空を交互に眺め、またシャッターを切る。
朝陽が昇る前の空の色って、何色って言ったらいいんだろうな。
こうしてバイクに乗るようになるまでは、空なんて見もしなかった。
それが、今こうして凍えるほどの寒さの中を走ってきて、朝陽を待っている。
去年は渡良瀬遊水地で同じように朝陽を待っていた。
今年は通い慣れたこの場所で、お湯を沸かしながら太陽を待っている。
不思議なものだ。
バイクに乗らなければ、こんなことをやろうなどと考えもしなかっただろう。
足元で、ケトルの口から湯気が上がり始める。どうやらお湯が沸いたようだ。
マグカップに使い捨ての簡易ドリッパーを載せ、お湯を注いだ。
コーヒーの香りが冷たい空気の中に流れる。
朝が来るな、という気配を感じた。
家族とのんびり迎える朝も良いが、身を切るような冷たい空気の中、相棒の隣りで淹れたてのコーヒーを飲みながら朝陽を迎える。こんな朝も良い。
コーヒーを口に運び、温かさにホウッと息を吐くと、対岸の土手の上にポツリと真っ赤な光が顔を出し始めた。
マグカップを置き、カメラを構える。
相棒と赤い輝きをファインダーに収め、シャッターを切った。
ゆっくりと、ゆっくりと、赤い輝きは半円となり、大きな円に変わり、空を赤く染めていく。
シャッターを切り、カメラを下ろし、構え直し、またシャッターを切る。
10分ほどそんな動作を繰り返しながら、太陽がすっかり土手の上に姿を現すまでシャッターを切り続けた。
カメラを下ろす。
ようやく新年が始まったという実感が湧き始めた。
今が、リ・スタート地点だ。
今年、私と相棒の刻む轍はここからのびていく。
きっとまた一年、いろんなことがあるだろう。良いことも、嫌なことも。
それでも、たぶんバイクで走っていれば大丈夫。
相棒達が私に力をくれる。
慌てず、焦らず、私達のペースで、私達の道を走っていけば良い。
ここから始まる新しい道も、必ず明日へと続いているのだから。
新年の幕開けは、いつもと変わらない日々のリ・スタートといった感じがします。
2015年という章が終わって、2016年という章としてまた始まる。
何も変わりませんが、気持ちは新たに、良い一年にしていきたいですね。




