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海風の声49




 人垣から、六人が前に出た。

 ガンが頷き、なにか声をかけている。


「ローグ兄貴の子飼いっすね。あの小隊」

「それにしちゃ、気の感じが弱いな。あれじゃガンの方が何段も上だぞ」

「それがローグ兄貴の限界っすね。おいらが小隊を預けられてたら、ガンのおっちゃんとノワ姐に土下座してでも来て貰うっす」

「使い辛さを嫌ったか。それとも親父に遠慮したか。サクラ、ガンって男の現在の階級を問い合わせてくれ」

「わかった」


 作戦会議は、まだ続いているようだ。

 小隊の一人がダンに頭を下げると、全員がそれに倣った。ハゲ頭を掻きながら、ダンが頷いている。そして身振り手振りを交え、武器の使い方を説明しはじめた。


「武術師範と魔法師範だって」

「微妙にスカウトし難い役職だな」

「完全にダメでしょう。他国の武術指南役をスカウトなど」

「そうか。残念だなあ」


 作戦会議が終わったらしい。六人が前に出た。

 前衛の男三人が武器を構え、女達が後ろに並ぶ。魔法師範の右手が上げられた。


「はじめっ!」


 手が振り下ろされると同時に、一頭の子熊が動く。

 走りだした子熊が、もんどり打って倒れた。地魔法。単純な魔法だが、効果は大きい。

 前衛が、槍の穂先を揃えて殺到した。


「余裕っぽいな。後はイーハ軍の兵に任せて、司令部に行こう」


 迂回しながら車が進む。

 司令部に入ると、奥さんの報告を聞きながら地図を睨むローグ総帥がいた。


「お帰りなさいませ」

「どうぞ、そのままで」


 立ち上がりかけたローグ総帥を押しとどめ、俺達も椅子に座る。すぐに、氷の浮いた茶が運ばれてきた。


「此度はマレーヌ軍の危機を救っていただ・・・」

「やめましょう。演習中に出る危険な魔獣は、特務隊が狩ると決めていたはずです」

「それでも、お礼は言わせてください。ありがとうございます」

「どういたしまして。今日が最終日で夕方には演習終了予定でしたが、このまま終わりますか?」

「いいえ。予定通りに」

「わかりました。マーロン艦長、気は抜くなと兵に伝えてくれ。サクラ、熊の状況を随時頼む」

「了解しました」

「ファル、遠見は任せたわよ。んーと、最後の子熊、誰が狩るか話し合い中」


 何を暢気な。言いかけてやめた。


「警戒はイーハ軍か?」

「四小隊が陣の外、魔獣止め一面ずつを受け持ち。北斗号の半分は出入口。もう半分が各面の魔獣止めに散ってる」


 それなら大丈夫か。


「ファル、陣の周囲に魔獣はまだいるか?」

「ええ。ちょっと離れてますが、魔犬と羊はまだいます」

「なら、子熊を狩ったら出撃させてくれ、マーロン艦長」

「はっ」


 このまま終われば、演習は成功と言ってもいいだろう。なにしろ、マレーヌ軍にとっては初の実戦なのだ。死者がないだけでも僥倖だろう。


「そういえばローグ総帥、兵が一人、武術師範にぶっ飛ばされてましたが?」

「・・・お恥ずかしい所をお見せしました。心を入れ替えたと土下座までしたので、兵卒として戻しましたが、何も変わっていなかったようです」

「総帥の父上にも言いましたが、バカを守るのにイーハ軍を使いますか。あんな兵を守るために、うちの連中は死ぬ覚悟までしてるんですがね?」

「申し訳ございません」


 立ち上がって謝罪するローグ総帥に、ワーグが何か言いたそうにしていた。首を横に振って止める。


「今回は水に流します。ただし、次はありません。厳しい事を言いますが、イーハ軍がいてもいなくても、マレーヌ軍は存在します。今までのようなマレーヌ軍でいたいなら、そうされて結構ですよ?」

「新軍法を徹底させます。必ず」

「その軍法の下に、総帥の胸三寸で名家の息子を兵卒として軍に戻したのでしょう?」

「それは・・・」


 このぐらいにしておくか。総帥であれど軍法は守る。それはイーハの法で、マレーヌでは違うのかもしれない。大陸法典など読みたいとも思わないが、法を学ぶ時間など俺にはありそうにない。


「子熊は終わったよ。怪我人なし。今夜は熊鍋だね」

「親熊も渡せば、千人に行き渡るかもな。後で運んでやってくれ」

「わかった。じゃあ、遠見と念話に戻るね」

「マーロン艦長、教導の指揮は任せる」

「はい。すでに出口の魔獣止め前で待機中です」


 氷の溶けた茶を飲んだ。

 これでいいのか、そんな思いは消えてくれない。

 ワーグと目が合う。何か言いたそうだ。長い付き合いの弟、それくらいは顔を見ただけでわかる。


「陣の様子を見る。ワーグ副長、付き合え」

「はっ」


 司令部の天幕を出て、出入口とは逆に進む。


「車がなかったな。フウリとウイトが、遊び行ったか」


 答えはない。緊張した顔で、ワーグは真っ直ぐ前を見ている。


「この辺なら、人の気配がねえ。普通に話せ。言いたい事、あるんだろ?」

「ずっと、考えていました」

「聞こう」

「・・・マレーヌを今、見捨てるべきです」


 俺がきっかけとなって死んだ父と兄が眠り、母と兄が暮らす国を見捨てろか。どれだけ悩んで、ワーグはこれを俺に話したのだろう。不甲斐ない兄ですまんと、心の中で詫びた。


「どこまで読んでの、その結論だ?」

「戦う人間の、心の持ちようからまったく違うのです。このままでは、マレーヌに何かあればイーハ軍がマレーヌを守る事になりかねません。少数のイーハ軍には、負担が多すぎます。フウリ様は傷つくかもしれませんが、兄様がいれば癒せるでしょう」

「家に帰ったら、読んで欲しい物がある」

「なんでしょう?」

「イーハ、イスタルト、マレーヌの三国が同時に攻められた場合の、防衛作戦計画書だ。仮想敵国の兵は十万。イスタルト、マレーヌが十万の外敵と組んでイーハを攻めた場合の物もある。ジェイクと精読しろ。そして、改善案を提出しろ」


 ワーグが放心している。

 マレーヌが敵に、と呟いた。

 悪いとは思うが、そこまで考えなくては、守りたいものなど守れはしない。

 手を伸ばして頭を撫でると、ようやくワーグは再起動した。頭を撫でる手をどうすればいいのかわからないのか、ずいぶんと慌てている。面白いので、このまま撫で続けよう。しばらくはこんなおふざけをする暇もない。

 演習が終われば、俺達は天秤神の国へ出発する。



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