22 私の番!
空模様は曇りでしたが、ついに娘がバイクデビューを迎えました。
今回はそのエピソードです。
10月に入って2度目の土曜日。
運動会も先週終わり、暑さがすっかり影を潜めて休日の空気は秋の気配に満ちている。
時計の針が午前9時を回る頃、私はマンションの前で娘の愛香と一緒にライムグリーンの相棒と向き合っていた。
空は少し曇っているが、風は穏やかで、まずまずのバイク日和だ。
スーパーシェルパを始動させると、トットットットッとリズミカルな鼓動を打つ250ccのエンジンを前に、愛香が少し緊張した面持ちになる。
手にはベージュ色のSサイズのヘルメットを抱えていた。
これから、初めてのツーリングに出かけようというのだ。まあツーリングといっても近所を一回りする程度だが。
少し臆病なところもある彼女は、以前はあまりツーリングには乗り気ではなかった。
私自身も、別に無理にバイクに乗せることもないと思っていたので、それほど強くは誘わなかった。
ところが、息子の友貴が「バイクで出かけたのが楽しかった」、「次はいつバイクで出かけるの」としょっちゅう口にするので、娘の方まで「次は私の番だからね!」と急にその気になってしまったのだ。
しかも、息子はスクーターだったのだが、娘はスーパーシェルパがいいと言う。
私は少し悩んだが、背の小さい息子と違って、きちんとタンデムステップまで足が届く娘ならどちらでも同じか、とシェルパで出かけることにした。
暖機運転の間に娘にタンデムベルトを着けてやり、注意しなければいけないことを説明する。
曲がる時はバイクを傾けるけれど、倒れないから大丈夫。タンデムベルトをしっかり握って私と同じように体を傾けること。右足の近くにある銀色の筒は、マフラーといって凄く熱くなるから触らないようにすること…‥等々。
真剣な表情で私の言葉を繰り返している娘に、
「美味しいもの食べに行こうな」
と言うと表情が緩んだ。
良い笑顔だ。
私はヘルメットをかぶらせてやり、先に自分がシートを跨ぐ。
続いて娘が私の後ろによじ登った。
「大丈夫か?」
「大丈夫!」
すぐに答えが返ってきた。
ヘルメットに取り付けたインカムの調子は良好なようだ。
タンデムベルトを私自身に装着する。
これで娘がズリ落ちる心配はない。
「さあ、出発するぞ」
「はーい!」
マイクを通して聞こえてくる娘の声はこの上なく楽しそうだ。
元々こういった乗り物に対してどちらかといえば臆病な娘だが、弟が既に経験済みだということもあってか、今日はそれほどでもない。
私はクラッチレバーを握ってチェンジペダルを1速に踏み込み、アクセルを開きながらゆっくりとクラッチを繋いだ。
「動いたー!」
ゆっくりとスーパーシェルパが走り出す。
私はジンワリとアクセルを開いていき、変速ショックが出ないように丁寧にシフトアップをおこなう。
風が2人の周りで音をたてる。
丁寧にシフトチェンジをしながらゆっくりと加速をしているとはいえ、やはり110ccしかないスクーターのアドレスとは出足が違う。大丈夫か?と思いながら背後に声をかけようとしたが、
「風が気持ち良いねー!」
娘の方から言葉が出た。
どうやら楽しめているようだ。
「寒くないか?」
「大丈夫! 気持ち良い!」
返ってくる言葉に少々驚きながら、私はヘルメットの中で笑顔になった。
子供達にとってこの『バイク』という乗り物は新たな世界を開いてくれるだろうか。
それは本人達にしか解らない。
息子が背後に飛んでいく景色と共に『ビューン!』と叫んだように、娘がヘルメットを通して感じる風を『気持ち良い!』と言う。
私はただひたすら丁寧に、彼女の感じる世界が良いものであるように、相棒を加速させていく。
インカムのマイクを通して、風と共に届く娘の声に幸せを感じながら。
「パパ、バイクって気持ちいいねー!」
距離にして往復でわずか50Km、時間でゆっくりと走って2時間かからない程度でしたが、本人にとってはとても楽しかったようです。
これでまた、子供達が順番でもめるようになってしまいました。
嬉しい悩みです。




