2p.少女の告白
ご友人は仮にも聖女候補だった方たちだ。いつもの暴漢や娼婦を相手にするような手荒な尋問ではなく、ただただ穏やかに優しく真実を聞き出すようにとのお達しがきた。
甘い処置だと思うがこの国の権限は王家よりも教会のほうが強いため、私たちのような犬は従うしかない。
尋問(と言っていいのか分からないが)を行うのも下っ端ではなく、警視正より上の地位が与えられた者が対応することとなった。オリバー先輩が推薦したこともあり、警部ではあるが私も同席する。
まずは一人目、バーバラ・アダムズさま。
娼婦である母親が客との間に身籠った子どものため、父親は不明。母親はいつも酒に酔っていて、バーバラさまの育児はほぼしなかったといっていい。
そのため、聖女候補生として教会の庇護下に入るまで読み書きもできず、マナーはおろか人間というよりも獣に近しい子どもだったようだ。
——事前に手に入れた情報だが、対面したバーバラさまは赤茶色の巻き毛に縁取られた顔は獣とは懸け離れていた。肌はよく日に焼けていて、鼻から目尻まで広がるそばかすが愛らしい。十八歳なのにいとけない容貌から、まだ十代前半にも見える、その辺にいる、平凡で、けれど幸せそうな少女だった。
取調室の硬い椅子に腰掛けたバーバラさまはきょろきょろと周りを見て、私を見て、更に私の隣に座るモーリス・レイモンドを見た。
恥ずかしいことに厳格さとは無縁の私を見た際はどことなくほっとしていたが、モーリスを見た瞬間、まるで大型の獣と対峙したかのように身体を強張らせた。モーリスは大柄な体躯もさることながら、鷹や大鷲といった猛禽類の如く鋭い眼光をしている。今はアリスティアさま殺害という前代未聞の大事件に、目尻は更に吊り上がっていた。
同期としてモーリスをよく知る私でも、思わずすくみあがってしまう。年端もいかない少女にとって、彼は文字通り獣に等しいのだろう。
「名前をいいなさい」
硬い声質でモーリスが命じた。
私は驚いた。優しく問いただすように言われているのに正義感のあまり忘れたのだろうか。それとも、この怒気が混じる声音は彼にとって優しいに該当するのだろうか。
私は疑問を抱きつつ、バーバラさまの様子を観察する。視線の動き、瞳孔の開き具合、声の震え——発する言葉以外も書き記すために。
「私の名前はバーバラ・アダムズ」
震える声でバーバラさまは答えた。怯えているのに背筋はぴんと伸びて、視線はまっすぐモーリスに注がれている。
私はバーバラさまの返答と、動向を手帳に書き綴る。
バーバラさまが私を気にするそぶりを見せた。記録だ、と言って笑うと視線はモーリスへと戻った。
「聖女さまを殺害した理由はなんだ?」
率直なモーリスの問いかけに、私は肝を冷やした。
まず名前を聞き、教会に呼ばれるまでの生活を聞き、そしてアリスティアさまとの関係を聞く。少しずつ心の緊張をほぐしてから、殺害動機を喋らせるように、と上からきつく言われていたのに、この単細胞は怒りと正義感にくすぶられて、もう忘れてしまったらしい。
「アリスティアさまが聖女さまでいるために、殺しました」
バーバラさまがはっきりとした声で答えた。視線はモーリスの目に合わせられていて、動きに違和感はない。指先、足先の動きも控えめだ。
嘘を言っているようには聞こえなかった。私の耳に届く、声は真っ直ぐで、なんも響きもない。
それは、モーリスも同様のようで微かに眉をひそめるのが見えた。
「バーバラさまは十二歳の時に教会へ入ったと聞いています」
モーリスに主導権を渡したままでは、あとでオリバー先輩を含む上層部から私までひどい叱責を受けてしまう。聴写に徹するように、と言われていたがそんな未来を回避すべく、私は口を開いた。
「聖女さまとは、その時から親しくされているんですか?」
「……ええ、アリスティアさまは、とてもお優しいお方でした」
回答まで四秒ほど、間があった。少し気になるが、動作におかしな点はない。過去を思い返している、と考えられる。
「文字も書けない、読めない、知識も乏しく、周囲に馴染めない私をいつも気にかけてくださいました」
バーバラさまはそっとまつ毛を伏せた。胸を両手で押さえると、当時のことを思い出したのだろう。小さな笑みを唇に浮かべる。
「乱暴な言葉でアリスティアさまを罵り、差し伸べられたお手を叩き落したこともあります。どれだけ、私が無礼を働いてもあのお方は決して私を見捨てませんでした。周囲からは放っておくようにと言われていたのに、あのお方はいつも私に寄り添ってくれたのです」
突如、バーバラさまは言葉を止める。
私達の顔色を伺うように見つめると、どこか悲しそうに、けれど嬉しさが滲む表情を浮かべた。
「アリスティアさまは聖女になるべきお方でした。数多くいた乙女の中で、アリスティアさまはもっともカイラさまのご意思を継いでいました。……あなたはカイラさまの逸話をご存知ですか?」
「ええ、【祝福】を使い、大勢の民を救い、その生涯のすべてを国のために捧げたと聞いております」
カイラさまは平民の出自であり、癒しという希少な【祝福】を神から与えられた。心優しく自己犠牲的な彼女はその力に慢心せず、病気に臥せる民を救い、自ら戦場へ赴くと傷を負った人々を敵味方関係なしに救ったと言い伝えられている。
その功績から神はカイラさまを聖人として召し抱え、国はカイラさまを奉った教会を建てた。
「その偉業は数多くあり、今も信仰の対象となっています」
途端、バーバラさまは明らかに軽蔑がこもる眼差しを向けてきた。
「ご存知でしょうか? カイラさまは癒しの力を使うことに否定的だったという話は。数多くある【祝福】のなかでも癒しは特別です。私達も使えますが個人によって、その力は幅があります」
話の先が見えない。私とモーリスは目配せをする。このまま会話を続けるべきか、元に戻すべきか。悩んでいるとバーバラさまは「アリスティアさまは」と唇を開く。
「癒しの力を使うことに否定的でした」
「それはなぜ。教会の教えに反しているのでは?」
「教会は〝持つべき者は持たざる者に与えるべきだ〟と言っていますが、カイラさまはその反対でした。カイラさまの癒しの力はとても強力で、精神にも作用します。傷を負うことは経験を積むこと。このような行動をしてはいけない、このような言動をしてはならない。そうすることで傷を覚えれるからです」
「なるほど。確かにおっしゃることはごもっともです」
「カイラさまのご意思を、思想を、教会は都合のいいように解釈し、広めました」
怒りを逃がすように、バーバラさまはぎゅっと拳を握りしめた。
「全てはもとに戻るだけです」
「もとに?」
「ええ。アリスティアさまは真の聖女です。カイラさまの生まれ変わりです」
だから、とバーバラさまは続ける。
「私はアリスティアさまを殺すことにしました」
罪悪感など微塵も感じさせない。頬は熟れた林檎のように色付き、陽だまりのような笑みが浮かんでいる。
「アリスティアさまが聖女でいるために。聖女で居続けるために、私が彼女の身体を刃物で切りました」
その声は地の底から震えるように、私の耳に届いた。
※
尋問を終えると早々にバーバラさまは牢屋へ連れ戻された。モーリスは上司に呼び出されたため、調書室へ一人残った私は冷めたコーヒーを喉奥へ流し込んだ。
風味が薄れて苦いだけのコーヒーは、思考を更に鮮明にしてくれる。先ほどのバーバラさまの言動を思い返そうとしていると、オリバー先輩がやってきた。
「どうだった?」
「〝嘘〟であり、〝真実〟でした」
「なにがだ」
「腹を裂いた、という発言です」
私は眉間に皺を寄せながら答えた。私が神から与えられし【祝福】は対象者の嘘を瞬時に見抜くというもの。使用の際は直接、相手の声を聞くなどの制限はあるが精度は高く、警視庁内でも信頼が厚い力だ。
私の力を一番理解しているオリバー先輩は口元を手で覆う。気難しそうな表情をさらにひどくした。
「妙だな」
「ええ、まったくもって妙なのです。他の発言ならともかくとして、〝腹を裂いた〟という発言は明らかに殺害方法ですから」
殺害方法など、明確な内容ほど〝嘘〟か〝真実〟かはっきり判定される。それが二重になって聞こえるという時点でおかしな話だ。
「他の発言はどうだった?」
「問題ありません。どれも〝真実〟でした。それは確かです」
「他に疑問に感じたことは?」
「……そうですね。バーバラさまは聖女さまを深く愛していらっしゃったようです」
「あ、愛?!」
「声量を落としてください。愛していた、と言われてはいませんがそう感じたので表したまでです」
「お前、また妄想に耽っていたのか? 仕事中なのを忘れるな」
「忘れてはいません。視線の動き、手や指先、足先の動きから判断しました。もちろん、【祝福】も使いました」
「それはなんだ。痴情のもつれというやつか?」
さあ、と私は肩を持ち上げた。
「バーバラさまは聖女さまを殺害したことを後悔してはいません。普通なら、あそこまで熱烈に想う相手を殺したのなら少しばかりは後悔するものですけれど……」
恋人の心が他者に移らないように殺した少年。愛人ばかり贔屓する夫を殺した妻。想いを伝えても受け入れてもらえず、親友を殺した青年——仕事柄、多くの似たような事案を見てきたが、彼らは誰一人として現状に満足などしていなかった。感情に任せて相手の命を奪ったことによる罪悪感と愛した者にもう二度と会えない事実に後悔をしていた。
それが、バーバラさまには一切なかった。彼女にあったのは、おそらく達成感のみ。
「まあ、なんにせよ。お前が眠っていなくて安心したよ」
言葉に揺らぎがないため、オリバー先輩は本心で私が寝ぼけていると思っていたらしい。
失礼だな、と思いつつも文句を言う気力もないため「頑張りますよ」とだけ返答をした。
「そちらはどうでしたか? 検死の結果、そろそろでましたよね?」
「検死、と言っていいのか分からないが死因はおそらく薬物ではないかと判断が下された」
「おそらく、ですか」
「仕方ないだろう。さすがに聖女であるアリスティアさまに検視官が触れることはご法度だ」
想像していた通りだな、と思った。
「まず、そう判断されたのは腹部の裂傷だ。使用されたのは刃物だが、鋭利なものではなかったらしい。傷はひどく歪んでおり、何度も刺して引いたのではないかと推測された」
「まあ、そうでしょうね。あれだけの裂傷を負って、穏やかな表情を保つのは難しいですから。何らかの手段で殺害してから腹を割いたと考えるのが妥当です」
「五人が持つ【祝福】では意識を奪うことは不可能なので、なんらかの薬物を投与したという結論に至った」
「なんともまあ、無理にこじつけましたね」
「そういうな。規則なのだから、仕方あるまい。検視官もできる限りのことはしていた」
「いっそのこと、死体解剖でもさせてくれれば楽なのですが」
「絶対に口が避けても外で言うなよ。お前が解剖されるぞ」
「ええ、分かっていますよ」
「本当か?」
「はい。もちろんです。ほら、そろそろ帰らないと次の人が来てしまいますよ」
「お前の【祝福】が頼りだ。残りの四名も頼んだぞ」
そう言い残すとオリバー先輩は調書室を後にした。
※
モーリスの代わりにエドガー・マグワイアが尋問を務めることとなった。彼は警視正にあがったばかりの若造だが、その容姿は俳優のごとく整っている。年若い乙女の心をほぐすのに適任だと、上が判断したのだろう。
確かにモーリスのような高圧的な熊男よりも、エドガーのような儚げな美青年のほうが乙女たちは心を開きそうだ。
「はあ、尋問なんて初めてで緊張します」
胸に手を置いたエドガーは、穏やかな口調で呟く。独り言と判断して、調書用の用紙を準備していると「先輩は緊張しないんですか?」と問いかけてきた。
「まあ、話すだけですから。拷問をしなくていい分、こちらのほうが性に合っています」
「それは確かに。妹と同い年の子供を拷問するとか考えたくもないです」
妹がいるのなら、モーリスのような失態は犯さないだろう。
このあとは休憩なしで立て続けに二名を尋問する手はずとなっている。先ほどのように私が会話の主導権を握らなくても良さそうだ、と安堵した。
二人目は宮廷庭師の次女であるシェリル・バーンズさま。
豊かなシルバーブロンドを流行りの型に結った彼女は、おっとりとした雰囲気を纏っていた。垂れ目なのも相まって、そう見えるのだろう。部屋に通された直後は緊張した面持ちだったが、エドガーを見ると頬を赤らめた。
さすがは美青年。モーリスのように怖がらせる事なく、シェリルさまのお心を掴んだようだ。長く意味も無い会話が大半だったため、割愛し、要点のみを記載する。
「ティアさまとの思い出ですか?」
いざ、エドガーが話をきり出すとシェリルさまはモスグリーンの瞳を大きくさせた。こてんと首を傾げて、心底不思議そうにする。
「ああ、これは尋問でしたね」
驚いた事にシェリルさまは自分が尋問されているとは思っていないようだった。少し考えた素振りの後、シェリルさまは両手を机の上に滑らせた。
「私の手、どう思います?」
差し出された手の平はお世辞にも綺麗とは言い難い。爪は分厚く、不格好で、指の皮膚も同様だ。少女というよりも、農作業に長年従事した老婆のようにも見える。
それを素直に口にしていいものか分からず、私達が言い淀むとシェリルさまは自らの指をなぞった。
「私は父のように庭の手入れをするのが好きでした。父に頼み込んで、庭の一角を私専用に貰うほど。その植物にあった土を選び、種を植えて、苗を育てて、花がより美しく咲けるように剪定し、水を撒きます。手袋をしていても、手は荒れます。爪は歪み、水疱が破けて、皮膚は厚くなりました。……自分でも、綺麗な手ではないと思っていました。けれど、この手は私の結晶です。美しい庭園を作る、自慢の手です」
シェリルさまは悲しげに睫毛を伏せた。
「候補生として選ばれた時、この手は穢らわしい物であることを知ったのです。候補生に選ばれるのは、良家の子女ばかりですもの。彼女たちにとって、私の手は触れたくもない、醜いものだったのでしょう。私の手が触れると、まるで汚物でも触れたかのような反応をしました」
当時のことを思い出したのかシェリルさまの表情は悲痛さを帯びる。直後、沈んだ表情は一転し、花が綻ぶように微笑んだ。
「そんな中、ティアさまだけがこの手を〝綺麗な手〟と言ってくださったのです。〝シェリルが育てた花はまるで宝石のようね〟と。私が植えて、育てて、摘んだお花を手にとって笑いかけてくれたのです」
それはまるで恋に溺れる少女のように。
「とても、……そう、とても幸せな日々でした。ティアさまはまるでカイラさまのよう。優しくて、綺麗で、可愛らしくて、私はあのお方のために生きると誓ったんです。この気持ちがわかりますか?」
胸に手を添えるとシェリルさまは、両目を細めた。
「目が覚めて、寝るまでずっと一緒にいれる幸せを! 両親には家に帰ってくるように言われていましたが、私は迷わずティアさまの補佐をすることを選びました。家業を選んでティアさまと離れるだなんて考えたくもない。……他の四人は邪魔でしたけど、同じくティアさまに忠誠を誓った者ですもの。嫌だけど、仲良くしましたわ。喧嘩をすれば、ティアさまが悲しまれますから」
「シェリルさまは聖女さまが大切だったのですね」
「ええ、もちろん。大切です。大好きで、何事にも変え難い高貴で尊いお方。あのお方のためなら、私は悪魔にもなれましてよ」
桃色の唇は「だから」と歌うように言葉を紡ぐ。
「ティアさまを殺しました。綺麗な手ならあの子も喜ぶだろうと、身体を抑えました」
声が、震えた。不快に歪む音が私の耳に届いた。
「初めて触れた彼女は驚くほど柔らく、温かかったのを今でも覚えています」
「あなたが聖女さまを殺害したということですか?」
強張った声でエドガーが問いかけた。
「いいえ。聖女さまを殺してはいません。私は、アリスティアさまを殺したんです」
その声は揺らぐことなく、〝真実〟だけを表していた。




