何か知らない?
勝手に歴史と法律を捏造しています!
作者自身久々に思い出した原石くんの着物ネタを使うはめになった。
かげくんが窓辺でぐーすか寝ている。実体を保ったまま寝ているということは、もしかしたら新月が近いのかもしれない。
かげくんは新月に近い日、実体化を解かなくなる。昔は時々実体化したまま寝てるな…程度にしか思わなかったのだが、流石に長い付き合いのためか、意図せずその周期に気付くタイミングがあった。
「かげくーん」
『ん…んんぅ…』
「珍しいな。僕より起きるの遅いなんて。しかもお父さんの下敷きになって。」
『…え!?あっ、マジだ…アキラより遅起きとか…今日は雨かな…いや、槍でも降るのかな…』
かげくんが下から這い出てきて、お父さんの頭がゴトンと落ちた。若干呻くが起きなかった。
「酷くね?」
軽口を叩きながら、外出用の服に着替える。中学校は遠いが、やっぱり式典みたいな機会以外は自由服だから、割と校則は緩い方だと思う。というか、現在では学校生活中ずっと制服という学校の方が少ないだろう。
昔の何かの災害時、制服のスカートやズボンの裾が引っ掛かったり、制服のせいで我が子を見つけられない親がいたため、制服のせいで子どもが死んだという裁判が開かれたのだという。
それからは自由服にして、自己責任と言い張れるように校則を変えたらしい。
これが中学校に入学して間もない、一年生の学年集会で言われた話だ。僕はまともに聞いていなかったので、後からかげくんに要約して教えてもらった。
もともと制服にするメリットって、服が少ない子供にコンプレックスを抱かせないことぐらいで、現在では子供が不自由しない程度の支援金が産まれた時点で一人一人に配られるから一切問題が無いんだよな。お陰で税金アホ高いが。
「…服どうする」
『これとこれとこれ。』
タンスから引っ張り出されたグレーの厚手のハイネックに、ゴムみたいによく伸びる紺の長ズボン。足首のところでキュッとすぼまって風を通しづらくしている。これに厚手の長靴下を合わせれば…
完全寒さ対策のコーディネート、完成!
制服に着替えるよりも時短になる。
「あー…あったかい…」
『ほらほら寝ない。』
家がそこそこ冷えているため、布団にまだくるまっていたいが、そうすると今度は遅刻するまで寝落ちするのがオチだ。
「んー…」
『あ、タブレット机に置きっぱなしだよ?ちゃんと鞄入れてね!』
「んー…」
『朝御飯は…これでいい?はい、お薬入りゼリー。』
「んー…………おい?」
『てへっ☆』
飲んでやろうか?合法的に休んでやらぁ!
『待って冗談、開けないで!冗談だから!』
「はーい!」
結構珍しいけど、こういう冗談はやるんだよな、かげくん…なんでも、僕の意識を覚醒させるのに手っ取り早いんだとか。
「んで、本当の朝御飯は?」
『デニッシュ焼く。』
「わーい!」
「んん…かげー、お父さんのも…」
『うーん…どうしよっかな~?』
「ちょ、ケチ!お父さんのも焼いてくれたっていいだろ!?」
どうやら、お父さんも起きたらしい。まあ、かげくんが下からどいていた時点でノンレムからレムには入っていたんだろうが。
『ひゅ~ひゅひゅ~ひゅ~♪』
「よっ、口笛上手!かげさま!仏様!どうか私のデニッシュを焼いてください!」
おだてるレパートリーがちょっと増えたな…。…なんだこの茶番劇…。
『よし!仕方がないな焼いてやろう!』
「あざぁ~す!」
ああ、でも、目の前で繰り広げられる、十数年間一緒に過ごしていてたまにしか見られないこの光景が、面白可笑しくて、愛おしい。
「…ふっははは!」
例え二人が、何か僕に隠し事をしていようとも、自然と笑いが込み上げてくる程に、幸せだ!
「行ってらっしゃい。」
「いってきまーす…!」
『いってきまーす。』
久々に玄関まで見送ってくれたお父さんに向けて、少し嬉しさを滲ませて、間の延びた返事を返す。
「また曲がり角でぶつかるんじゃないぞ?」
「はーい」
軽口を叩き見送られると、少し歩いてその曲がり角の所に来た。
角から左右を見ようとすると、右に誰かいた。
「あれ?明くん?」
「?…あ、ほんとだ。おはよう。」
原石くんと菅原くんだった。
「おはよ。今日は菅原先生と一緒じゃないんだな。」
「叔父上は朝早いから…」
そういえば、菅原先生は学校中を担当しているんだった。
「そっか。」
そう言って会話が途切れたので、各々のペースで歩き始め、少し距離が開いてきた時…
「…ちょっと玲帑くん?ペース速すぎじゃない?」
「え?さっきまでと同じくらいのはずだけど…」
まあ、菅原くん足長いもんなー…僕のは…うん、ノーコメントで。
「いやいや、明くんおいてけぼりになってるじゃん。」
「「え?一緒に行くの?」」
マジで?
「寧ろ別々に行くつもりだったの?この流れで!?」
嘘でしょ…と原石くんが手を目元に当てる。
「…え…じゃあ…夜樺くんも一緒に…行く?」
慣れない様子で、たどたどしく菅原くんが僕を誘う。僕も一緒に行くことに不都合は無いし、断る理由は無いだろう。
「あ…ああ、行く!」
…あれ?異界学園遠ざけるために関わらない方が良かったのでは?…いや、今更だな。なんか二人ともにっこりしてるし、今からやっぱ無理とかどんな鬼畜だよ。断るなんてできない。
「意外だ。一匹狼みたいなのかと思ってた。」
歩きながら、菅原くんがそう言った。
歩くの速いな…いや、単に歩幅が……これ以上は止めておこう。
「何で?」
「何でって…………ずっと一人でいたから?」
「……」
ずっと…一人…
「明くんに10000のダメージ!」
「入ってねーよ!」
ダメージ入ってないよ原石くん!別にぼっち気にしてないもん!ほんとだもん!かげくんいるし!
「「…」」
「何だよその沈黙は!?」
「いや、別に何にも…だよね、直中くん?」
「いや、確実にダメージ受けてたでしょ明くん。」
「入ってねぇ~ッ!」
「…」
抗議をすると、原石くんは途端に黙ってこちらをジッと見たあと、菅原くんに視線を送った。菅原くんは目線の意味を察せず、片方の眉をあげた。
「…はぁー…」
原石くんは両手を自分の左右に持ってきて、手の平を天に向けて、首を横に振りながら溜め息を吐いた。やれやれ、とでも言いたげだ。
「なぜ俺は呆れられてる?」
「さあ?」
そう言いながら、僕も原石くんと同じポーズを取った。意味合いは全く違うが。
「…こういうこと!」
突如、僕のほっぺに何かが押し込まれた。…細くて、冷たい…指?
「どゆこと?」
「やっぱそうだ!ほっぺぷにぷに!だって肌見るからにすべすべだもん!」
…いや、聞いても分からん。つまり何だ?さっきの視線は「こいつのほっぺ揉みたくね?」みたいな感じだったってこと?
「揉むにしても、せめて手を温めてからにしろ!」
「むーり!カイロも手袋も、元の家にあるんだもん!」
実家か…今は警察が立ち入り禁止にしてたっけ?関係者として入れないのかな?いや、入れたとしても持ち出し許可は出ないか。
「その着物脱ぎなよ!?脱いでちゃんとした冬服にしなよ!もうちょいマシになるって!」
あ、確かに。
「いやーん、玲帑くんのエッチ。」
「どこが!?」
「脱げって辺りが。」
「ッ…ッそういうんじゃな~い!」
顔を真っ赤にして両腕をぶんぶん上下に振っている。おかしいな。図体かなりデカイ男が漫画の中でしか見ない幼稚園児みたいな仕草してるのに違和感が仕事しない。
「あははっ!玲帑くん子供みたい!」
「はあ!?」
今のところ、言い合いは原石くんが優勢だな、なんてことを考えながら、足下から薄っぺらさを感じる音が返ってきた辺りで僕は無意識の内に体が道の右に寄っていた。
完全にいつもの癖だった。
この先には、あれがある。
凹凸を素直に光と陰で浮き彫りにされた灰色のそこは、時折割れ目から下が見えない程真っ暗な闇を覗かせている。
だというのに、二人はそれに気付かずそのまま進んでいく。
草履とグレーの紐無し靴が、底無しの闇を見せるそこに近づいていく。
「…二人とも、そこ危ない…」
「うわぁ!?」
「おっと…あぶね…」
言い合いに夢中で足下が疎かになっている二人に向けて注意を促す。しかし、原石くんの方は間に合わなかったようだ。
草履も足も滑り、右足の膝小僧の少し上までずりっと闇に吸い込まれた。
自転車用の白線が掠れて殆ど見えないここは、道路が割れる少し前に私道となっていて、私道の修繕費を払えない都合で壊れた道路がほったらかしになり、政府も勝手に修繕できない。
結果、私道の道路はある一時地面の歪みに耐えられなくなったその時から今に至るまで、割れたままいつ幼子の足をとるとも知れぬまま放置されているというわけだ。
割れたヒビの底は真っ暗で何も見えない。草履が脱げて落ちてしまえば、取ることは叶わないだろう。
「やばい、草履落ちそうだし草履の先つぼ掴んでる足がつった。」
「ちょっと、脇下失礼。」
菅原くんが急いで脇下に腕を通し、引き上げようとする。原石くんも残った左足で踏ん張って上がろうとする。
多分このままなら何もせずともどうにかなるだろう。しかし…チラッと着物の間から見えた右足が、痛々しく真っ赤なのが見えたから、足がつっていて本当に痛そうだから、そこだけはどうにかしよう。
「原石くん、脱げかけてる草履はこっちで持つから足の力抜け。そしたら影で足を包んで、直接道路に擦れないようにするから。そうしてから足抜け。」
「ありがとう…」
数分後、上手く原石くんは道路から脱け出せたが、右足が道路に擦れて擦りむけていた。学校着いたら保健室かな。登校中の事故だし、対処してもらえるだろう。
「…やっぱ、着物やめて普通の服にした方がよくね?」
「明くんまで言うの!?」
よよよ…と原石くんがわざとらしく泣くので、着物は似合うけど怪我する方が嫌、と答えたら、ぽかんとしたまま数秒間フリーズしてしまった。
菅原くんが原石くんの肩に手を回して、よかったな、と言っていた。意味が分からなかった。
Noside
直中が玲帑をおちょくり、玲帑が仕返しとばかりに直中をからかい、夜樺がそれを傍観して、時折茶々を入れて楽しむ。
そうしているうちに慣れてきたのか、夜樺は玲帑に合わせるために歩調を速めることを苦に思わなくなっていたし、玲帑は自然と歩調を玲帑に合わせてゆっくりできた。
「…原石くん、そこ左。」
「あ、そうなの?」
夜樺はうっかり右に行きそうになる直中を軌道修正させた。当然だが、直中は菅原一家の神社から学校までの道を知らない。その案内も兼ねて玲帑と一緒に登校しているのだ。まあ、玲帑と直中の仲を深めたいという秋雨の思惑も絡んでいるのだが、それは保護者として当然の思いと言えよう。
「…そっちの大通りに出ると、同年代くらいの子が増えてくる。」
夜樺の示した大通りとは、夜樺たちが来た小道を横切る形で敷かれている左右それぞれ三車線、合計六車線程の幅を持つ道路と、ツツジを咲かせる垣根を隔てて幅三メートル程の自転車共用歩道が左右に整備された道路の事だ。
私道を抜けて公道となるため、これまでの凸凹道とは違い、その交差点の横断歩道を境目にして平坦な道が広がっている。
大通りに面する歩道の外側には、便利店や住宅、自転車売り場等が建ち並んでいる。
交差点を渡ったすぐそこ、小道にいる夜樺たちから見て正面の横断歩道を渡った先には便利店があり、大通りで人通りが多いこともあいまって今日もまた繁盛していた。今もまた、仕事鞄を持ったサラリーマンが入店していく。因みに左の横断歩道を渡れば少し進んでもう一つ信号を越えた先にバイク屋がある。
「あ、僕もここなら中学校行く時毎回使ってる!」
直中も、ここからならば道を知っていた。
夜樺はいつも通り、正面の青になった横断歩道を渡ろうとする。因みに赤であれば、いつもそのまま右に曲がって進む。
「…あ、ここは渡らずそのまんま左行こう?」
そして、直中は今青なのにも関わらず、そちらへ行かず右折して行くことを提案してきた。
「え、今丁度青だけど…」
言ってしまえば、学校へはここの横断歩道を通り過ぎた所の横断歩道を渡って行っても問題なく行ける。しかしそれでは赤の時、余計に時間を取られてしまう。大通りに横切られる横断歩道は赤の時間がとても長い。だから青で渡れる時に渡ってしまうというのが、夜樺の通常運転であった。
「そうなんだけどね…えっと…あっちには色々あって…こっち暫く行ってあっちの横断歩道渡りたいっていうか…」
気まずそうに、直中が言葉を濁す。
「…まあ、まだ時間あるし、俺はそれでもいいと思うけど…夜樺くんは?」
「僕もそれで構わねぇよ。」
言ってしまえば、横断歩道を渡ったあちら側は建物間に丁度人が入れるような細い道があり、その路地裏に入っていくと、人身売買や違法薬物の取引現場になっていたりすることがままある。
普通ならここの地域に住むもの全員知っている噂話(保護者の間で噂になって、子供に注意喚起という形で伝わる)なのだが、夜樺はそういう噂にめっぽう疎かった。
「ありがとう」
「別にいいよ。ところで、渡らない理由って詳しく聞いても大丈夫そう?」
「学校でならいいよ…」
その後は、直中と玲帑が前、夜樺が後ろを歩く陣形で自然と固定され、和気藹々としながら普通に登校した。
因みにこの後も、この大通りを使うのは一緒なのだが、直中と夜樺では大通りを外れる曲がり角が違ったりと普段での行き方が全く異なったため、今度は直中の使う道を行く事になった。
どのくらい違うのかといえば、最終的に校門の左から来るか、右から来るかも異なるくらいには違った。
普段行かない道は、とても夜樺と相性がよかった。これまでは近くに建つ小学校の校門前を横切らなければならなかったため狭い通路を小学生たちとすれ違わなければならず、かなりそこで時間と神経を消耗していたのだが、直中の行っている道は途中に保育園があるくらいで、負担が比にならない程軽かったからだ。
夜樺は今度からこっちの道を使うことを決意した。
学校に着いて教室の後ろから入ると、前の黒板の中心に今日の日程が書いてあるのが見えた。
「えっと、8時15分から朝の会、一時間目と二時間目自習したら帰宅…?」
喜色を浮かべた声で、夜樺が黒板の内容を読み上げたが、日程がなぜそうなっているのかまでは分からなかった。
「あれ?今日何かあった?」
同じく直中も、その理由は分からない。最近三年生は短縮日課が多かったとはいえ、それでも四時間授業が常であった。つまり、いつもよりも早帰り。
現在時刻は8時ジャスト。教室には空席の方が多く、いつもより静かだ。
「…あ、私立の一次受験今日じゃなかった?」
「「あー…」」
一番知っていなきゃいけない二人が分かっておらず、一番知っていなくてもいい玲帑が答えを導きだした。
「…そういえば明くんのお父さん、異界学園に入れる気無いんだったら、今日受験会場行かなきゃヤバいんじゃ…」
「…………み゛」
潰された猫のような声を出して、夜樺は顔をひきつらせた。
「やべぇ…やべぇ…やっちまった…」
「……忘れてたの!?」
玲帑は(どうするの、夜樺くん?)という顔で夜樺を見ている。
「僕は異界学園入るから…というか強制連行だから問題ないけど、明くんどうするの?」
教室の後ろで三人がわちゃわちゃしていると、教室にいる数人が三人に話しかけた。
「あれ?明も受験どうすりゃいいか分かんない感じか?」
海藤蓮間と
「明くんと一緒で、私立受験する予定だった子は、親に言われて受験行く子と行かない子が別れてるっぽいよ。今教室にいるのは、親に【他から推薦もらえるの?しかも入学確定してるの?じゃあ受験行かなくて大丈夫だよ。】って言われた子。」
輝滝心咲、
「私、親から会場行きなさいって言われたけど、めっちゃシカトしてこっち来たわw」
飯嶋皐月に
「飯嶋さん、流石に学校に行ってくることだけは伝えた方がよかったんじゃない?」
山中高志だ。
「海藤くんと輝滝さん。瀬世さんは私立受験?」
「ああ、俺らも異界学園入る予定がなけりゃ、今頃瀬世と一緒に受験会場だったんだけどな。」
「綾香普段、普段あたしらと一緒にしか電車もバスも乗らないのに、大丈夫かな…」
因みに同時刻、綾香はバスで寝ないように満員のバスで立って揺られていた。見知らぬおばさんに「ねえねえ、君可愛いね、普段このバスじゃ見ないけど受験生?急いでるだろうし、おばさんが車で送っていってあげようか?」と話しかけられていたが、まさか自分に言っている言葉だとは思わず、意図せずにフルシカトするはめになった。
「…嫌な予感がするに一票」
「寒気がするに一票」
「悪寒がするに一票」
「ナンパに一票」
「変態に絡まれてるに一票!」
最初の二人は蓮間と心咲だが、後半はノリにのったクラスメイトたちだ。最後のは皐月である。
「おい、受験生に向けて不謹慎だぞ…仮にそうだったとしても、今誰かが助けに迎えるわけでもないのに…」
「お、高志の説教。」
「長そう…流そう…」
「誰だよ寒いギャグ言ったやつ!?」
教室内が軽く騒ぎになっている…それ自体は珍しいことではないが、いつも一人で教室から一歩引いて俯瞰していた夜樺がここに交わっていることは、大層珍しいことである。
おまけに意外と表情が笑顔だけでも「楽しい」「嬉しい」「わくわくする」などで差分があって、ころころと変わるものだから、クラスメイトたちも夜樺の表情をみることに若干興味が湧いてきていた。どう転んでも夜樺ならば嫌な顔はしなさそう、という信頼と安心感もある。少なくとも一年間、夜樺がクラスメイトを見ていなかっただけで、クラスメイトたちは普通に夜樺を見ていたのだ。その中で、嫌そうな顔をしたのなんて、見たことがなかった。
「おーい、お前ら席に着け~。」
「あっ!あきちゃん!あたしら私立受験どうすりゃいいの!?」
「私行こうにも親から受験会場向かえって言われたんだけど!」
「あ~、昨日私立組は回る予定だったんだった、そうだった…ごめん、めっちゃごめんね。今日謝罪と面談行くわ。」
クラスメイトの一部は、親が私立受験のためにはたいた金や子供の努力が無駄だと知って、何より望んだ未来を掴めないと知って、放心したりキレたりする親の絵面しか思い浮かばなかった。秋雨もそれは同じようで、他クラスへの確認もまだだし面談も胃が痛いしどうしよう…となっていた。
「入学って強制なんですか?」
そこへ話しかけたのが、平優だ。彼は異界学園への入学を決めているのか、本日もこの教室にいる。
「シャドウ…影憑きの子は、学園にいなきゃ基本は監視対象になる。危険因子としてね。最悪プライバシーどころか命も脅かす奴らに四六時中監視される羽目になるんだよね。」
「うわ…」
質問をした優本人も、クラスメイトの数人も引いていた。
「…あれ?霊が見えるから影憑きとは限らないのでは?」
当然ながら、夜樺から質問が上がった。影憑きが監視対象となるのは、憑かれている人間が乗っ取られた際、乗っ取られた本人と、その周囲の人間に危害が及ぶ可能性があるからであって、霊が見えるから必ず異界学園に行かなくてはいけない、というわけではない。
「うん、そうだよ?」
あっけらかんと秋雨はそう返した。
「…あー…」
夜樺は察した。察して平優と崇徳雷子を見て、ぐるっとクラスメイトたちを見た。
「え、どゆこと?海藤、マジで明くんとあきちゃんが何言ってんのか一つも分かんない。」
「安心しろ、俺も分からん!」
蓮間が分かっていないことを告げて、同類がいることにクラスメイトの気持ちが軽くなった。
「ん、いや………全員影憑きで、いや、平くんと崇徳さんと…あと、菅原くんは別で、いや、菅原くんもそうなんだけど、えっと…いや、別なの他にもいた気が…?あれ?」
状況を説明しようとするが、人前で滅多に喋らない夜樺にこのファンタジーな内容の説明は荷が重かったらしい。新月が近いことも、封印の改良が進んでいることも影響して、不慣れな感情の〈焦燥〉に振り回されていた。
「落ち着いて、明くん。一旦頭を整理するか、紙に書き出して伝えたいことを伝えてみよう?」
当然教室にいる生者の誰も、夜樺の感情の一部が封印に巻き込まれていることなど知らないから、珍しいけどそういうこともあるかな、という程度の認識で済んだ。
しかし影に潜む存在は、心中穏やかではなく、急いで記憶保管所へ向かった。夜樺に気づかれないように、こっそりと。
秋雨は教師らしく夜樺に寄り添い、教卓からメモ帳と筆記用具を持ってきた。
「あ…いえ…なんとかまとまったので、大丈夫です…」
暫く沈黙することで焦燥から抜け出すと、夜樺は頭の中で言葉の整理を済ませ、説明をすることにした。…ちらりと頭に浮かんだ見知らぬ記憶を、意識の奥に追いやって。
「…他クラスは分かんないけど、このクラスの霊が見れる子の殆どは影憑きだよ。」
「殆どってことは、違うやつもいるのか?」
「うん。…まず、坂原くんはかげくんがフラダンスした時に、揺れてるだけって認識してたから、ヒト型として認識できていなかったんだろうね。だから坂原くんは多分違う。影憑きじゃない。」
「影憑きには影がヒト型に見えるのか?」
蓮間は夜樺にそう聞いた。夜樺は首を縦に振ることで肯定した。
「次に、崇徳さんと平くん。この二人は見えてるけど、家系的な遺伝でしょ?」
優は分かりやすく動揺し、雷子は溜め息をつきたい衝動を堪えた。
「…えっと…?」
状況が掴めない、という風に心咲は目線と疑問に思う声で夜樺に説明を要求した。
「お父さんが、こういう…何て言うんだ?霊的な界隈?ファンタジーな界隈?…まあ何でもいいか。こういう界隈で拉致監禁しても法で抗えない家の名前を教えてくれたんだ。菅原、平、崇徳っていうんだって。珍しい名字だし、偶然ってことはないよね?」
二人は黙ったまま、夜樺の方を見ている。片方は不安に揺られながら、片方は諦めを感じながら。
「あと、二人は影に霊力浸透しづらかったし。」
「試したの!?いつ!?どうやって!?!?」
二人は揃って驚いた。
霊力の浸透、それはつまり、魂を保護する器を破られ、相手のエネルギーがこちらのエネルギーに入り込んでくるという意味だ。少なくとも、二人はそう教えられていた。
勝手に得体の知れないモノに体への侵入を許した恐怖、それはこの教室にいる子供たちの中ではそれなりにこの手の知識がある方なだけに、他よりもハッキリとその恐怖を認識せざるを得なかった。
何より、影とは怪異だ。今のところ取り憑かれている人間が、影を祓うと死んでしまうから保留になっているだけで、本来なら即刻祓わねばならない存在だ。そんな存在が祓い屋の家系である自分たちの体に巣食うなど、二人にとっては耐え難い拒否感があった。
「言われても、全く存在なんて感知できないんだけど…?」
「最初にこういうのが見えるかどうか聞いた時。クラスメイト全員に、影入れようとする予備動作みたいなの行って…」
二人は絶句したまま固まっていた。予備動作って何だ予備動作って。霊力の浸透に予備動作なんてあるのか、という感じである。
「まあ、今のところ入れる必要無いから、予備動作だけやってあとはキャンセルしといた。だからまだ入れてないんだよ。」
入れてない、という現状を聞いて、二人は一先ずほっとした。ほっとして次に沸いてくるのは、新たな疑問だ。
「…入れてない?…どうして?」
入れた方が、脅しやすいだろうという意味を込めての雷子からの質問だった。
普通に考えれば、平家と崇徳家の子供など、本家に人質として突きつけ要求を呑ませるなどの用途はいくらでもある筈だ。人質にして大金を巻き上げるも良し、夜樺からすれば、人質にして平家と崇徳家からの束縛を受けないようにする、という契りを交わすことだってできた筈だ。
それは雷子の父親が取ってきた行動でもあったし、雷子自身それ以外に被害が最小で済む方法を知らなかったからこそ、今まで疑問に思わなかった手段でもあった。それは平家も菅原家も同じこと。今更やり返されたところで、文句は言えないだろう。
「心臓が健康なのにペースメーカー入れないでしょ?」
だというのに、夜樺はあっけらかんとそう答えた。いきなりの例えに、雷子の頭が追い付かず混乱する。健康?ペースメーカー?いったい何の話をされている?
「…怪異〈シャドウ〉が、生命維持装置の一種だとでも言いたいのか?」
そこで、黙っていた優が、ハッとしたようにそう呟いた。その答えに、夜樺は首を縦に振った。
「「…」」
二人はまたもや絶句した。
「…かげくんからはそう聞かされてるよ?命を影に依存することになるから、影を祓うと取り憑かれてる側も死ん…」
『アキラ。』
不意に、夜樺の影からヒト型の黒い影が出てきた。
『もう少し言い方オブラートに包めない?』
「オブラート…説明濁すの不味くない?」
『いいから。』
「うーん…影がなくなると、引っ付かれてた側が、その…お星さまになる?」
『うんうん、その調子。』
黒い影の少年はそう言うと、再び夜樺の影に潜っていった。
「…あー…えっと…?」
一部はいきなりの乱入者に放心気味になっていたが、一先ず怪異〈シャドウ〉について知っている情報が増えたことは分かった。
「つまり、影は祓っちゃいけないってこと。怪異を祓うっていう使命と、人命を天秤にかけて、どっちに傾くかは人それぞれだとは思うけどね。」
「…さっき、かげくんからその説明を受けたって言ってたな?」
スペースキャット状態から立ち直った雷子が、ひっかかった事を口にする。
「うん。」
「なぜ、その…かげくん、は、色んなことを知っているんだ?」
「うん?」
今度は夜樺が聞き返す番だった。
色んなことを知っている。確かに。今までは怪異本人だから本能的な部分で分かっているんだろうと推測していたが、最近はどうも違うらしいと思い始めていたりもする。
だって、周りの子に入っている影と、あまりにも違いすぎるのだ。玲帑の騎士と違って防衛に特化している訳では無い。護衛というよりも家族に近い存在。最近影を認識できるようになった他の子と違って随分昔から一緒にいた。
おまけにまだ正確には確認していないが、他の影から喋り声が聞こえたことなど無い。喋れるのは夜樺の影だけなのでは?そんな疑問と推測が、沸き上がって、渦巻いて、消える。
「…あれ?」
最終的には、何を疑問に思っていたかさえ忘れてしまった。まあいいか、程度の認識。好奇心は封印していないが、誰かが困りそう、という直感のもと、それ以上の推測を切り上げた。
「…まあ、怪異本人だからじゃない?かげくんに聞けば分かるかも。ねえ、かげくん?」
『…………ん?』
影から浮上した少年は、いきなり投げ掛けられた質問に詰まったが、数秒後に鳴ったチャイムでその場は一旦逃れることができた。少年はチャイムにいたく感謝した。
漸くほっこりシーンを入れられた気がする。




