6p.白騎士の疑問
その日、ガロン連合王国を怒声が覆い尽くした。
聖女殺害という稀代の凶悪犯罪者を罰するために、四十年ぶりに火罪が適用されることとなったのだ。
火罪とは字の通り、囚人を火炙りにする刑罰である。全身を舐める炎によって皮膚は焼け剥がれ、血は乾き、筋肉は縮み、想像を絶する激痛に苛まれるという。
そして、火罪において、最も多い死因は窒息だと言われている。人間の体とは不思議なもので、全身を炎に包まれても死ぬことはできない。眼球が焼け焦げ、爛れた皮膚が耳孔を塞ごうが意識は保っているのだ。炎混じりの煙が喉や肺を焼き、酸素すら満足に吸えない中で囚人は苦しみもがいて絶命する。
ゆえに人道に反すると廃止された刑罰だ。
それを復活させるところを見ると国と教会の怒りの程度がわかる。
「怖いかい?」
メアリーはその異質な光景に気押されたようで、私のシャツをぎゅっと握りしめた。首を振るがその顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうだ。
無理もない、と私は広場の中心を見つめた。
四つの杭が並び、そのひとつひとつに大罪人である少女たちが磔にされている。地面よりも高く縛り上げられているため、私たちの場所からでも少女たちの様子はよく見えた。髪色と体型から察するに左からシェリルさま、バーバラさま、キャロルさま、ベアトリスさまの順番だ。彼女たちは普段の修道服ではなく、麻製の質素な衣服に身を包み、その目にはこの民衆の怒りを見せないための慈悲なのか、布が巻き付けられている。きつく閉ざされた唇からは、少女たちの内心を読むことが困難だ。
クローディアさまのお姿はどこを探しても見当たらない。やはり、国と教会はクローディアさまは処刑することはできなかったらしい。
「メアリー、そろそろ帰ろうか」
ここに来る前は「アリスティアさまを殺したやつらに一言いってやる!」と息巻いていたが、実際に自分と同じ年齢である少女たちが多くの人間から罵倒され、石を投げつけられて、死を望まれている光景は思うところがあるのだろう。
こくん、と小さく顎を引いたのを確認してから、私はメアリーの背を押して家への帰路につこうとした。
その間にも背後からの罵声は止まない。攻撃の音も止むことはない。
尋常とは思えない気迫と熱気に思わず「異様だ」と呟けば、誰かに頭を思いっきり叩かれた。
「何をするんですか」
足を止めて、叩かれた後頭部をさすりながら振り返れば、制服姿のオリバー先輩が立っていた。眉間には渓谷のごとく深い皺を刻み、眉は極限にまで持ち上がっている。私と目が合うとオリバー先輩は声を小さくして喋りだした。
「言葉には気をつけろ。誰かに聞かれたらお前も《《ああ》》なるぞ」
オリバー先輩は顎で四人の少女を指し示した。
「異様なものを異様と言って、なにが悪いんです」
と、私が反論を試みようとするとオリバー先輩はため息をつく。
「お前は馬鹿ではないのだから、自分の立場を理解すべきだ。第一、なぜここにいる?」
「非番ですから」
「お前がこんな場所にわざわざ来るとは大災害の前触れか? それも娘さんを連れてまで」
「娘が来たがったんですよ。大罪人をその目で見たいと言いまして」
「断れ。普通の父親なら娘を処刑場になど連れてこない」
「まあ、そうでしょうね」
説得して納得するような性格をしていない娘は、駄目と言われたら私に隠れてまでここへ来ようとするだろう。それならば、私の監視の元、一緒に訪れたほうがいいと判断したまで。
これを言ってもオリバー先輩はどうせ難色を示すので黙っておく。
「処刑が始まる前には帰らせますよ。さすがに人が燃えている光景を我が子に見せたい父はいません」
「当たり前だ」
「それに娘にはいくつかの約束事を結びまして。彼女たちを汚い言葉で罵らない。石やゴミを投げない。帰宅しても家を抜け出してここへ来ない。もしひとつでも破れば、一年間のお小遣いは無しという約束です」
メアリーは、とてもわがままな娘ではあるが、一度結んだ約束は決して違えない。私が【祝福】で嘘偽りを判定できるので、嘘を言っても無駄だと幼い頃から学習しているからだ。
その時、軽く袖を引っ張られた。視線を落とせば、メアリーが居心地が悪そうにしている。
「パパ、ママが迎えに来たから私は帰るわね」
そう言い残すと、私の返事も聞かず、早々にこの場を立ち去った。
遠くなる背中を見送りながら、オリバー先輩にそっと言葉をかける。
「先輩のおかげで娘が素直に帰りました。ありがとうございます」
メアリーはオリバー先輩が大の苦手である。堅物で率直、気になることがあれば部下の子供でさえ親以上の剣幕で叱りつけるためだ。オリバー先輩はどうにかメアリーと仲良くしようとしていたが、一度出来上がった苦手意識はそう簡単にはなくならない。
何度もチャレンジをしては玉砕するオリバー先輩はとても見ものであった。これを本人に伝えると私が怒られるので黙っておく。
「……感謝を言われても嬉しくはない」
「でしょうね。私が先輩の立場なら悲しくなります」
「どの口がいうんだ。どの口が」
「まあ、それは置いといて」
置いとくな、というつっこみが来たが無視をする。いちいち相手にしていると面倒なので。
私は、わざとらしく周囲を見渡した。
「白騎士団と警察が協力しあって警備しているわりに、問題行動を起こす民衆が多いですね。何人か捕えられているのに罰を受けるのは恐ろしくないのですかね」
「集団行動とは時に理性を失わせるものだ。誰か一人でも規律に反する行為をとれば、周囲も真似をする。今回はアリスティアさまの殺害と言う、誰が見ても大罪人相手だからと免罪符に実行しているのだろう」
「大罪人ですかね」
「何が言いたい?」
オリバー先輩はうろんげな視線を向けてきた。
「あの子たちは本当にアリスティアさまを殺害したと思いますか?」
私の問いかけにオリバー先輩は腕を組み、渋い顔をする。その表情から、彼も私と同じ気持ちだと言うことを理解した。
「おかしいとは思いませんか? あの子たちを捕まえて、たった四日程度で処刑をしようとするだなんて。まるであの子たちに罪を着せようとしているようだ。彼女たちは確かにアリスティアさまの殺害を自白しましたが、その殺害方法は真実とは言いがたい。私は判定不能のため、再調査をすべきだと報告書に書いたはずなんですけどね」
「アレクシス、口を慎め」
「クローディアさまが処刑を免れたのもおかしな話です。王女であり、先代聖女さまの姪御さまであらせられても、あの場にいた一人なのですから。……ああ、緘口令でも敷かれていますか?」
緘口令、その言葉にオリバー先輩は更に表情を険しくした。
彼は実にわかりやすい。本人はうまく隠しているつもりでも、視線の動き、眉間の皺——表情全てにその思考内容がありありと浮かんでいる。【祝福】は使用時間が長いほど、疲労が溜まる。そのため、あまり使いたくはないのでありがたい。
「アレクシス、お前の悪い癖だ。わかっているはずだ。いいから、その考えを捨てろ」
その警告を無視して、私が更に言葉を重ねるため口を開こうとすると、オリバー先輩は鋭い指してまなざしで睨んできた。
「お前は何でこういう時に限って真面目に仕事をしようとするんだ……」
頭痛がするのかオリバー先輩は頭を抱えた。
「別に真面目に仕事をしようとしてるわけではなく、気になったから知りたいだけですよ。好奇心ですよ。いえ、探究心とでも言いましょうか」
こんなにも不自然な点が多く、理解しがたいことばかりなのに、上の命令とはいえ放っておける方が信じられない。
「お前も長年この仕事を続けているからわかるはずだ。今回の件は私たちが必要以上に首を突っ込んではいけない。いいか? 私は忠告をした。その忠告を無視して、これ以上、突っ走るつもりなら、私はもう何も擁護できない」
「先輩は平気なんですか? あの子たちが他の誰かの罪をかぶっているとしたら、真犯人は別にいるかもしれないのに」
「それは……」
オリバー先輩は言い淀む。
その時、妙な視線を感じた。視線を向けると、すらりとした体つきをした男と目が合う。およそ三十歳前後ほどだろうか。鍛え上げられた体を包み込む制服は白く、染みや汚れがひとつもない。襟元には白薔薇と交わる双剣の刺繍が刺されている。二列に並んだ銀色のボタンには、王家の紋章である鷹の意匠が刻まれていた。
そのことから男の正体が白騎士——それもかなり高位の存在であることが伺い知れる。
男は私に軽く会釈をすると長い足を動かして、こちらへ歩いてくる。
先程の会話を聞かれていてはまずい。私が記章を出して、身分を証明しようとする前にオリバー先輩は、男に向かって軽く手を振った。
「やあ、ジェイラス」
「アーチボルトさん。こちらにいらしたのですね。もうそろそろ始まりますので、持ち場に戻られた方がよろしいですよ」
「そろそろか。すまないなぁ。探しに来てもらって」
アレクシス、とオリバー先輩は立ち去る前に私の名前を呼ぶ。
「いいか? 自分の立場をよく考えて行動し、言葉には気をつけるんだぞ」
「ええ、きちんとわかっていますよ」
釈然としない様子ではあるが、これ以上の会話は不可能だと判断したのだろう。最後に大きなため息を残すと、オリバー先輩はこの場を後にした。
これからどうしようか私が考えていると、オリバー先輩を呼びに来た白騎士の男が不思議な目で私を見つめていることに気がつく。
「なんですか? 私の顔になにかついています?」
問いかければ白騎士は少し目を丸くした。
「すみません。あなたがあのアレクシスさんだと思いまして」
「あの、とは。……何やら嫌な気分がしますね。オリバー先輩はあなたに私のことをどう伝えているのでしょうか?」
「そんな悪いことではありませんよ。私の事はジェイラスとお呼びください」
白騎士はジェイラス・エヴェリーと名乗った。
「騎士長という立場のため、アーチボルトさんとはよくお話をするのですが、その時によくあなたのことを話してくれます。あなたの所有する【祝福】は警察と言う組織では唯一無二の力であり、その力を使って、数々の難事件を解決に導いたと聞いています。誰よりも上へ上り詰める才能がある、とよく言っていましたよ」
「へー、オリバー先輩が私を素直に褒めるななんて信じられませんね。いつも怒られてばかりですので」
「いえいえ、アーチボルトさんは私の前ではよくあなたのことを褒めていますよ。当事者のいない古い事件すら好奇心のみで、色々と探し、解決の糸口を見つけたと。あなたがもう少し真面目に仕事に取り組めば、副警視総監と言う立場は自分ではなく、あなたのものであったと、よく言ってました」
「それは私もよく言われましたね。もっと真面目にすれば上を目指せたのにって。めんどくさいから嫌なんですけど」
「めんどくさがりなのに、この件は自ら首を突っ込もうとするのですね」
急にジェイラスは声のトーンを低くした。周囲に聞かれないように出来る限り小さく、それでいて周囲への警戒を解かない。まるでなにかに怯えているようだ。
「先ほどの話、聞いてました?」
私が気にせずに問いかけると、ジェイラスは「ええ」とうなずいた。
「アーチボルトさんを探しに来たのは本当ですけど。先ほど会話を聞いて、あなたと話したいと思い、接触しました」
「アリスティアさま殺害の真犯人についてですか」
「お話が早い。バートさん、少し静かな場所でお話をしませんか?」
「白騎士長が持ち場を離れてもいいんですか?」
「大問題です。けれど、問題はありません。私は【祝福】で分身体をつくれますから。作り上げた私に仕事をさせます。私と視野や思考を共有できるので問題はありません」
素直に驚く。白騎士長は厳粛で厳格、誰よりも高潔であることが求められている。それは、異性でありながら、聖女の近辺を守ると言う仕事のためだ。そんな席に長く勤めている男が自ら職務を放棄するなど、通常ではありえない。
それはつまり、彼が話したい内容は白騎士長として相応しくない内容だということだ。
もちろん、と私はうなずいた。思ったよりも良い方向に自体は進みそうだ。
※
ジェイラスが連れてきたのは、広場に隣接する公園だった。視界を遮る建造物も植物もないため、離れたこの場所からでも広場の様子はよく見える。人々の怒声も、しっかり聞こえた。
意外なことに、公園にも普段よりも少ないが来客がいた。
しかし、公園を楽しむために来たわけではなさそうだ。ジョギングをしながら、ピクニックを楽しみながらも彼らの意識は処刑場の方へと向けられている。
実に悪趣味だ。さも日常生活を営んでいる風を装いながら処刑風景を眺めているのは。広場へ直接、足を運び、少女たちを罵倒する人間の方が潔い。
「まどろっこしいことは無しで話しましょう。時間は有限ですので」
ジェイラスは目立つ軍服を脱ぎ、インナー姿となるとベンチに腰掛けた。
その隣に座るように促されたが断った。知り合ったばかりの人間と仲良く並ぶなんてごめん被る。そう素直に言うとジェイラスは苦笑した。
「では、このままで」
「ええ」
「バートさんはこの件に関してどう思いますか?」
ジェイラスはまっすぐな目で私を見据えて、問いかけてきた。
私はまつげを軽く伏せる。悩んでいると、彼の瞳に映るように。
「不可解な点が多い、でしょうか。ジェイラスさんはどう思いますか?」
「私は、……わかりません」
ジェイラスは私から少女たちへと視線を投げた。
私もつられて広場の中央へ視線を向ける。先ほどまで怒り狂っていた民衆たちは盆をひっくり返したように静まり返っていた。けれども、空気は未だ張り詰めており、民衆の怒りが消え去ったわけではないと教えてくれる。
静まり返ったのは、おそらく少女たちの前に現れた青年が原因だ。距離があるため、顔立ちまではわからないが、煤けた銀色の髪に赤を基調とした衣装に身を包んでいる。
「彼はグレイ一族です」
グレイ一族とは、ガロン連合王国で長年処刑人として従事してきた一族だ。彼らはその姓名が示す通り、灰色の髪を持つ者が多く生まれる。
どうやら、処刑が始まるようだ。
青年は、よく通る声で民衆に聞こえるように少女たちの名前と罪状を羅列する。
その言葉は、遠く離れた。この場所にも届いた。
「私は、白騎士長失格です。守るべき存在を守れず、真実も知らぬまま無実かもしれないあの子たちを見殺しにするのですから」
その声には、苦悩がにじんでいた。無力な自分を責めるように。
その間にも処刑は着々と進んでいく。罪状を説明し終えたグレイ一族の青年は、部下から松明を受け取ると少女たちの足元に包まれた藁に火をつけてまわる。
炎はじわじわと勢いを増して、少女たちの足の指先をくすぐった。激痛に少女たちが身を捩るのが見えた。
けれど、誰も痛みに叫んだりはせず、救いを求める声すら挙げなかった。ただ静かに、痛みを受け入れ、耐え忍んでいる。
「あの子たちは、聖女さまを殺してはいません」
その痛みに感化されたように、ジェラスは目尻に涙を浮かべて、眉を寄せる。
「真犯人が誰かなど知りません。しかし、確かに言える事は、あの子たちは聖女さまを慕っておりました。殺害するなんて絶対にあり得ません」
「絶対に、ですか」
「もちろんです。あの子たちは教会にいる時から、誰よりもそばで見守ってきました」
くすぶる感情を吐き出すように、ジェイラスは深呼吸を繰り返す。
「……しかし、否定できない自分もいるんです」
炎が、少女たちを包み込んだ。
「あの子たちは、異様といってのいいほどの執着を聖女さまに持っていました。聖女さまに近づくものは、男も女も、老人も子供も嫌っておりました」
ジョンの発言と相違がある、が深くは追及はしない。個人によって考えとは異なるものだ。庭園を共に整備したジョンと主従関係であるジェイラスでは、立場が違いすぎる。それゆえに少女たちの対応も異なるのだろう。
「ここ最近は特に顕著でした。表だって、非難の声はあげるわけではありません。けれど、聖女さまに近づく者たちを見る目が、雰囲気が、彼女たちの執着心をありありと見せつけていました」
白く燃え上がる炎の中、黒い人型が陽炎のように揺れる。
しばらくすると、縄が焼き切れたのか崩れ落ちるように一人ひとりと姿を消してゆく。
「執着、確かにぴったりの言葉ですね。あの少女たちは、崇拝以上の歪んだ感情をアリスティアさまに抱いていたように思います」
「あの子たちには、聖女さまを殺害する動機はありません。私は大人として否定しなければいけないのです。あの子たちのためにも。けれど、確信が持てないのです。だからこそ、真実を知りたいのです」
ジェイラスは横目で私を見つめた。
「あなたは、異常だ」
「ひどいですね」
私は肩を持ち上げる。
「あなたは、あの光景をどう思います?」
「燃えているな、としか。あの子たちが無実ならば、可哀想ですけれど、正直に言って、この結末はあの子たち自らが望んでいたようにも見えます」
「やはり、あなたの中にある正義感は歪だ。この件に、首を突っ込むのも彼女たちの無罪を証明したいわけではない。ただの好奇心です。誰が犯人か、どうしてあの子たちが聖女さまを殺したのか、あなたはただ知りたい。それだけで動いています」
肺の中の空気を空にする勢いで、ジェイラスは息を吐く。しばらくして、顔を持ち上げると様々な感情が入り混じる瞳で広場を睨みつけた。
「だからこそ、私はあなたにお願いするのです。どうか真実を解明してください。私にできることは、なんでも協力します」
少女たちの命を奪い取った炎は、未だ燃え続けていた。




