国と民と神子と1
「国境、越えます。三、二、一、越えました」
「どんな些細な事でも、異常を感じたら教えてくれ」
腕を回してみるが、今までと何も変わらない。
全員が屋根で思い思いにいろいろ確認しているが、これが異常だと言う声は上がらなかった。
「なんもねえか。サクラ、ファル、精霊はどうだ?」
「周囲の精霊は、力を貸してくれるって。遠見は無理だけど、結界や普通の魔法はいつもと同じくらい使える」
「そうですね。戦闘に支障はありません」
「そりゃ何よりだ。フウリ、冥護も大丈夫か?」
「うむ。見ての通り、車は進んでおる。武具は、よっと。・・・変わりなく動かせるな」
まずは一安心か。車で進めて、結界が張れるなら、どうにでもなる。
「魔獣、接近。試してみるのに都合が良いですね」
遠く、四足歩行らしき魔獣が見える。ずいぶんふっくらした姿のようだ。冥護で強化されている俺の視力でも、種の特定は出来ないほど遠い。
「何かわかるか?」
「カバに似ていますね。ツノは地球のカバより凶悪ですよ」
「ヤベエな。早めに結界を試してくれ」
「わかった。けど、カバってそんなに危険なイメージないよ?」
「そうか? 縄張り意識が強いんだったか、年間かなりの人間が殺されてたはずだぞ」
「うえっ。妖精さんのイメージが強いのに、そんな怖い動物なんだね。じゃ、結界展開」
あれの印象か。子供の頃は将来の職業を聞かれると、『旅人』って答えてたなあ。爺様以外には、めちゃくちゃ叱られたんだ。
「カバの群れ、結界内壁に激突。ピンピンしてますが、結界に異常なし」
「ラッキーだな。攻撃魔法を試してくれ」
「任せて。おりゃ!」
「一番大きなカバの頸動脈切断。サクラ、足の動脈も切りなさい」
「血抜きは大事よね。美味しくいただくんだから。とうっ!」
食うのか。カバを食うのか。妖精さんのイメージなのに、食うのか。
「魔法が効くならそれでいい。一頭を残して、全部倒していいぞ」
「兄上、一頭は我らの獲物ですかな」
「串刺しにしてやるっす!」
「フウリの冥護で、剣が通るか確認するだけだ。暴れるのは、数が多いか魔法が効かねえ魔獣の時な」
「なるほど。了解です」
「残念っす」
「まあ、ここはワシに任せるが良い。左右の頸動脈と、四肢の動脈を切り刻んでやるのじゃ!」
速度を上げて車が進む。
やがて、倒れた五頭の大きなカバが見えてきた。多いのは、五本ものツノを生やしている。過剰防衛の草食獣じゃねえか。
少し小さなカバが、死体に囲まれて鳴いている。
「どれ、やるかのう。サクラ、結界の天井を開けて欲しいのじゃ」
「はいよ。おっけー」
「ゆけ、我が娘達よ。ウスノロを切り刻むのじゃ!」
あ、娘さんでしたか。その発想はなかった。
三振りの剣が空を舞い、瞬く間にカバを切り裂いた。流れる血が、草原に落ちる。やがてそれは、この下草の良い栄養になるのだろう。
しばらく待つと、カバは大きな音を立てて大地に倒れこんだ。
「最後のカバ、死亡確認。とりあえず、このまま収納してしまいますね」
「ああ。カバがいるなら、水辺もあるんだろう。そして水辺には、獣が集まる。悪いが、索敵を頼むぞ。俺も車が進む時間は、屋根で見張りだ」
「ワニとかもいるのかなあ」
「サバンナみてえな感じなのかもな。飲水は魔法で出せるんだ。川があっても、車からは出んなよ?」
「そうだね。進行方向に川があったら、魔法で橋を架けるよ」
「頼む」
「収納完了。フウリ、もう進んでいいわよ」
「了解じゃ。さて、のんびり行くとするかのう」
急ぎたい気持ちはあるが、ここで疲労を蓄積させると後が怖い。フウリも、それは理解しているようだ。
ゆっくりと流れる景色に、魔獣の影がないか見回す。
屋根の四方に、柵から顔を出せる高さの椅子が出された。
前方に俺とジェイク。後方にワーグで、残り一つはペルデさんとエルスさんが交代で座るようだ。
「あるな。川だ」
「某にはまだ見えませんが、川幅はどのくらいなのですか?」
「それなりだな。北斗号の幅ぐれえだ」
「それなら、魔法の橋を架けられますね」
「川幅が広いと無理か?」
「そばにいる精霊は力を貸してくれますが、見えない場所は無理です。対岸が見えないほどの大河は無理ですね」
「伝言ゲームとか、バケツリレーの要領じゃダメなんか?」
「そんな橋に、ウイトの命を預けられませんよ」
「そりゃそうだ。川が見えた。全員、警戒を強めてくれ」
目を皿のようにして、川辺に魔獣がいないか探す。
ウイトの鼻歌が聞こえてくるので和むが、油断をするなと自分に言い聞かせる。
「ふんふふんふん、ぶぶっぴどぅー!」
「なんでやねん!」
「全力で突っ込んでるとこ悪いけど、違うよ、ウイト。ぷぷっぴどぅー!」
「ぶぶっぴどぅー!」
「何を教えてんだっての。そろそろ川辺だぞ」
「はいはい。ウイト、ママとファルママはお仕事だから、エルスねえたんと遊んでてね?」
「あいっ!」
サクラとファルが俺の隣に立った。
「この距離ならいけるね」
「そうね。カイト様、はじめます」
「任せた。やってくれ」
「ええい、橋を落として逃げたとなれば、末代までの恥じゃ!」
「まだ渡ってねえから。新田ごっこは後にしてくれ」
「まだセリフあるのに・・・」
車の幅より太い岩が、音もなく川からせり上がった。
「相変わらず、すげえもんだな」
「フウリ、進んでいいよー」
「了解じゃ」
「わー。あれ、今跳ねたのってワニじゃない?」
「そのようですね」
「美味しいらしいから獲ろうよ。カイト、いいよね?」
「一匹だけならな」
「ありがとっ。手早くやるね」
宙に浮いたワニの首が川に落ちる。血を吹き出しながら、首のないワニがバタバタ暴れている。
川面では、落ちた首を何かが食べているようだ。水面が乱れているのが見えた。




