海風の声50
夏雲と顔見知りに見送られ、畜産都市の門を潜った。
いろいろとフウリが改造を施した鉄箱車での旅は、これがはじめてとなる。
一階の個室にはドアが付いていたし、風呂には大きな浴槽まで運び込んだと聞いている。快適な旅になりそうだ。
「マーロンめ。まだ城門の上から手を振っておるぞ」
「よほど着いて来たかったんでしょうね」
「そう言われてもな。まさか、北斗号を引っ張ってく訳にもいかねえし」
「マーロン艦長なら、やりかねませんよ?」
「うちの兵は、毎日なんの訓練してんだ」
夏の午後。車の屋根は暑いが、そこをウイトとワーグが駆け回っている。前に教えた影踏み鬼か。
毛氈の上では、嫁さん連中が茶飲み話。
「平和だなあ」
「あの封鎖した都市までは、障害はありませんからね」
「国境を越えるまでは、遠足気分か」
「そうじゃのう。国境までは、サクラとフウリの魔法で見通せる。問題はそこからじゃ」
千年前の隣国は、魔法を使える者さえ稀な、最貧国だったと聞いている。人が残っているとは思えないが、残っていたら面倒な事になるだろう。
衆愚政策がそのままなら、この車一台で戦争になる。
どいつもこいつも、歪んだ教育を受けて搾取されるだけの民衆を、見過ごす事は出来ないはずだ。
「面倒事がなけりゃいいがな」
「人がいれば人と、いなければ魔獣と。面倒事だらけじゃろう」
「俺達三人とファルだけでも、自重しような?」
「呼びましたか?」
「揉め事は避けようって話だ」
ファルが肩を竦める。無駄だってのか。まあ、そう思うよなあ。
「人がいる時が、問題だよな」
「そうですね。見捨てたら、ペルデとエルスの精霊が離れます」
「黄門様じゃあるめえし」
「助さん格さん、でしたか?」
「がげろうサクラ、参上!」
ポーズを決めながら、サクラが言った。だが残念、それはライダーポーズだ。
「頼むから、あっちで茶でも飲んでろ・・・」
「ヤダよ。私抜きで時代劇を語るんじゃないって」
「語ってねえよ。人がいたら、どう対応すっかって話だ」
「そんなの、悪者ならぶっ飛ばして、善人なら助けるだけじゃない」
当然のようにサクラが言う。そんなんだから、悩んでんだっつーの。
「そうですね。隣国に到着したら、街がありました。王様がいます。王様と一部の家臣以外は、食うや食わずの生活です。かげろうサクラはどうしますか?」
「王様ぶっ飛ばす!」
「かげろうサクラは街の人に石を投げられ、武器で殺されそうになりました。どうしますか?」
「そんなんなる訳ないじゃない。なに言ってんの、ファル。バカなの?」
サクラがファルの額に手のひらを当てる。バカと発熱になんか関係あるんだろうか。
「そうなるんですよ。千年も奴隷をしていれば、自由と言う状態すら知らないのです。王のために死ぬ。そんな徹底した教育が予想されるんだから」
「じゃあ、どうしろって言うのよ?」
「それを考えてるんでしょう。ほら、このお菓子でも食べてなさい」
「子供じゃないって。でも、そんな街があったらどうするの、カイト?」
「イーハやマレーヌの暮らしと政治を教えて、封鎖した都市に移住とかだな」
「素直にそうさせてくれるかなあ」
「無理だろ」
「だよねえ」
サクラが真剣な表情で考え込んでしまった。
もしもの話なんだから、そんなに悩まなくても。
「まあ、国境まではゆっくり休め。休暇みてえなもんだ」
「そっか。うん。そだね。国境を越えたら悩むよ。よーし、ちょっと早いけどバーベキュー開始っ!」
「まだ夕方前ですよ。って、行ってしまいましたね」
「いいさ。期限を切った旅じゃねえんだ。ウイト、ワーグ。肉が来るぞ!」
肉という単語に反応したウイトが、俺を目がけて走り出す。腰を落として、抱き止める構えを取った。
「うきゃー! ぱぁぱ、おにく?」
「おう。ママが用意してるぞ」
「出発前に見送りの人達と、お昼ゴハン食べたばっかっすよ?」
「食えなきゃ飲むさ」
「わあ。お酒なら入るっす!」
あどけなさの残るワーグだが、マレーヌ生まれの男なので酒は強い。
勢いをつけてウイトを抱き上げる。
「うきゃー!」
「今日くらいは、ゆっくりすっか」
「腹いっぱい飲むのじゃ」
「某も飲むとしますよ」
「そうですね。やっと、出発できたんです。お祝いもいいでしょう」
「エルス、バーベキューセットはおいらがやるよ」
バーベキューの準備が終わる頃には、地平線までを夕陽が赤く染めていた。
車を停めて、全員が木杯を持つ。
「長い日々を、イーハとマレーヌで過ごした。一週間もすれば、国境を越えて他国に入る。何があり、何がいるかもわからない道行きだ。それでも、この面子なら安心だと信じている。今日は祝いだ。好きに飲んでくれ。乾杯」
「乾杯!」
イスタルトを出た日を思い出す。
あの日から、ジェイクとワーグを弟と呼んだ。
移民を無事にイーハまで護衛し、そこでなんとか幸せに暮らしてもらう事しか考えていなかった。
それが今では、イーハとマレーヌは同盟を組み、俺達は三国を越える旅路にある。
「どんな巡り合わせなんだか」
呟いた声は、楽しげな笑い声にかき消された。




