3p.少女の告白(2)
次に取調室へ通された少女は異様と言えるほど、落ち着いていた。怯えも恐怖もなにもない、凪いだ水面のような静けさを纏っていた。黒縁の眼鏡に隠された切れ長の瞳は真っ直ぐに私とエドガーを捉えて離さない。
その視線に居心地の悪さを感じながらも、私たちは平静を装い、彼女を迎えた。
三人目の少女の名前はベアトリス・エイムズさま。
彼女は医師の家系として有名なエイムズ家の頭領娘だ。曽祖父の代から何人もの名医を輩出し、ガロン連合王国の医学の発展にもっとも貢献した一族と言ってもいい。
ベアトリスさまご自身も聖女候補として選ばれていなければ女医として数多の患者を救ったのだろう。
その血ゆえに聡明であらせられるようで立ち振る舞いから、言葉の端にまで知性を感じた。
彼女は見目麗しい男が目の前にいてもシェリルさまのように明らかな興奮は見せず、淡々と業務的に尋問に答えた。
「叱責を受けるかもしれませんが、私は聖女になるつもりはなかったんです」
鈴が震えるような可憐な声でベアトリスさまは喋りだした。
「へえ、意外ですね。聖女さまを目指しているものだとばかり思っていました」
「私の【祝福】は聖女に選ばれるような優れた力ではありません。痛みを和らげる程度の微かな力です。なので、どのみち聖女になれるはずがないのです。聖女とはカイラさまの写み身のような存在ですから」
聖女に求められるのは、清廉潔白な人柄と【祝福】の強さだ。
人種や国籍、身分を問わず、傷付いた者を渾身的に救う優しさ。
命に関わる大怪我や不治の病も癒せる力。
その両方を兼ね備えた人物しか〝聖女〟という地位を与えられない。
「昔と比べて【祝福】の力はだいぶ衰えてしまい、聖女を選別するのは困難となりました。現に、教会に集められた百人の乙女のうち、カイラさまのご意志を継げるのは、たったひとり——ティアさまだけでした。誰が見ても聖女に選ばれるのはティアさまでした。教えられなくても力は強く、優しくて。……ティアさまを見ているとカイラさまにお会いできたような気分になりました」
国中から集められた少女たちは教会で力の伸ばし方と聖女としての立ち振る舞いを教えられると聞き齧ったことがあるが、ベアトリスさまの話を聞いている限り、それは体裁を整えるためのもののようだ。
三年という月日を親元から離れて過ごす少女たちは、アリスティアさまを見てどう思ったのだろうか。自分よりも聖女としての適正が高いアリスティアさまを見て、嫉妬をしたのか。この少女たちのように盲目的な信仰を抱くようになったのか。
アリスティアさまが他に恨みを買っていないか、調べる必要がありそうだ。
「実は、私は教会に残らず、家に帰るつもりでしたの。候補生として教会に従事していた時、傷付いた方や病魔に苛まれた方を多く見てきました」
そっとベアトリスさまはまつ毛を伏せた。悲しみというよりも、怒りを抑えているように見える。
「全員を救うことは許されません。聖女の奇跡に触れることができるのは、教会が許可をだした人だけです」
元より【祝福】とは有限な力だ。神に授けられたと言われていても、その力には限界がある。力を使えば使うほど、聖女としての寿命は短くなってしまう。
だからこそ、教会は救う対象を制限した。国の中枢に立つ者や国の発展に貢献した者、多額の献上金を支払った者。中には金もない低下層の人間もいたが、それは命に関わる病気や怪我を負った場合、つまり聖女としての箔をつけるために施される。
「仕方のないことだとは、わかっています。そうやって厳選しなけば、聖女として長年、従事することはできませんもの。……だからこそ、私は医者になろうと思いました。聖女に見せることができない病や怪我を負った人々を、この力で痛みを和らげて救いたい、と」
「素晴らしいです。実は私も似たような経緯で警察を目指したんですよ」
「あら、あなたも?」
「ええ、妹がいましてね。とっても可愛らしく自慢の子で。子どもの頃に目の前で移民の男に攫われ」
また話が脱線する前にエドガーの名前を呼んだ。
エドガーは困ったように頬を掻きながらベアトリスさまに謝罪をした。
「すみません。楽しくてつい話がはずんでしまいました」
嘘だ。私の耳に届く声は二重に響いている。
きっと、シェリルさまの狂気を目にしているため話の確信に踏み込めないのだろう。だから、こうして無難な話をしてしまう。若造に尋問はまだ早かったようだ。もう少し経験を積ませるように上に報告をしておこうと思う。
そんな私の考えをエドガーは読み取ったらしく、少し不満げな表情をすると背筋を伸ばしてベアトリスさまに向き合った。
「私も楽しいですから、安心してください」
エドガーの視線を受けて、ベアトリスさまは微笑する。
けれど、私の耳に届くその声は響いている。表情とは裏腹にベアトリスさまは楽しくはないようだ。
「それで、妹さんはどうなさったのでしょうか?」
「えっと、そうですね。妹は私と兄が気づいて救うことはできましたが、ただあの一件があって、この世界はそこまで安全ではないとわかったんです。だから私は警察官を目指しました」
「奇遇ですね。私も同じです。迷った末に医師の道ではなく、ティアさまの友人としてあのお方を支えようと思ったのは彼女を守るためですもの」
ベアトリスさまは、今度は物憂げにまつ毛を伏せた。
「ティアさまは優しすぎるあまり、ご自分のことよりも他者のことばかり気にかけます。教会に駄目だと言われようが、ご自身に助けを求めてすがる人々を見ると助けたくなるのでしょう。けれど、世の中はあの方が思うほど、善人ばかりではございません。その優しさに漬け込もうとした者が多くいたのです」
「それは、つまりアリスティアさまは誰かから恨みを買っていたということですか?」
私の心の言葉を代弁するようにエドガーが問いかけた。
すると、とベアトリスさまは鋭い目つきでエドガーを睨め付けた。
「言葉にはお気をつけください。ティアさまが恨みを買う? あんな心優しいお方が? そんなこと天と地がひっくり返ってもありえません」
先ほどまでの穏やかさは鳴りをひそめて、急に空気が刺々しいものへと変わる。
己の失言にエドガーは困惑しながらも謝罪を口にした。私もつられて頭を下げるとベアトリスさまは深く息を吐いた。
「気分をひどく害しました。もう尋問はよろしいでしょう?」
「それは、すみませんがまだ終わってはいなくて」
「ああ、言葉で欲しいのですね。いいですよ。別に隠してはいませんもの」
そう言ってベアトリスさまは椅子から立ち上がる。
「ティアさまを殺したのは私です」
では、と言い残すと調書室を勝手に出ていこうとするので私は慌てて声をかけた。
「お待ちください。まだ、話は終わっておりません」
「話すことなどありません。先ほどの私の発言の真偽はわかっているでしょう? あなたかそちらの方かは存じ上げませんが、こういう尋問の席では《《そういった》》【祝福】を持った者を同席させるだとか」
「ええ、よくご存知で。だからこそ、私たちはあなたさまからの〝言葉〟を知りたいのです」
ベアトリスさまは私の目をじっと見つめた後、全身の力を抜いた。凪いだ瞳で私を見据えると落ち着き払った声で切り出した。
「私がティアさまを殺そうと思ったのは、あのお方を守るためです。ティアさまはカイラさまの生まれ変わりですから。ティアさまを守るために私は殺すことを決めました」
重々しい独白に私とエドガーは生唾を飲み込んで見守った。
「この手は多くの人間を助けるためにあります。だからこそ、この手で彼女の首を閉めました」
震えた声音が、私の耳朶を撫でた。
※
「……すみませんでした」
先ほどの失態を思い出したのだろう。ベアトリスさまが退室して、二人きりとなった瞬間、エドガーがテーブルに項垂れながら謝罪を口にした。
「まったく。モーリスといい、君といい、私に面倒ごとを押し付ける。もう少し、熟考してから喋りなさい」
「その、頭の中では会話の順路を決めていたのに、いざ対面すると混乱してしまって……。アレクシス先輩はいつも落ち着いていてすごいです」
「こいつが落ち着いているのは向上心がないからだ」
第三者の声が降ってきて、私は顔をしかめた。
眼球だけを動かして、上を見るとオリバー先輩が腕を組み、私たちを見下ろしていた。
「あ、アーチボルト副警視総監!!」
エドガーが弾かれたように起立して、キャップを外して頭を下げた。
それを横目で見つつ、私は座ったままの体勢で調書用紙を差し出した。こういう場では格下の私がいち早く立ち上がり、礼をとるのが常識だがオリバー先輩はそこらへんは寛容なので、問題ないと判断する。
「はい、どうぞ。彼女たちの発言と、それが〝真実〟か否かが記されています」
「お前はマグワイアを少しは見習うべきだ。どこに副警視総監より偉そうな警部がいる?」
「ここに。きちんと仕事はしましたし、問題はないでしょう」
「たっく、……お前に向上心があれば、もっと上を目指せただろうに。そんな体たらくだから、いつまでたっても出世しないんだぞ」
「出世なんて興味ありませんし、今より忙しくなるのならば降格しても構いません。【祝福】使用手当をいただければ、贅沢しなくても生活はできますからね」
「ここまで向上心のない部下を持った俺の身にもなってくれ。お前の地位を上げるために、どれだけ俺が苦心したことか」
「はあ、それはありがとうございます。別に頼んではいませんけど。ああ、エドガー、もう座りなさい。先輩は様子を聞きにきただけですから、いつまでも立っていなくても大丈夫ですよ」
私が声をかけてもエドガーはなかなか腰を落ち着けない。ちらちらと私とオリバー先輩の顔色を交互に伺っている。
仕方ない、と私は肩を持ち上げた。
「ほら、先輩もエドガーに座るように言ってください」
「お前は本当に……。マグワイア、気にしなくていいから座っていろ。あと二人も尋問しなければいけないんだ。少しでも体を休ませなさい」
エドガーが着席したのを確認してから、オリバー先輩は手渡された用紙に視線を走らせた。
私のわがまま程度では疲れることのないオリバー先輩は、珍しく指先で眉間を揉みながら、目をすぼめている。彼もまた上から無理難題を言いつけられたのだろうか。
「また、真偽不明か」
「ええ。殺害方法に関しては三人とも真偽不明です。けれど、アリスティアさまを殺害したことに関しては三人とも〝真実〟です」
「……ますます、わからんな」
「まあ、どのみち自白はしていますから上は大助かりでしょうね」
はっ、と笑うとオリバー先輩は非難の目を向けてきた。
けれど、咎める言葉はいつまで経っても投げられない。これは形だけの尋問だということをオリバー先輩も理解しているから、なにも言えないのだろう。
まあ、どのみち彼女たちが否定をしようが、上は犯人に仕立て上げたはずだ。それが例え、彼女たちの語った殺害方法が実際と異なっていても、丁度いいと判断して。
「もし、彼女たちが犯人ではなかったら、上はどうするつもりですかねぇ」
何気ない私の呟きに、二人はなにも言わなかった。




