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海風の声39




 海戦演習の総括も昨日で終わり、今日から野外演習の訓練がはじまる。

 マレーヌ海軍の輸送艦の艦長は独断で艦を動かしたとして、下船と同時にその任を解かれたらしい。新しく艦長となるのは、三十代の二人だ。

 ローグさんは今回の策で勝利したなら海軍総帥になるはずだったが、北斗号に艦を当てた責任を取るためにそれを固辞したという。

 だからまだしばらくは、コニャック号の艦長でしかない。困ったもんだ。


「マーロン艦長」

「はっ」

「ローグ艦長と手打ちはしたのか?」

「いえ。まだ許せそうにありません」

「今回の演習に、マレーヌ海軍の陸戦部隊が参加を志願した。知ってるか?」

「いいえ、初耳です。まさか」

「そうだ。キツイ言い方だが、演習でローグ艦長が死なんとは限らん。訓練がはじまる前に、顔だけでも合わせて来い。夜に二人で飲もうと、約束でもしとけ」

「ですが・・・」

「海軍のトップにはならねえと我を張るし、腫れた顔も治療させねえ。もういいんじゃねえか?」

「・・・言い訳だけは、聞いてやります」

「頼む。あの顔を見てっと、気が滅入ってな」


 しっかり頷いて立ち去るマーロン艦長を見送り、完全武装の弟達に視線を移す。

 なんともまあ、嬉しそうにしやがって。


「まるっきり熊と狼だな。怪我だけはすんなよ?」

「熊ですか。なら、兄上は何の魔獣でしょうか」

「兄様は武神様っす!」

「武神が人間を襲ってどうすんだよ。アホか。魔人でいいさ」


 俺達三人の役回りは、はぐれ魔獣になっている。簡単に倒されては、何の訓練にもならない。全力で動き回って、撫でるように木刀を当てる。


「じゃんけんしたよ。カイトのナビは私ね」

「負けてしまったのじゃ」

「サクラの運は異常ですからね。じゃんけんにしたのは失敗でした」

「よろしく頼む。俺達はもう出るよ。ワーグ、どっちから攻める?」

「んー。東っす」

「なら某は西で」

「じゃ、俺は北な。ワーグ、ジェイク、俺の順に襲う。怪我はするのも、させるのも禁止だぞ?」

「承知」

「はいっす」


 三人で拳を合わせる。最後にゴツンと拳を当てると、二人は嬉しそうに持ち場に向かった。

 煙管に火を貰い、のんびりと北に向かう。

 結構な数の土嚢が、そこかしこに積まれている。大きなものは、高さ三メートル横幅十メートルはある。広い演習場があって良かった。

 適当に距離を取って、土嚢に身を隠した。胡座をかいて、装備を確認する。

 腰に木刀を二振り。右腰のバックの裏に、苦無代わりの小豆を詰めた細長い革袋が八つ。地面に置いた訓練用の木槍。それだけだ。相棒の刀は下緒を結んで背に背負っているが、訓練で使う訳もない。


(マレーヌ陸軍の準備が終わったよ。訓練開始。ワーグっちは最初の斥候を全部食べたら、陣地の中に斬り込むって)


 バックから紙とペンを出して、本番の野外演習でやるべき事を箇条書きしていく。

 陣地の外に出る編成。イーハ陸軍の小隊を頂点とした、三角形の三小隊。一度に二小隊なら、二百五十回も出撃しないと、すべての兵に経験をさせてやれない。これを四つか。それなら三日で終わるだろう。


(ワーグっち、でっかい土嚢の裏で斥候小隊撃破。風魔法の槌を躱したよ。凄いねえ。残りの斥候小隊は二つ。ヒマそうじゃないカイト、大丈夫?)


 ヒマじゃねえっての。書き物してるだろうに。右手を上げる。


(そう、良かった。ワーグっち、また小隊撃破)


 早いな。やるじゃんか、ワーグ。

 イーハ陸軍の小隊を、斥候に出して警戒させるか。いや、それならサクラ達に魔法で周囲の魔獣をあらかじめ探してもらって・・・


(最後の小隊撃破。魔獣止めを越えられそうな場所があるけど、いいかって聞いてるみたい)


 右手を上げる。そんなのを許す指揮官が悪い。かましたれ。

 五本の指を広げ、左の指で右の中指を斬る仕草。


(了解。おお、指揮官狙いね。オッケー)


 指揮官はノーグ将軍の長男だ。あまり話した記憶はないが、軍人には向いていないのかもしれない。それなら、違う道を探すべきだ。軍人一家の長男がそれでは肩身も狭かろうが、誰かを殺す前に言うべきかもしれない。

 紙に、司令部設置と書いた。大きな地図。魔獣の種類と数を書いた紙をサクラとファルが二交替で常に動かし、ペルデさんとエルスさんが通信兵になって前線に指示。指揮官は常駐。


(天幕の間を縫って忍び寄り、指揮官撃破。発見されて三十人は食べてる。ああ、やられちゃった)


 すぐさま親指を立てた拳を突き上げた。さすがだ、ワーグ。


(ふふっ。伝えるよ。嬉しそうに褒めてたって。マレーヌ陸軍、リセット開始。問題点を修正するみたい。あら。ワーグっち、北に走っていったよ。あらあら、カイトの話し相手になりに行くんだって。妬けるわねえ)


 しばらくすると、水筒を持ったワーグが俺の隠れる土嚢に駆け込んできた。


「お疲れさん。やるじゃねえか。ずっと聞いてたぞ。兄として鼻が高い」

「ありがとうございますっす。一番上の兄貴はかわいそうっすけど、あんな陣地じゃ魔獣の餌場っす」

「それなんだがよ、長男は軍人向きじゃねえのか?」

「・・・優しい人っす。マレーヌ陸軍の誇りとか、邪魔になるとまで思ってても、それでもそれを許してしまう人っす」


 キツイな。優しすぎれば兵を殺し、厳しすぎても兵を殺す。指揮官なんて、そんなもんだ。


(マレーヌ陸軍、配置完了。ジェイクさん、出撃!)



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