新月は明日
灯side
笑顔で手を振って学校に行く明を玄関で見送り、扉を施錠して、扉に背を預けてもたれ掛かる。手の甲を目に当て、今日のスケジュールを頭の中で整理する。確か、今日は業者がもうすぐ来るんだったよな…俺も着替えねえと。
先日秋雨を招き入れた隠し部屋、その中に更に設置された隠し扉、その中のタンスの中には、支給された黒子と黒いローブ。両面は無地で、これだけでは一見只の服だが、登録されたメンバーには見えるイニシャルが刺繍されている。
「…ダセェ…」
正直、アレンジしたい。異界学園の制服はアレンジ可だったぞ…!
しかし、弄ると刺繍が全員に見えなくなるとかで、結構繊細だから、弄っちゃダメなんだとか。
そんなことを思い返していると、インターホンの音が鳴った。急いでフードをすっぽり被って部屋を出て、玄関から業者を迎え入れる。
「こんにちは~。本日予約を承っております狗野と申します~。」
少し目線を上にあげれば、担当の業者と目線が合った。
「おつかれさん。一月ぶりだな。案内するからちょっとついてきて?」
「了解です~。」
間延びする声の相手も、同じ黒子とローブを羽織っている。違うのは、精々サイズくらいだ。
業者…狗野を部屋の中へ招き入れ、害獣たちが入っている檻の前まで連れてきた。
「これまた先月よりも増えましたね~。」
「あー、やっぱりか?」
朝にちゅーちゅーゼリーを飲んで寝入っている獣達の顔は、檻の中という状況もあってか、眉間に皺が寄っている。
中には、飲んでいないものまでいた。
「…ほら、飲めよ。」
「毒入りじゃねえだろうな?」
何言ってるんだこいつ。
「人間の食事を口にする資格が、お前らにあるわけ無いだろ?」
むしろ、普通の食事を食いたいなら、始めから俺の息子を襲わなければいい話なのだ。
そう言うと、そいつはゼリーの容器をこちらへ投げた。檻に阻まれて、ゼリーはすぐ下へ落下し、こちらへ何の損傷も与えること無く害獣の半端な抵抗は無駄に終わった。
「…食っとけ、この兄ちゃん達は、俺よりも怖いぞ~?」
「がぉー」
親指をくいっと黒子に向けると、ノってきた狗野は何かの鳴き声を出してくれた。
「~~ッ!」
害獣は顔を真っ赤にすると、檻の隙間から腕を突きだし、こちらへ手を伸ばしてきた。
俺の腕を掴もうとしていたので、腕を掴み返して檻に顔が押し付けられるよう引いた。
「とりあえず、今月分の引き取り、お願いな。」
「は~い。」
狗野はすぐにこちらの意図を察して、懐から注射器を取り出すと、暴れる害獣の首に薬を打った。
起きていた害獣はこいつ一匹だったらしく、他は大人しく眠っていたため、予定よりも早く、運び出すのは十時までに終わった。
檻ごと外に運べれば眠らせる必要も少しは無くなるのだが、檻のサイズはこの隠し部屋の出入口よりもデカイ。おかげで部品の一つ一つが大きく、運び入れるのにも一悶着あった。
おまけに檻を運び出されると、次に来た害獣をどこにやっておけばいいのか分からなくなってしまう。というわけで、態々眠らせて運び出してもらっているため、本来他の場所を担当するよりも、この家の回収には手間がかかるんだとか。サーセン。
「それじゃ、僕はこれで…」
「ああ、ありがとさん。」
狗野は一礼して、トラックに乗って帰っていった。
さて、何をしようか?
…
……
………
明の暴走を最小限にするために、家に結界を張って、近くに秋雨たちが住んでるらしいから、万が一にも外に音漏れなんてしないようにしなければ…
しかし、これは以前から対策していることだ。亜空間内での戦闘、夜明け近くになれば亜空間を解除し、外での戦闘に切り替える。外での戦闘に切り替わったら、外部に戦闘が悟られないよう認識阻害に余念はない。
そう、全てできる手はうっている。最初から、現在に至るまで…
ならば、次にかける明の封印の改良?
現在封印されているのは、殺意、憎悪、この二つと密接になる感情たち。
好奇心と残虐性が何やら溢れてきていたとカゲから報告があったため、こちらも何とか…いや、感情の制御はそもそもするべきではない。俺が封印すべきは、あいつが生まれる前に吸着させた感情のみだ。
感情自体の封印は俺だけの力で封印できたならそれも可能だったが、カゲの力が無ければそもそも明の封印自体が難しい。しかし、カゲと感情の封印は相性が悪い。
目的を見失ってはいけない。明自身の感情の封印など、息子を否定して傀儡人形にするのと等しいだろう。
「…えっと、殺意の解放は最後に回すとして…憎悪は嫉妬と密接だからな…恋愛させるならこっち優先か?羞恥って今どうなってたっけ?…ああ、解放したけど情操教育が…」
感情は、解放させたところで、いきなり感情豊かになるとは限らないからな…
例えば、これまで羞恥心を封印していたとして、ある日封印を解いたとしても、これまで平然と人前を裸で歩いていたやつに裸が恥ずかしいだなんて、いきなりは受け入れられないだろう。だって、これまで平然とその状況を受け入れていたのだから。
前まで平気だったのに、なぜ今更恥ずかしがらねばならない?と返ってくるのがオチである。
少なくとも、流石に裸ではなかったとはいえ、明はそんな感じだった。
人に嫌なことをしてはいけないと言えば、嫌なことが分からないので問題行動を起こすことは容易に想像できた。だから、嫌なこと、という風に言わず、人の物をとってはいけない。相手が嫌だと言えば直前までしていた行動をやめる。物は壊さない。という風に、具体的に教えていった。
好奇心さえ持たないあいつにこれらを全て記憶させるのは無理があったため、メモ帳にしようか迷ったが、細かいところはカゲがどうにかしてくれた。
カゲは、感情豊かに育った。しっかりもので、でもイタズラも好き。気に入った何かに罅が入れば悲しんで、嫌いな誰かが不幸になれば笑う、極一般的な少年。明に善悪の指針が欠けていても、カゲは善悪の指針を持っている。だから今まで、なんら問題はなかったのだ。
…周りに、不可思議存在を認識できる存在が現れるまでは。
…周りに、異界学園へ繋がる者が現れるまでは。
息子が異界学園に行くかもしれない。
俺は全力で抵抗する。行けばどうなるのか、どうなってしまうのか、知っているから。
それを防ぐためにも
「悪いな、秋雨。」
嘗ての可愛い後輩にだって、俺は容赦できない。
隠し部屋の霊力電波式固定電話へ手を伸ばし、受話器を取ってダイヤルを回す。嘗ての逃亡の協力者、現状においての理解者、信頼できる…
「…あ、もしもしラハト?お前の所の学校、まだ空きある?」
[無い。でも空けてあげるよ。灯の頼みならね。]
古くからの友人へ。
友人ヤタニラハト。漢字は灯のみが知っている。灯の幼なじみで明の出生も灯と同程度知っている。明は覚えていないが実は会ったことがある。




