海風の声38
小船が、引き上げはじめている。
これで湾内は制した。さあ、どう出るローグさん。まだ手は残っているのか。あるなら、早く見せてくれ。
「索敵を急がせてくれ」
「はい。湾内ではないようです」
マーロン艦長は、湾外に出る気はないようだ。湾内の狭さを活かすつもりなのか。俺なら、湾外で北斗号の速さを活かす。この辺りが、個性ってやつか。
「特務隊長なら、どちらで待つ?」
「湾外ですね」
「即答だな。理由は?」
「あの小船を操っていたのは、陸軍の兵でしょうか。海軍のみでの演習と決めてあるのは、誰もが知っているはずです」
言われて見れば、違和感があった。引き上げていく小船。鮮やかな退き方だった。
ならばあれは、マレーヌ海軍の兵。ローグさんすら、小船に乗っていたのかもしれない。
「となると、背後を衝かれるか」
「マレーヌ海軍の船着場は、積み上げた鉄で船が見えませぬ。背後から、ローグ殿とイェール将軍の強襲。耐えられるかどうか,微妙なところではないでしょうか」
「俺ならコニャック号をぶつけてでも北斗号を止めて、イェール将軍にとどめを頼んで大破判定を受けるな」
「あり得ますね。二艦いる強みをどう活かすか。ローグ殿が考えるのはそれでしょう」
これは面白い。背後から突っ込んでくる二艦にマーロン艦長がどう対応するのか、ちょっとした見ものだ。楽しませてもらおう。
「それにしても特務隊長、いっぱしの参謀ぶりじゃないか。もしもの時は、軍の指揮も頼むぞ」
「それはご勘弁を。誰の隣に立ち戦うかは、すでに決めてございます」
「それでもさ。最後は共にと思ってはいるが、将が足りないなら出てもらう」
「小官だけ仲間外れですか。泣き言を吐いてしまいそうですな」
「隣には末っ子がいるさ。いつだってな」
「泣いて暴れますよ?」
「叩きのめして説教してやる」
小声で笑う声が止まぬうちに、艦橋が慌ただしくなった。おいでなすったか。
「背後より敵襲! コニャック号です!」
「応戦はじめ!」
「了解。船尾紙風船破損。応戦はじめました!」
「踏ん張りどころだぞ!」
「敵艦、左舷に衝突!」
衝撃に、北斗号が揺れた。ウイトは大丈夫だろうか。驚いただろうな。
「ローグのクソが、神子様の乗る船にぶつけやがるか! 降りたら叩き斬ってやる!」
マーロン艦長、地はそんなんかよ。チンピラ仲間だな。
「敵艦止まりました」
「被害報告!」
「左舷紙風船、すべて破損。残紙風船は五。現在、中破。あと一つ割られたら大破!」
目を凝らすと、コニャック号の艦橋で指揮杖を振るローグさんが見えた。鬼の形相だ。あちらもこちらも中破判定。戦闘は継続中だ。斬り込んで反対側の風船でも割ろうとでもいうのだろうか。
「五時方向より敵艦。突っ込んできます!」
「応戦せよ。魔法隊は風魔法の準備。進めればそれでいい、急げ」
「やらせますが、ほとんどは応戦に加わってます。時間がかかります」
湾内に留まって、湾の入り口を睨んでいたツケがこれか。風は、海から陸に吹いている。なまじ風魔法が強力な北斗号だから、風を気にしていなかった。
「敗因は、風を味方にしなかった事だな」
「マレーヌ海軍は、漕手を乗せておりましたね」
「たっぷりとな。帆をたたんで、全力で漕いだんだろう。あのスピードは、訓練の賜物だな」
五分もせずに北斗号は右舷の紙風船を割られ、大破判定を受けた。初の海戦演習は惜敗。まず満足できる内容と結果だろう。
「神子様、申し訳ございません」
「いい経験だ。得たものも多いだろう。腐るなよ。船乗りなら風を味方にしなければならんと、ローグ殿に教えられたな」
「はい。このような敗戦の原因です。乗員は誰一人として、絶対に忘れません」
「それでいい。さあ、マレーヌに行こう。俺は下に行ってるぞ」
「はい。マレーヌ港に向けて回頭!」
船室に下りると、ウイトが抱きついてきた。
「ぶつかった時、大丈夫だったか?」
「あいっ」
「驚くどころか、喜んでたわよ。お疲れ様」
「肝が太いのはいい事だ。ワーグ、どうだった?」
「どうもこうもないっす。サクラ様とファル様は兄様がこの船室を出てすぐに、小船にローグ兄貴とイェール将軍がいるのを発見したっす。そして船着場の二艦を発見。おいらにもし指揮するならどうするか聞いて、それで勝ちねって笑ってたっす」
「やっぱ、サクラとファルが魔法で見れば余裕勝ちか。こっち残して悪かったな、ワーグ」
「いえいえっす。約束通り、兄様とジェイク兄の会話は教えてくれたから大丈夫っす」
「お茶をどうぞ。煙草も吸いたいでしょう」
「ありがてえ。艦橋も見てたんだな?」
「もちろんじゃ。マーロン艦長の豹変っぷりは面白かったのう」
「ぶった斬るとか言ってたからな。陸に上がったら止めねえと」
「それなら、急いだ方がいいのではないですか。もう接舷してますよ?」
「早すぎだろ!」
「とても急いでいるようでした」
これ、ヤバイんじゃね?
走って甲板に上がると、すでにタラップが出ていた。
埠頭を見ると、軍服を投げ捨てたマーロン艦長が走り出したところだった。何してんの、お前。
「おい、マーロン艦長は何か言ってなかったか?」
「今まで世話になったと・・・」
「アホか!」
駆け下りる時間も惜しい。飛び降りた。背後で悲鳴が聞こえたが無視。マーロン艦長を追う。
追いついたのは、マーロン艦長に殴られたローグさんが派手にぶっ飛んだ後だった。
「よくも! よくも神子様とそのご家族が乗る艦に当てやがったな! ウイト様はまだ三歳。危険な行為はなしと決めた演習でこれか! マレーヌ海軍はウイト様のお命でも狙っているのか! 答えろ、賊がっ!」
「すまない。どれだけ謝っても、許してはもらえまい。好きなだけ殴ってくれ」
「殴るだあ? だからテメエらマレーヌの軍人は甘えってんだよ! 俺はなあ、軍服捨てて来てんだ! まずテメエから斬って、マレーヌ海軍の軍人を斬れるだけ斬って死ぬ気で来たんだよ! 死ねオラァ!」
「いい加減にしろや、チンピラ」
「ああん!? まずテメエから・・・」
「俺からどうすんだ?」
「え、いやその・・・」
「ちなみに俺は、チンピラの説教をしなきゃならねえ。素直に着いて来ればいいが、そうじゃねえなら、全力でぶちのめして連れてかねえとな」
「そ、そうですか・・・」
「わかったらちっと来い。俺んちだ」
「はい・・・」




