海風の声46
車が止まると、ドスドスという音が聞こえてきた。これが足音だってのか。どんな巨体をしてやがる。
「照明行くよ!」
目を細めていたのに、それでも視界を奪われた。たった一瞬だが、戦闘中なら戦士失格だ。次は上手くやってみせろと、自分に言い聞かせた。
熊。笑えるほどの巨体。上に乗られただけで、圧死してしまうかもしれない。これは、慣れない槍で敵う相手ではない。
槍を置いて飛び降りた。ジェイクとワーグが続く。
「結界、展開します!」
牽制するように、大きな方の熊の前で抜刀。
ジェイクとワーグは、少し小柄な親熊の相手をするようだ。
親熊の腕の一振りで、あっさりと結界は砕けた。
「結界、破壊されました。攻撃魔法、いきます!」
二頭の熊が、顔の前で煩わしげに腕を振る。やはり、はぐれと同じで魔法は効かないらしい。
「下がりながら子熊に結界! その後に攻撃魔法!」
すぐに、履帯の鳴る音がした。結構な速度で後退しているらしい。
爪。洒落にならない速さだ。脇差しでハスる、その暇もなかった。二刀を構えながら、円を描くように移動する。
(結界展開。攻撃魔法もいくよ!)
親熊越しに見る子熊。宙を叩いて鳴いている。その腕から、血が噴き出した。鳴き声が、悲鳴の響きを帯びる。
「グオオッ!」
「早くしねえと、かわいい子供が死んじまうぞ? 三頭もだ」
躊躇いなく、子熊に向かって走り出す親熊。同じ親として、気持は痛いほどわかる。だが、それが命取りにもなる。それでも行くのが、親だとしてもだ。
親熊が結界を叩き割るのと、俺が後ろ足の腿裏に刃を入れるのは同時だった。
「グアアアッ!」
迫る爪を、後ろに飛び退って避ける。そのまま距離を取った。
(もう一回! えっ。わかった。ありがとうペルデさん。もうちょっと接近してからやるね)
そうだ。それでいい。
片足を引きずる熊。左手に二刀を持って、苦無を投げた。すぐに、大刀は右手に持ち直す。目に深々と苦無が突き立った熊が、二本足で立って威嚇するように吼える。
「無茶しやがって。足から血が噴き出してんぞ?」
「グアアッ!」
関係ない。そう聞こえた気がする。
迫る巨体。足音を、子熊の悲鳴が消した。
駆けつける親熊を追う。
髪の毛を燃やしたような臭いがする。傷口を焼いたか。それなら、あの悲鳴も納得だ。
逆の股。下から大刀を跳ね上げた。腱。刃の当たる感触でわかる。断ち斬れ。
「ガギャアアッ!」
立ち上がって振り返り、すぐに座り込むように腰を落とした熊。傷のない子熊の一頭が、気遣うように寄って行く。
苦無。子熊の目を、狙った。
倒れ込むようにして、熊が子熊を庇った。そうだよな。俺だってそうする。
背を俺に向けて横たわった熊。首を、落とす。振り下ろした大刀は、咬みにかかった下顎を半ばまで斬って止まった。脇差しを背に突き立て、抉りながら下がる。
「グバッ。グアアッ!」
「まるで吐血だな。胃でも壊したか?」
言って右に回りながら、ジェイクとワーグを探す。二人は立っている。それがわかれば充分。
結界が張られては、親熊がそれを割る。まるで、割らなければ子熊が傷つくとでも思っているかのようだ。
歩み足。間合いを詰める。油断はしていない。座り込んでいても、俺よりずっと大きいのだ。
爪。大刀で迎え撃ち、脇差しを振り抜いた。まず手首が落ち、次に脇差しで斬った腕が落ちる。
返り血を避ける余裕はなかった。血が臭う。
大刀はわかるが、脇差しも大したもんだ。骨に刃が当たる感覚のすぐ後に、その太い骨を断ち斬るはっきりとした感触が来た。胸がすくような切れ味だ、フウリ。
失血死の兆候は見られない。ジェイクとワーグの援護も、なるべく早い方がいいだろう。決める。
片腕。口から血を流し、座り込む熊。
子熊を庇うように、尻をついたまま移動した。
「悪いが、子も殺す。それが生まれた立場の違いだ」
「グルル」
見詰め合う。最後の時まで、諦めはしないだろう。それが、親ってもんだ。
正二刀。導かれるように、間合いを詰めた。
親熊が、力を振り絞って立ち上がる。子熊が結界を叩いて、切なげに鳴いた。
獣の誇りか、親の執念か。傷ついた体が、やけに大きく見えた。
巨体がわずかに沈む。来る。
爪を受け流した。そのまま倒れ込むように、上顎の牙が俺を殺しに来る。届かなくても、体で押し潰そうというのか。死んでもいい。親熊の目はそう言っていた。
開き足。一つでは巨体に巻き込まれる。三つだ。地に落ちて弾んだ首。目が合う。そうだ。お前は死ぬ。子を守れずにだ。恨んでいい。俺は忘れない。家族を皆殺しにした事を。
おとした首から血が噴き出した。甘んじて受ける。
納刀はしない。そのまま駈け出した。子熊は無視だ。鬼と言われようと、マレーヌ軍の教材にする。陣に追い立てるのは、簡単な事だろう。なんといっても、結界が効くのだ。
残る親熊は、浅い傷だらけだ。ジェイクとワーグに、目立った外傷はない。
「兄上っ!」
「兄様、怪我は!?」
「ただの返り血だ、心配すん、なっ」
言いながらすれ違いざまに、大刀を腿に入れた。
「怪我はねえな?」
「もちろんです」
「さっさと片付けて、子熊で演習すんぞ」
「はいっす!」




