4p.少女の告白(3)
次は非常に厄介な相手だ。その名を告げられた私とエドガーは無意識に気を引き締めた。相手が罪人であっても、その後ろ盾は非常に強力で、下手をすれば私たちの首が飛びかねない。文字通り、物理的にだ。
「失礼します。クローディア・エインズワースさまをお連れしました」
蝶番が軋む音と共に開け放たれた扉から、警視正の男が長身の少女を引き連れてやってきた。
「お待ちしておりました。クローディアさま」
前もって話し合った通り、エドガーが少女——クローディアに微笑を送る。
が、クローディアは一瞥もくれない。まるで空気を相手にしているかのように無言で椅子に腰掛けた。高く結い上げられたストロベリーブロンドと同様に、色素の薄いまつ毛がその瞳を隠してしまう。影が落ちた頬に、きゅっと引き締められた唇は物憂げな雰囲気を醸し出しているが、なぜか私には彼女が悲しんでいるようには見えなかった。
「はじめまして。まずは自己紹介をしましょう。私はエドガー・マグワイアです。隣にいるのはアレクシス・バート。気軽にエドとアレクとお呼びください」
にこやかに対応するエドガーを真似して、私も同じように口元に笑みを作った。
一瞬だけ、クローディアさまは視線を私たちの方に投げた。
けれど、唇は硬く閉じており、一音すら発しない。肌の血色は特に悪いわけでも紅潮しているわけでもない。手足の動きも控えめだ。
クローディアさまが口を閉ざすのも、視線を合わせないのも恥ずかしがっているわけではなさそうだ。
おそらく、クローディアさまが黙っているのは私たちと喋りたくはないからだろう。
——クローディア・エインズワース。
ガロン連合王国現国王が長女であり、先代聖女の姪にあたるお方だ。
国王陛下はご兄弟で唯一の子女であるクローディアさまを深く愛されており、質の良いドレスや高価な宝石を与えられて育った。また、彼女は癒しの【祝福】を所有していたことから、幼少期より先代聖女さまが頻繁に会いに来ては聖女教育を受けたと言われている。
王族であり、教会の最上位である先代聖女の親族——この国で一番と言っていいほど権力を持つ者だ。
そんな出自と育ちゆえにクローディアさまは、酷くプライドが高いという噂があるのだが、それはどうやら事実のようだった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私たちはあなたの口から真実を聞きたいだけですから」
「……」
「アリスティアさまとは教会で知り合ったのですか?」
「……」
「あの、好きな食べ物とかは……」
「……」
「……」
「……」
無言に耐えきれなくなったエドガーが再度、助けを求めてきた。視線で訴えられても、私相手にクローディアさまが素直に応じるとは思えない。
かといって、このまま時間が過ぎ去るのを待つのはできない。こういう相手は決して折れないのは、今までで何度も経験してきた。持久戦に入る前にいっそのことと切り出すことにした。
「厳しいことを言いますが、尋問はクローディアさま自ら告白していただくまで続けることになっているんですよ。そうやって黙っていては、ずっと、何日もこの場所にいてもらうことになります。どんな抵抗されても私たちは国の犬ですので、上から命じられたことに従うのみです」
そう言うとクローディアさまは片眉を持ち上げた。不服そうな目で、しばらく何かを考えた末に唇を開く。
「……アリスティアを殺したのは、わたくしです。彼女を土へ埋めました」
罪を告白するその声は揺れていた。
※
「時間的にあたしが最後っぽいね。お疲れさんです」
尋問室へ入るなりキャロル・クレイトンさまは人好きのする笑顔を浮かべて話しかけてきた。先祖代々、商人をしている家系ゆえか、とても気さくで話しやすい印象を受ける。
今までの相手が相手だったゆえにエドガーは少し安心した様子を見せた。
「お待たせして申し訳ございません。キャロルさま」
「独房室? ってところ、初めて入ったけどつまらないっすね。話し相手もいないし、ずっと喋りたくてうずうずしてたよ。普段はさ、あいつらのこと嫌で仕方なくてさ。ティアと二人っきりで喋りたいのに、いつも誰か邪魔するのよ。でも、こういう時に思い浮かぶのはあいつらの顔ってことは、あたしって好きだったのかなーって思ったんだ」
怒涛のマシンガントーク。事前に入手した情報では、キャロルさまはとてつもないお喋りだと記載されていたが、予想を遥かに超えていた。
別の意味で気圧されているとキャロルさまが右手を持ち上げると、指先で円を描くようにくるくる回した。キャロルさまの癖だろうか。
「いやぁ、でも、本当にお疲れ様ですよ。あたしが言うのもアレだけど、あいつらって一癖も二癖も三癖もあるじゃないっすか。特にクローディア! マジでプライドがミアマト山よりも高いから、おじさんたちじゃ話しもしてくれなかったでしょう? 想像だけど、目も合わせなかっただろうな」
「お、おじ。え、ええ……」
とっくの昔におじさんと呼ばれる私は特に気にしなかったが、まだ二十代前半のエドガーはショックだったようだ。分かりやすく落ち込んでしまった。
それでもキャロルさまはおしゃべりをやめない。こちらが誘導しなくても自ら話してくれるのはありがたいが、早口すぎて記録が追いつかなかった。
「クローディアはさ、ティア相手だと普通に笑うし、普通に話すし、普通の女の子みたいになるのにさ、あたしら相手だといっつもツーンとした顔するんすよ。こんな風に、ツーンって! マジで腹たちません? 腹たちすぎて、前にバーバラと喧嘩ふっかけたらティアとベティに怒られてさぁ」
ベティ——おそらく、ベアトリスさまの愛称だ。
「もう、マジで意味わかんねえって。あたしたちは普通に喋りかけているのに〝ええ〟〝そう〟で会話をぶった斬るクローディアが明らかに悪くないっすか? それいうとティアは困ったように笑うし、ベティは仕方ないから諦めろって言うし」
「仲がよろしいのですね」
「仲? 別に。あたしらはティアがいるからつるんでいるだけだよ」
そっとキャロルさまはまつ毛を伏せた。
「ティアはさ、本当にすごいやつなんだよ。【祝福】もカイラさま並みに強力だし、美人で、可愛くて、とっても優しくてさ。非の打ち所がないってああいうのを言うんだろうね」
「聖女さまの偉業は私たちのほうも届いています」
「だろうね。ティアはカイラさまの生まれ変わりなんだから当たり前。それで知らないっていうんなら、その面を殴ってぼこぼこにしてたよ」
口角を持ち上げながらキャロルさまは拳を突き上げるふりをした。
「ティアはこんなところで腐っていいようなタマじゃない。もっと上に行けるし、もっと色んな相手から尊敬を集めれる。だから殺さなきゃならなかった」
え、と私たちは動きを止めた。
それを見て、キャロルさまは口元の笑みを更に深くした。
「あたしがあの子の口を塞いで殺した。そうしなきゃ、ティアは聖女になれないからね」
震えた声が、私の耳を撫でた。
「それは、なぜ」
エドガーが震えた声で問いかけると、キャロルさまは両目を丸くさせた。不思議そうに、なぜそんなことを聞かれているか分からないように。
「え? 今、言ったじゃん。ティアを聖女にするために殺したんだよ」
次に発せられた言葉は紛れもない〝真実〟だった。




