30 1台と1人
スーパーシェルパを点検に出して、絶好調になって戻ってきました。
それが嬉しくて一気に書いたエピソードです。
今年もまた冬が来た。
雪の降る地域では次々とバイク達がシーズンの終わりを迎えて眠りに入り、街にはクリスマスのイルミネーションが灯り始める。
そんな中で、私はいつもと変わらない朝を相棒と共に迎えている。
『今日はまた一段と冷えるな。気合を入れないと体が動かないぞ』
そんな私の呟きが聞こえているのか、相棒が燃料コックを操作してキャブレターにガソリンを送り込む。
『いいぞ、目が覚めてきた』
アクセルグリップを何回か開き、チョークノブを引く。
スタートボタンが押された。
キュキュキュキュキュ、キュキュキュキュキュ
『…すまん。気合が足りなかった』
エンジンに火を入れられなかった私の言い訳に、相棒が解ってるさとでも言うかのように私の体を揺さぶる。
『よし、もう一度だ』
もう一度、スタートボタンが押される。
キュキュキュキュ、キュキュ…‥バッ、ババ、バババババ…
『OKだ、相棒。手間かけてすまないな』
しかし彼は、何も言わずに私のライムグリーンのタンクをポンと叩くだけだ。
私―スーパーシェルパと、相棒―牧村尋也は、コンビを組んで2年が過ぎ、ずいぶんと相手のことが解るようになった。
初めのうちは呼吸が合わずに良く転んだし、お互いにケガもした。
それでも、この相棒は壊れた私のパーツを交換し、足を引きずりながらも私に跨り続けた。
お互いにただ走ることが好きだった。
別にスピードを求めている訳ではない。特段、技術を追求している訳でもない。
ただ自分達のペースで、世界を感じながら走るのが好きなだけの、1台と1人。
四季折々の花を観、樹々の色づきに驚き、空を眺めては月の輝きに感嘆し、朝陽の色に言葉を失う。
全ては、1台と1人で走ることによって、より鮮明になった世界でこそ、感じることが出来たモノだ。
私だけではどこにも行くことは出来ないし、彼だけでも世界はあれほどに色づかない。
私達は1台と1人で『バイク乗り』なのだ。
12月の冷たい風の中でも走ることをやめられない、世間から見れば少々変わり者の1台と1人。
冬に入り、すっかりすれ違うバイクの少なくなった道を、私達は走り続ける。
「さて、そろそろ行こうか…」
相棒が防寒装備を着け終わって、私の背中を跨ぐ。
クラッチレバーを握り、チェンジペダルを踏んでギアを1速に入れる。
『ああ。今日も走ろう』
私の言葉に応えるようにクラッチを繋ぐ。
ジワリと開いたアクセルに、私が後ろ足でゆっくりと地面を蹴る。
空気が風に変わった。
世界が後方に向かって流れていく。
私達は風の中で世界を受け止め、それを感じる。
世界を一瞬ごとに彩る為に、走り続ける。
春を、夏を、秋を、そして冷たく切りつけるような風の吹く冬を。
今日も1台と1人のバイク乗りは走り出す。
世界を感じ、その色を鮮やかにする為に。
冬になってもバイクに乗れる。
私は幸せだなとつくづく思います。
これからも1台と1人で走っていきたいですね。




