海風の声44
「魔獣だっ!」
「慌てずに隊列を組め。そうだ。よし、攻撃魔法撃て」
イーハ軍の小隊が指示を出し、マレーヌ軍の小隊が攻撃を開始した。
穂先を揃えた槍の後ろに魔法隊。その護衛もしっかりと配置されている。
「これなら悪くねえんじゃねえか?」
「ええ。ですが、魔法の威力は心許ないですね」
「まあな。ペルデさん、あれは魔力が少ないんで?」
「はい。魔法効率を技とするなら、魔力は体力になります。悪くはない風の刃ですが、魔力が上がればまだまだ良くなりますね」
「神子様、別の小隊が魔獣の背後を取りましたぞ」
「特務隊長並みにでっかいのがいるな。おお、金属盾でぶん殴った。装備の揃ったマレーヌ軍じゃ珍しいな」
「通常装備は木盾ですものね。あら、あれはカイト様が褒めた魔法使いですよ」
「あの魔法使いはいいな。覚悟も腕も、一段上だ。あれを指揮官にしないマレーヌ軍じゃ、まだまだ足手まといかもな」
魔犬が空を舞った。あの魔法使いだろう。わざと殺さず、前衛にトドメを譲るらしい。金属盾の大男に促され、若い兵が槍で魔犬を殺した。
「大丈夫そうだな。司令部に戻ろう」
陣に戻って大きな天幕に入ると、地図を睨むローグ総帥がいた。サクラとファルが、魔獣の種類と数を書いた紙を地図上で動かし、文鎮を置いてを繰り返している。
「おかえり。現場はどうだったの?」
「マレーヌ陸軍にいた魔法使いがいたな。それと、特務隊長みたいにでっかいのが組んでた。イーハ軍の印持ちもちゃんと面倒見てたから、あれなら大丈夫だ。周囲に変化は?」
「特になし。平和なものよ」
「神子様、特務隊の方もお疲れ様です。こちらでお茶をどうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
地図の横のテーブルに出された茶を飲みながら、煙管を使う。
今のところは順調だ。イーハ軍にとっては慣れない狩場。マレーヌ軍にとっては初の魔獣狩り。それでも、事故の一つも起きていない。
「ただ今戻りました」
ワーグ。敬礼もいいが、何より目が変わった。
父と兄の葬儀を終えても、その原因である俺から離れようとしない。マレーヌに残ってローグ総帥を支えてもいいんだぞと言うと、俺に説教でもする勢いでそれを拒んだ。
「報告いたします」
「頼む」
「到着時、羊の魔獣はすでに倒されており、一小隊が荷車への積み込み、一小隊が周囲の警戒にあたっておりました。そこへ魔犬五匹が襲来。これはイーハ陸軍の兵が察知して警告。五秒ほどで指揮官が指示をはじめました。二小隊の前衛を壁に魔法で迎撃。十分ほどの危なげない戦闘で撃破しました。荷車を陣に運んで、また出撃するとの事です」
「ご苦労さん。二人共、座って茶をいただくといい」
「はっ」
マレーヌ兵から渡された茶を、エルスさんがワーグに渡す。礼の言葉は硬いが、笑顔は昔のワーグのままだ。眩しいな。そう思いながら、そっと視線を外した。
ローグ総帥がワーグを見ている。ワーグ殿、なんて呼ぶようになっても、かわいい末の弟だ。心配もするだろう。ローグ総帥はそんな自分に驚いたように首を振り、地図を睨んで考える事に戻った。
「ローグ総帥。今のところは上手くいってます。少しはリラックスしましょう。なあ、マーロン艦長」
「何度もそう言ってるのですが、総帥は聞き入れてくれません」
「・・・考えるべき事が多すぎて、考え事が別の考え事に変わる。なんともまあ、不思議な状態です」
「そんな顔をしていると、報告に来た兵が不安になってしまいます。外でそれを漏らされたら、士気も下がりますよ」
「・・・そうですね。出来なくても、悠然と見守る努力はします」
「それがいいでしょう。仲直りもしたようだし、お茶でも飲みながら雑談でいいでしょう」
「子供の喧嘩みたいに言わないでくださいよ、神子様」
「そうだな。子供じゃあんな口調は無理だ。なあ、普段は冷静沈着なチンピラ艦長さん?」
失敗した、そう吹き出しが出ててもおかしくない仕草で、マーロン艦長は頭を抱える。
「くっくっくっ」
「何をお笑いで、ローグ総帥?」
「すまん。そう怒るな、マーロン艦長。悩んでいた自分がバカみたいに思えてな」
「みたいに?」
「バカそのものだとでも言いたいのか」
「いえいえ、総帥様にたかが一艦長がそのような」
「完璧にバカにしてるだろうが!」
仲良いな。そこまで遊べって言った覚えはないが、これはこれでいいのか。
ふと見ると、ジェイクもワーグも嫁と仲睦まじく茶菓子を摘んでいる。大丈夫かこの司令部。
「カイトもお茶菓子食べる?」
「硬くなるまで干した魚でも出しましょうか?」
「ダメよ、ファル。あんなの出したら、お酒を飲みだすに決まってるでしょ」
「そんな訳が、・・・カイト様、お茶菓子をどうぞ」
「あのなあ。いくら俺でも、演習中の司令部で酒なんぞ飲まねえっての」
「では、試しますか?」
「何がだよ」
「お酒を出して干し魚を炙って、我慢できるかどうかです」
それはちょっとなあ。匂いは出るし、兵に飲んでるって思われたら厄介だ。飲まないけどな。うん、飲まないけどやめとこう。
「・・・茶菓子をくれ」




