海風の声43
潮風に、木立の葉が戦ぐ。
松に似た木の根が張り出した道は、極端に足場が悪い。敵も、それは同じだ。
「口上はもういいのか?」
「人様の国で、でかい口を叩くな!」
「てめえに様は付けたくねえなあ」
(砂浜で待ち構えていた兵隊さんは捕縛完了。ザクスンさんとそっち行くから、出来れば殺さないでって)
五人。全員が男。一人は、ニーグだ。一番後ろで、目を伏せている。
「お待たせー!」
「全員、大人しく縄を受けよ! 反乱に加わった兵は、すべて捕縛したぞ!」
サクラと兵を引き連れたザクスンさんが駆け寄って来た。元気な爺さんだ。
「この売国奴が!」
「何が反乱だ!」
「早く引っ立てよ! ニーグ殿、残念です」
「わ、私は・・・」
「父上は家督をローグ殿に譲ると遺書を残し、自死されました」
「そんな・・・」
死んだか。生きていれば、マレーヌの役にも立つだろうに。
虚ろな瞳が、俺を捉えた。
「ニーグ兄貴っ! 抜いたら殺す!」
槍を手に、ワーグが駆けてくる。速い。これでは、間に合ってしまう。
「ワーグに結界」
「わかった!」
「があっ! サクラ様、結界を解いて! 兄貴を斬れない! お願い、お願いですからっ!」
結界を叩く音が聞こえる。サクラは、何も言わない。
「私は、軍人とその家族の暮らしを守りたかった・・・」
「その金は、どこから出ていた。税金とフウリの稼ぎで、てめえらは千年も豊かな暮らしをした。まだ金をせびるか」
「兄貴! 抜くな! 抜いたら殺す、俺がだ! 殺すぞっ!」
「父祖達はマレーヌのために死んだ。当たり前じゃないか・・・」
「死んだのは、てめえの親じゃねえ。遠い先祖だ。当たり前に金がもらえる訳がねえだろ」
「訓練に訓練を重ねた・・・」
「千年も金をもらってな。それで、役に立ったか?」
「マレーヌの軍人は誇り高きっ・・・」
「物乞いだな」
「うあああああああっ!」
「兄貴っ!」
豪奢な剣。抜かれた瞬間に、ニーグの頸動脈を斬った。せめて骸だけは、綺麗なままで家に帰してやりたい。
血を吹き出しながら、ゆっくりとニーグが崩れ落ちる。納刀しても、血はまだ吹き出していた。
「片付けろ。お手数をお掛けしました、神子様」
「この後は?」
「この四人を砂浜で公開処刑。反乱に加わった兵は、死ぬまで強制労働ですな」
「首は、俺が落とそう」
ワーグ。うずくまって動かない。
歩み寄ると、震える声が聞こえてきた。
「兄様。ごめんなさい。ごめんなさい。兄様。ごめんなさい」
結界はもうない。腕を取って立たせる。ぐにゃりと体が折れた。
「それでも武神の印持ちか! 自分の足で立て! 何があろうが、死ぬまでだ!」
怒鳴りつけると、ビクリと体が力を取り戻した。グシャグシャの顔を、手拭いで乱暴に拭う。
「家に帰るまで、泣くな」
「泣きません。子供の頃から、不思議でした。魔獣を狩らない軍に、何の意味があるのかと。父や兄に聞けば、もしもに備えるために軍があると言われました。でも、俺が十五になった時には、誰も勝てなかったんです。もしもに備える軍の、誰一人も。十五歳の新兵に、将軍ですら!」
「それでも、父と兄だ。死んだら泣くのが人間だぞ?」
「でも、兄貴は神子様に剣を抜きました」
「だから、俺が斬った。それで終わりだ。さあ、行くぞ」
「はい・・・」
サクラとワーグを挟んで歩く。砂浜が見える頃には、ワーグの嗚咽は止まっていた。
砂浜に兵士が集まっている。片方は海軍の制服で整然と集まり、片方は思い思いの服を着て縄で縛られていた。
道には群衆が群れている。砂浜に下りようとする者を制止する兵がいた。捕らえられた兵の家族なのだろう。これから、その目の前で四人の首を刎ねる。恨まれるのは、俺でいい。
「神子様。サクラ様。ワーグ殿。ご迷惑をお掛けしました」
「いえ。そちらこそ軍の再編でお忙しいでしょうに。首は俺が刎ねますよ、ローグ艦長」
「それはご容赦ください。彼らは私が殺します。この場でマレーヌ軍の総帥職を受け、明日には新軍法の発布。そのためにどうか、お譲りください」
「そうですか。うちのマーロンが寂しい思いをするでしょうが、マレーヌのためにはそれがいいでしょうね」
「常設司令部はコニャック号です。腐れ縁は続きますね」
「総帥がそんなに顔を腫らしてちゃマズイ。治療を頼む、サクラ」
「このままではいけませんか?」
「当たり前ですよ。誰にやられた、イーハ軍の艦長だ。なんてなったらどうするんですか。はい、治療終わりですよ」
「ありがとうございます、サクラ様」
見物人は、増え続けている。
処刑があるため女子供は家に帰れとローグ総帥が言うと、そこかしこで悲鳴が上がった。
群衆を兵が落ち着かせ、罪状の読み上げがはじまる。天秤神官が一人ずつ声をかけている。真実かどうかの確認だろうか。それとも、最後の言葉でも聞いているのか。
一人目が引き出され、砂浜に押さえつけられた。群衆から女が飛び出し、砂浜に駆け寄ろうと暴れる。
その女を止めたのは、フウリだった。縋りついて泣かれ、その背を撫でる。何かを言った女に、フウリははっきりと首を振った。女の慟哭が聞こえる。
ローグ総帥の抑えた気合いが、風に乗って散った。




