国と民と神子2
「おお。木があるよ。久しぶりに見たねえ」
たしかに、マレーヌを出てからずっと草原を進んできた。樹木を見るのは、久しぶりかもしれない。
「フウリ、木のそばは通らないでくれ」
「なぜじゃ?」
「木の上に、肉食獣が住む事がある」
「なるほどのう。では、大きく迂回するのじゃ」
「そうしてくれ。ファル、なにやってんだ?」
ファルは毛氈の上で、なにやら針仕事をしていた。
「ウイトの秋物を縫っているんですよ。そろそろ朝晩の冷え込みが、すっかり秋の風情ですから」
「内陸だから、マレーヌより冷えるのかもな。なんとか雪の前に、天秤神の国に辿り着きたいもんだ」
「カイト、なんか来た。犬っぽい」
「ジャッカルとかハイエナとかか?」
「違うんじゃないかなあ。アフリカっぽくはないみたいよ」
サクラの指差す方を見るが、ずいぶんと距離があるのか俺には見えない。
「見えねえや」
「精霊が伝言ゲームで教えてくれたから、私にも見えない」
「試したんか、伝言ゲーム」
「うん。でも、やっぱり信用性がちょっとねえ」
待つしかないと決め、一時間ほどでそれは見えた。
長い毛の犬。色も大きさもまちまちだ。
「牧羊犬か?」
「そうねえ。まあ、強そうじゃなくて何よりだね。サクッと終わらせるよ?」
「ああ。そうしてくれ」
生き残った牧羊犬が魔獣化したか。なら、近くには街でもあるのか。
草原を見渡してみる。すでに川は見えない距離だ。たまに背の高い木があるだけの、見渡すかぎりの平原である。
それでもさらに目を凝らした。何か、なにかないか。牧羊犬が野生に帰り群れを作ったのなら、行動範囲がどのくらいになるのかは知らない。ただ、旅から旅の狩りをするとは思えない。
「カイト様、もしかして街を探されていますか?」
「そうだ。犬は縄張りを作るだろ。千年前の街があるのかもしれねえ」
「それでしたらあれかと。真西の進行方向上です」
指の先を追ってみるが、街どころか木の一本もない。
サクラのはしゃいだ声が聞こえる。
「サクラ、うっせえな。俺にはなんも見えねえぞ?」
「草に埋もれて見えづらいですからね。もう少し進めば見えるでしょう。サクラ、終わったの?」
「終わったよー。車で近づいて回収する」
車が回頭する。それでも場所を移動して西を睨むが、やはり何も見えない。
「回収完了!」
「フウリ、すみませんが西に車を向けてください。千年前の住居が気になって仕方のない人がいますので」
「了解じゃ。だが、ワシにも千年前の住居など見えぬぞ?」
「すぐ見えますよ」
しばらく進むと、ファルが車を停めるように指示した。
ここまでくれば、俺にも見える。布の塊が、そこかしこに散らかっていた。
「こりゃ、パオの残骸か。木材は朽ちたんだな」
「パオとはなんじゃ?」
「木材を立てて、布で覆った簡易住居だ」
「なるほどのう。この布は当時のマレーヌが輸出していた耐水性の布じゃ。湿気までは防げなんだか」
「降りて布をどかすぞ」
手分けして布の山を探ってみたが、ほとんどは朽ちて形を留めていない。
車の屋根に戻ると、金銀と宝石の山が出来ていた。
「これだけか」
「兄上の所も金属と宝石しかありませんでしたか」
「他は土に還ったらしいな。日記の一つでもあればよかったんだが」
「農地を持たず、牧羊をしながら穀物は輸入に頼る貧しい国だったらしいのじゃ。字も書けたかどうか。これらはありがたくいただくかの」
「先に進むか。街がない国なら、早めに抜けてしまいたい」
「真西には首都があるらしいです。そこから南に行くと、南の山脈が終わって次の国へのルートになっているそうですよ」
南を見るが、山脈はまだその巨体を横たえている。
「まだまだ先って事だな。とりあえず首都を目指そう」
「了解じゃ」
動き出す車の屋根で、茶を飲みながら見張りをする。
結界が日差しを遮り、温度は快適に保たれている。虫も通さないので、まったく苦にならない見張りだ。
「のう、カイト。首都はどうなっておるかのう」
わかるはずがない。フウリも、それはわかっているのだろう。まるで、ウイトとイタズラでもしてるような表情だ。
「人が家畜のように暮らすか、魔獣の楽園か。そうだな。虫が蠢く街とかどうだ?」
「うえっ。それは勘弁なのじゃ」
駄弁りながら見張りを続けると、遠く樹上に昼寝する肉食獣が見えた。
思わず身構えたが、動く気配はない。夜間に狩りをするのか、それとも単に腹を減らしていないのか。
「ライオン?」
「多分な。こっちからマレーヌ方面に流れたのと、俺達が戦ったんだな」
「誰かさんが単騎で突入して戦ったの間違いでしょ」
「そうでもねえだろ。ボケたか、サクラ」
「うるさい。心配したの思い出したら、怒りがこみ上げてきたのよ」
「思い出して怒るとか、器用だな」
四人も見張りがいるが、誰も異常を告げる事はしない。
茶と煙草を楽しむついでの見張りのようだ。
「なんもなさそうだな。しばらくこの景色が続くのか」
「飽きたの?」
「そうでもねえ。ただ、暇ではあるな」
「カイトもおしゃべりしようよ」
「遠慮するよ。これからの敵は暇かもしれねえからな。見張りをしながらの暇つぶしでも探すさ」




