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海風の声34




 甲板にジェイクの気合が響く。

 振りかぶる、その木剣の唸りさえ聞こえそうな勢い。

 だが待て、その前にこっちだ。呼気を殺した突き。風を斬らずに俺を斬るほどの一撃。右手の木刀を叩きつけた。甲板に落ちた木槍を捨て、木剣を抜くワーグ。


「うおおおおっ!」


 ジェイクの木剣。太く、重い。左手の短い木刀を当てる。とても止めきれない。そんな事はわかっている。木剣と木刀の角度。開き足、一つ。それで直撃は避けられる。右の木刀を、滑る木剣に打ち下ろした。ジェイクの腹を蹴る。吹っ飛んだジェイク。一歩下がった俺のいた場所を、ワーグの木剣が斬り下ろしていた。


「惜しい」


 加減して木刀を打ち下ろす。言葉の一つも発せず、ワーグが倒れた。意識は刈り取らない。見るのも、稽古なのだ。

 まだ終わってはいない。体勢を立て直したジェイクとの間合いを詰めた。

 正二刀。ジェイクの筋肉に力が入った。


「自然体が身に付いてねえな。全身の筋肉に力が入った。今度は腕の筋肉だ。敵を斬る、それに必要な力以外は捨てちまえ。そうだ。それが、自然体だ。また腕に力が入ったぞ。雑念は捨てろ。そう。目を開けている意味すらねえ。お前が求めたのはそんな剣だ。力じゃねえ。技じゃねえ。剣ですらねえ。敵を斬るのは、お前という存在だ。それがわかれば、心気は澄んでゆく。そう、それだ。それが澄み切った時、お前は剣を振り下ろすだろう。ただ、それを待て」


 ジェイクの木剣は、ゆっくりと正眼から上段に変化した。構えに、風格がある。それだよ、ジェイク。

 完全に無意識だったのだろう。自分の構えに驚いたジェイクが、その驚愕を振り払うように木剣を振り下ろした。


「もったいねえ・・・」


 開き足すらいらない。半歩斜めに前に出ただけで、ジェイクの木剣は甲板を叩いた。

 骨が折れない力で、腕を打った。


「があっ!」

「剣を離さねえのはいい。が、あの心気の冴えを離したのは最悪だ。わかるか?」


 首に短い木刀を突き付けながら訊ねる。これがわからないなら、明日からは以前の稽古だ。爺様の剣はもう教えない。


「はい。怯えた自分を叩き殺したいです」

「何に怯えた?」

「敵を斬るに最適な構えを取った自分に。斬るとも思わず斬ろうとしている自分に。誰よりも大切な方を斬ろうとした自分にです」

「ワーグ!」

「はい!」

「おめえにも言っておく。稽古となれば俺は神子ではなく、おめえらの兄でもねえ。それがわからねえなら、この稽古は今日で終わりだ」

「・・・肝に銘じます」

「はいっ」

「ならいい。二度は言わねえぞ。さあ、立って礼だ」


 二人が並んで立ち、納剣して深く頭を下げた。


「ありがとうございました」

「ありがとうございましたっ」

「お疲れさん。サクラ、二人を治療してくれ」


 稽古を見ていたサクラが二人に駆け寄り、魔法で治療をはじめた。

 ペルデさんとエルスさんはいない。それが救いだ。


「あーあー。こんなに腫らして。大丈夫?」

「はい。ありがとうございます」

「ふわあ。痛みが消えたっす。ありがとうございます」

「手加減してって言ったら、カイトは怒るだろうし。男って、こんな痛い思いしても強くなりたいのか。面倒な生き物だねえ」

「ほっとけ。それよりジェイク、掴みかけたなあ」


 甲板に座り、煙管を出した。すかさず、サクラが灰皿と蝋燭皿をだして火を灯す。


「ありがとうございます、サクラ様。兄上、あの感覚は何なのでしょう?」

「ありがとうございます。上段に構えたジェイク兄、兄様みたいに見えたっす」

「流派によって違いはあるが、爺様は刀になるって言ってたな」

「刀になる、ですか・・・」

「ああ。さっきみたいに語りかけながらの稽古じゃ、嫌になるほど言われたもんだ。刀になれ、魁人。まだだ。まだ足りない。己を捨てよ。刀になれ。ってな」


 爺様。構え、言葉、殺気。すべて覚えているのに、顔だけはぼんやりとしか覚えていない。まさか、そこまでしなければ刀にはなれねえのか。すべてを捨てて、やっと刀に・・・


「カイト、どうしたの?」

「いや、何でもねえ。一服したし、部屋に戻るか。ペルデさんとエルスさんが心配してるだろ」

「こんな稽古だって知ったら、ひっくり返るわよ」

「まあ、普通は稽古だからって木刀でぶっ叩いたりしねえよなあ」

「当たり前でしょ。いくら魔法があるって言っても、こんなの普通は許されないよ。日本だったら、即刻逮捕でしょ」

「日本でこうやって習ったんだが」


 サクラが絶句している。まあ、普通はないよなあ。抗生物質投与しっぱなしの夏休みとか。血尿とか発熱で、毎日フラフラだったし。


「カイトの無茶は血筋なのね。うん、諦めてるからもういいや」

「失礼な。あんなイカレ爺様と一緒にすんな。俺はまだまだ優しいっての。爺様なら、魔法で治るからって半殺しにした状態での稽古とかぜってえやるぞ」

「ひっ・・・」

「呆れて物も言えないわよ」

「大丈夫だって、ワーグ。俺は優しいから、悩みはしたがやめにした」

「な、悩んだのですか・・・」

「おう。俺の剣も学ばせてくれって、二人が土下座しただろ。爺様ならどうするかを考えたらな、片腕斬り落としてから稽古とか考えた。でもそこまですると、精神が壊れるかもなと」

「壊れませんと言ったらやるので?」

「当たり前だろ」

「もう行きましょう。聞いてるだけで怖いよ。カイトにはファルにお説教してもらうわ」

「なんでだよ?」

「それがわからないのが問題なの!」



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