19 秋の空は銀色に輝いて
お月見のお話しです。
秋の空は本当に気まぐれですね。
移り気で変わりやすいものの例えに『女心と秋の空』というのがある。
例えになるくらいだから、秋の空模様が変わりやすいものだというのはよく解る。
その朝、新聞を読み終わって折り込み広告をめくると「お月見」という文字が目にとまった。
窓の外に視線を移す。
雨粒こそ落ちてきてはいないが、重苦しい灰色の空だ。
「中秋の名月は微妙だな…‥」
せっかくの日曜日なのだが、この雲では十五夜のお月見は難しそうだ。
その時点で私は頭の中から十五夜のことを追い出してしまった。
いつものように着替えをし、子供達と一緒に朝食をとる。
一休みしてからみんなで図書館に行き、買い物と昼食を済ませて午後2時過ぎに帰宅。
いつもと何も変わらない、普段通りの日曜日だ。
「あれ?」
買ってきた物を妻と一緒に冷蔵庫にしまっていると、普段とは違うものが出てきた。
「コレ買ったんだ」
「うん。今日は十五夜なんでしょ?」
私の言葉に、妻が笑顔で答える。
「そう。中秋の名月なんだよね…」
私は手に持った月見団子のパックをボンヤリと眺めた。
十五夜か…
「お月見できると良いね」
「…うん、そうだね」
笑顔の妻に曖昧な返事で応じた私は、スマートフォンで調べ物に取り掛かった。
相棒が少し早足で私のところにやって来たのは、午後5時になろうかという時間だった。
『どうしたんだ? こんな時間に、珍しいじゃないか』
私は思ったが、声には出さなかった。
相棒がいそいそとチェーンロックを解除し、私のライムグリーンの車体を駐輪場から路肩へと連れ出す。
太陽はもうすぐ今日の仕事を終えようとしており、西の空は茜色に染まっていた。
ソワソワとした様子で西と東の空を交互に見比べた相棒がキーを捻り、スタートボタンを押す。
私の心臓が身震いし、ブァン、ダダダダダダと鼓動を刻み始めた。
相棒はすぐにヘルメットをかぶり、グローブをはめてシートを跨ぐ。
3分ほどの短めの暖機運転の後、ギアを1速に入れてアクセルを開いた。
慌しい出発だが、相棒の目は走り始めてからも時折、東の空へ向けられる。
『どうしたんだ? こんな時間から走り始めるのも珍しいが、こんなに落ち着きが無いのも珍しいぞ』
私の疑問に相棒が答えることはなく、私達1台と1人は東に向けて加速する。
周囲の空気が夕陽を浴びて茜色に染まり、時間と共にゆっくりと赤い色調を薄めていく。
紫色になった風を切り裂きながら加速し、群青色の宵闇がもうすぐそこまで降り始める頃、私達は江戸川の土手の上に辿り着いた。
「うん。良いタイミングだ」
相棒が私の背中から降りながら、東の空を見上げて得意気に呟いた。
『…何のタイミングだ?』
私は不思議に思いながら、相棒の視線の先を追った。
『おお…』
そこには白銀の鏡のような満月が、夕暮れから夜に変わろうとする青紫の空をバックに浮かんでいた。
相棒が私から距離をとってカメラを構え、シャッターを切る。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、飽きもせず何度も何度もカメラを構えてはシャッターを切り続ける。
「良いね、去年とは大違いだ。最高の中秋の名月だな」
そうか。今夜は十五夜、中秋の名月なのだ。
私はようやく思い出した。
昨年も同じように夜になって1台と1人、カメラ片手に走り出したのだ。
ただ、昨年は天候に恵まれず、中秋の名月は雲の向こう側から顔を出してはくれなかった。
『うん。今年は良い月夜だな』
私も相棒の言葉に同意した。
午前中は雲が多く、今にも振り出しそうな空だったが、午後3時過ぎになって「女心と秋の空」の言葉通り、急に良い方に変わって晴れ間が覗くようになった。
今も雲が全く無い訳ではないが、銀色に輝く月は青白い光を地上に放ちながら、十五夜の姿を隠すこともなく、ゆっくりと秋の空を上っていく。
ひとしきり写真を撮り終わって満足したのか、相棒がカメラをしまった。
「写真はこんなもんで良いだろ」
ヘルメットをかぶり、シートを跨ぐ。
「せっかくのキレイな月明かりだ。走らなくっちゃ勿体無い」
キーを捻ってスタートボタンを押し込んだ。
キュキュ、ババン、ババババババ…
私はまたも相棒の言葉に同意しながらエンジンを震わせた。
相棒がギアをつないでアクセルを開く。
私が地面を蹴立て、青白色の光の下を加速する。
今夜は十五夜、中秋の名月。
世界は月明かりの下、銀色に輝いている。
中秋の名月を楽しみに出られたのは、家族の理解があってこそ。
とても気分の良い時間でした。




