20 遠回り~秋の通勤路と相棒~
バイクに乗っているとついつい遠回りをしたくなります。
憂鬱な気分もバイクに乗っているうちにどこかにいってしまう。
そんなお話しです。
陽の昇る方角が随分と南寄りになった。
9月が終わり、10月に入ってからもうすぐ一週間が過ぎようとしている。
空の色は日ごと透き通るように青くなり、朝夕の風も冷たく感じられるようになった。
秋だな…‥。
私のジャケットとグローブもすっかり3シーズン用のものに変わっている。路上ですれ違うバイク乗り達の装備も徐々に衣替えが進んでいた。
いってきます、と家を出たは良いが、目の前の真っ青な秋晴れの空を前に、気持ちは重かった。
今日はまだ火曜日、今週もまだ始まったばかりだ。
はぁ…。
つい溜め息が漏れた。
何が嫌だという訳でもないが、仕事に行くのに気が重くなるような日もあるということだ。特に、こんな気持ちの良いバイク日和となれば尚更だ。
「まぁ、そうも言ってられないか…」
私は憂鬱な気分のまま、駐輪場からスーパーシェルパを引き出した。
マンションの隅まで押していき、「よっこらせ」とスタンドをかける。
少しひんやりとする空気にジャケットのジッパーを引き上げ、アクセルグリップを軽く2回ほど開いてから、チョークノブを引いてスタートボタンを押す。
キュキュッ、ババババババ…
スーパーシェルパは今日も元気にエンジンを震わせながら目を覚ました。
暖機運転をしながら周囲を一回りし、ヘルメットをかぶってグローブをはめる。ハンドルに手をかけてゆっくりと右足を振り上げ、シートを跨いだ。
クラッチレバーを握ってチェンジペダルを踏み込む。
ウィンカーを出し、周囲を確認してからゆっくりとクラッチレバーを開放してアクセルを開いた。
単気筒エンジンの鼓動がダダダダダッと高まってライムグリーンの車体が加速を始める。
風がヘルメットの向こうでヒューと声をあげた。
静かに、自分の内側で気持ちが切り替わっていくのを感じる。
通勤…‥職場に向かうという目的よりも、バイクを操作するという行動に意識が集中していく。
私は、すぐに吹けきってしまうスーパーシェルパの1速をチェンジペダルを蹴っ飛ばしてシフトアップし、アクセルをジワッと開く。
朝の車の流れにのりながら3速、4速とギアを上げた。
5速に入る‥‥その直前に、田んぼの間に伸びる砂利道が視界に入り、意識するでもなく自然にウィンカーを出した。
減速。
シフトダウンしながらフラリと未舗装の田んぼ道に入る。
ここ数日雨が降っていないせいか、路面は程好く乾いていてグリップは良い。
のんびりと流すスピードのまま、腰を軽く浮かせて上下する車体の動きを楽しんだ。
農耕車が刻んだ深い轍、道の真ん中を覆うセンターラインのような雑草、ところどころ通せんぼをするかのように転がる大きめの石、どれもが田んぼの真ん中を通る未舗装路の楽しみであり、ありのままの姿だった。
稲刈りも終わり、わざわざ通る者もいない貸切り状態のあぜ道を、相棒に跨って走り抜ける。
楽しかった。
通勤途中であることも忘れ、自然にアクセルが開く。
もう少し続けばいいのに…‥というところであぜ道が終わって舗装路に出た。
最近はどこも舗装が進んで、アスファルトに覆われていない道路は少ない。田んぼ仕事をする上ではとても便利だけれど、ちょっと寂しくもある。
舗装路に出てスピードを上げながらシフトアップをし、チラリとメーターパネルの隅の時計に目をやった。
7時40分。
まだ早いな…‥。
私は職場とは逆方向にウィンカーを出し、またも遠回りとなる通勤路とは別の道に入った。
前方に広い野原が開けているのが見えてくる。
図書館の予備駐車場だ。
減速しながら、砂利と雑草に覆われた周りに田んぼしかない広い駐車場へと乗り入れる。
最近草刈りをしたのか、雑草の丈は短く、枯れ草の乾いた匂いが漂っていた。
腰を浮かせ、くるぶしで車体を挟むようにしながら野原をウワン、ウワンと走る。
右へターン、左へターンと注意しながら行ったり来たり。
スーパーシェルパの心臓は低速走行にもトットットットッとリズミカルに応え、枯れ草色の地面を当たり前のように進んでいく。
私のような拙い技術でもこんな風に楽しめるのはこのバイクのおかげだ。
相棒、カワサキ・スーパーシェルパ。
一緒に走り始めて2年のこのバイクは、いつも私に元気をくれる。
職場に向かう憂鬱な朝も、仕事にイラつく日の夕暮れも、コイツに跨ってアクセルを開くと腹の底にわだかまっていたモノが吹き飛んでいってしまう。
メーターパネルの時刻表示が午前8時になる。
さて、そろそろ仕事に行くか。
今日もまた、元気をもらって職場に向かう。
バイク日和の秋晴れの下を、単気筒のリズミカルな鼓動音を響かせて。
バイクのおかげで憂鬱な朝もちゃんと仕事に行けます。
バイクの力ってスゴイですね。




