海風の声41
(マレーヌ陸軍、準備完了。いつでもいいよ)
「じゃ、行ってくる。ジェイクと合流するなら、見事なゲリラ戦と死にっぷりだったって言っといてくれ。百人斬りおめでとうともな」
「はいっす。お気をつけて!」
「おう。腹一杯食ってくらあ」
槍を肩に担いで、ゆっくりと歩く。焦れてくれたら、大儲けだ。
(斥候、八隊も出したよ。真北からナビるね?)
左手を上げてヒラヒラ振る。
(斥候隊は無視?)
右手を上げる。
かち合えば倒すが、わざわざ倒しに行く気はない。本陣が襲われれば、どうせ帰ってくるだろう。
(まさか、特攻!?)
「散歩だ」
(そのまま進むと、斥候隊とぶつかる。あと土嚢の壁を三つ)
構わずに進む。
三つ目の土嚢。左から回った。目が合った男が仰け反って驚く。左手に槍を持ったまま、右手で木刀を抜き打つ。
「ひっ!」
寸止めの要領で首にポンと木刀を当てると、男は放心したように座り込んだ。
「いたぞ!」
叫んだ男。叫ぶ前に剣を抜け。思いながら、木刀で撫でた。四人が駆けてくる。俺も走った。駆け抜けざまに、全員の胴を薙いだ。
「怪我はないな?」
「は、はい」
「これから陣に直行する。見える場所で見学するといい」
「あ、ありがとうございます」
木刀を戻して、真っ直ぐ南に向かう。八方に斥候をやったなら、他の小隊には遭遇しないだろう。
(いやー、凄いねえ。祇園の大通りで、剣林の中を駆け抜けた沖田総司みたい)
例えがわかり辛い。それ見たんか、おまえ。
(そのまま進むなら、敵陣まで斥候隊はなし。気をつけてね)
「おう」
聞こえているのかどうか、俺にはわからない。その場の精霊の機嫌や性格によって、聞こえたり聞こえなかったりらしい。いちいち聞くのも面倒なので、平時は適当な手話にしている。
見えた。長槍隊の穂先。手が疲れるのか、穴が開いたようになっている場所がある。
「はぐれを舐めんじゃねえよ」
走る。あんな穴を見過ごす手はないだろう。走る。慌てて長槍を振っても、遅い。
槍を左右に使い、穴を広げた。三段に構える長槍隊の二段目。苦無代わりの革袋二つ。腹に当って落ちた。
三段目は、突きで割った。これで長槍隊の意味は無い。陣内に飛び込みながら、槍を振り回して何人か喰らう。
(魔法、来るよ!)
「はぐれに魔法は効かねえんだよ!」
風。ヌルい。まるで扇風機じゃねえか。
長槍隊の後方にいた魔法隊。睨んでもいないのに、何人かが後退った。
「美味しくいただこうかっ!」
走る。魔法隊の先頭が前に出た。一人で庇うか。やってみろ。
「魔法なら殺す気で来な!」
迷えば槍の間合いだぞ。
「そうさせてもらうっ!」
地面を巻き込む風魔法が、唸りを上げて迫る。構わずに突っ込んだ。抜けた先の女の顔が、驚愕に染まっている。
「な、なんで・・・」
「はぐれに魔法が効かないのと同じだ。理由は知らん。対策に、少しは武器の扱いも覚えな」
女の首に小太刀を置いた。槍はもういい。ここからは、木刀の出番だ。
魔法隊に突っ込む。倒しきる前に増援が来た。残りの魔法隊が邪魔で、槍も弓も使えないでいる。
「何しに来たんだっての」
魔法隊を喰らい尽くすと、気の早い弓隊の誰かが弓を射た。戦闘不能になって移動する女が、射線にいるのにだ。
飛び出して小太刀で矢を払う。クソ野郎が。
「今、弓を射たのは誰だ?」
「お、俺です。すいません。矢を落としてくれて助かりました」
「テメエは味方を殺す虫以下の兵隊だ。今すぐ司令部に行ってこの事を報告しろ。いいな?」
「・・・はい」
「じゃあ、続きをやろうか。久しぶりにアタマに来てっからな。当たると痛えぞ?」
槍持ち。大刀を槍に振り下ろす。小太刀で袈裟斬り。
「敵が飛び込んできたのに、弓持ってどうすんだ!」
弓を持っている男。眉間に寸止め。腰を抜かした頭を軽く叩いて、次。
「構えにすらなってねえ!」
へっぴり腰の兵の木剣を打って落とし、首に一撃。稽古を義務付けてねえのか、マレーヌ陸軍は。
(はぐれ魔獣じゃなくて、鬼軍曹になってない?)
「あんまり軍人舐めてっと、テメエらマジで食い千切んぞ!」
「ひっ・・・」
(殺気を飛ばしたでしょ。訓練なのに逃げちゃったじゃない)
逃げた隊を追う。すぐに追いついた。紛れ込んでそのまま着いて行ってみるか。
三千の大部分が固まっている本陣に、逃げる兵と一緒に駆け込んだ。
「何事だ。退却命令は出していないぞ!」
あれがニーグさんか。隣の副官らしき男に、革袋を投げる。
誰も何が起こったか、理解していないようだ。いや、ニーグさんだけはわかってるか。即座に木剣を抜いた。ワーグによく似た構えで、俺を睨む。
「そいつは投擲武器だ。アンタは戦闘不能。早く出て行きな」
「何をっ!」
「ほう。訓練のルールも知らねえ士官がいるんか。誤射した弓兵といい、逃げ出した増援といい、大丈夫かマレーヌ陸軍は」
「いかに武神の神子といえど、それ以上の侮辱・・・がはぁ!」
「なあ、兄さん。誇りがあるなら、このぐれえの拳は避けるか防ぐかしろや。テメエみてえのがいて、テメエみてえのを許してっから、マレーヌ陸軍はゴミクズだって言ってんだろうが。わかんねえか?」
傷めつけるように、腹を蹴り上げた。痛そうに見えるが、痛くも痒くもない力加減だ。それでも、男は大袈裟に痛がっている。
「神子様、それ以上はどうか」
「どうかじゃねえんだよ、あんちゃん。これが軍か?」
「・・・恥ずかしながら」
「変える気はねえのかよ?」
返事はない。なら、好きにさせてもらうか。
「聞け、マレーヌ陸軍のゴミクズ共! 訓練への取り組み方、単純な練度、質の悪い兵や士官を許す体質。そのすべてを客観的に見て、マレーヌ陸軍はどんな魔獣にも劣る給料泥棒だと判断した! 例外は、さっき倒した魔法隊を一人で庇った女性兵士だけだ! それに文句がある奴は、かかってきやがれ!」




