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海風の声32




 ノーグさんの号令で、二千五百人が小隊ごとに分かれて散る。残りの五百は長槍隊で、三段に分かれて出入口を塞いだ。十メートルほどの、木の棒に布と綿の保護カバーを付けた穂先を揃えている。

 長方形の陣の外周を、なぞるように配置された木材。それに取り付いた小隊から、魔獣止めを組みはじめる。この演習が終われば、わずかな訓練期間を経て草原での実践訓練が待っている。だらけた動きはまったく見られない。


「いいですね。皆が真剣です」

「怯えているのかもしれませんな。イーハ軍とは違い、うちの連中は門の外を知りませぬ。次の演習が門外での実戦だと伝えたら、顔を青くしておりましたよ」

「命がけですからね。そうもなります」


 彼ら彼女らは、死地に赴く。行けと命じたのは、俺だ。善良な人間を殺す。そんな日が来るとは、思っても見なかった。


「日本は、遠いな・・・」

「なんとおっしゃいましたか?」

「いえ、独り言です。失礼しました」


 魔獣止めは、次々に出来上がってゆく。振り返ると机に座りながらこの光景を見て、凄まじい早さでメモを取るマーロンがいた。


「マーロン、長槍隊の斥候の動きが悪い。あれでは魔獣の接近を許すと書き加えてくれ」

「了解しました」

「数が足りませぬか?」

「いえ。作業の手伝いなんかしてたらダメなんです。そんな事より重要な任務についている自覚がない」

「なるほど。足りないのは戦う心構えではなく、戦う時の心構えですか」

「海軍演習の開始は、マレーヌとイーハの港からです。イーハ陸軍から、精鋭を連れてきますよ。斥候の重要性や、命令に従って仲間を見殺しにする覚悟まで、そいつらに語ってもらいましょう」

「見殺しになど・・・」

「するでしょう。私やノーグ将軍は、軍を預かる立場なのです。兵に階級はあれど、兵の命に上下なし。バカ一人を救うのに十人の命が必要なら、バカには死んでもらいます」

「・・・選ぶ立場とは、辛いものですな」

「まったくです」


 陣地の形が見えてきた。長方形の単純な陣。イーハ陸軍は大砲を持つ外敵に備える意味で星形陣地を構築する訓練までしているが、練度を考えてもマレーヌ陸軍ではこれが精一杯だろう。


「神子様、こちらの準備は済みました」

「ご苦労、ジェイク特務隊長。こちらはまだかかる。打ち合わせでもしておけ。重ねて言うが、やり過ぎは許さん。相手はマレーヌ陸軍だ。怪我なら魔法で治るから構わんが、殺すんじゃないぞ」

「はっ。徹底させます」


 敬礼して下がるジェイクの表情に、緊張の色は見えない。見た目通りに肝が太いのだ。でかい図体でいかつい顔なのに緊張しやすいとか、物語にありがちな愛嬌とは無縁だ。豪剣を振るい、決断は早く揺るがず、決めた事はやり遂げる。ジェイクとはそういう男だ。


「見ていて羨ましくなるほどの武人ですな。ジェイク殿は」

「ワーグ副長が兄と慕い、私が弟と呼ぶ男です。軍の指揮ははじめてのくせに、気負いの一つもありませんね。可愛げがないな」

「ふふっ。思えば息子も、いつの間にか武人になりました」

「墓参りの日にも言いましたが、かわいい末っ子でしょう。手元に置いててもいいんですよ?」

「老いたりとはいえ、息子にぶちのめされるのはご免ですな。泣きながら暴れだすと、あやつは手がつけられませぬ」


 背後から、マーロンの抑えた笑い声が聞こえた。堪えてるつもりだろうが、はっきり聞こえてんぞ。ローグさんの親友でワーグとも仲の良いマーロンは、何か思い当たることがあるのかもしれない。


「そろそろですかね」

「ですな。北斗号の精鋭にマレーヌ陸軍の上位二十名。腕は遥か上とはいえ百に満たぬ数で、三千の堅陣を崩せるものでしょうか」

「賭けますか?」

「ふむ。酒樽を一つでどうですかな」

「乗った。一番でかいのにしましょう。北斗号の食堂に届けてくださいね」

「なんの。こちらこそ兵舎の食堂にお願いしますぞ」

「ジェイク特務隊長!」


 大声で呼ぶと、ジェイクが機敏に駆け寄ってくる。


「はっ」

「戦闘準備だ。見事に陣を打ち破れば、ノーグ将軍と俺から酒樽が北斗号に届くぞ」

「負けられぬ理由が増えました」

「サクラの一斉念話で戦闘開始だ。行け」

「行ってまいります」


 敬礼。そのまま目で語る。怪我はするな。負けてもいい、指揮の呼吸を身に付けろ。帰ったら酒でも飲もうぜ。気安く話せない軍務中は、こうして語りかける。ジェイクの目も、笑った。


「ようやく出番ね」

「まだだけどな」


 サクラとファルは、演習に参加しない。フウリは鍛冶仕事、ウイトはノーザさんと遊びに行っているはずだ。ペルデさんは北斗号の魔法使いの指揮、エルスさんはその補佐。レーナさんはマーロンと同じくあちらの問題点を探す。

 ワーグもジェイクの補佐だが、別働隊を率いて隙を衝くと俺は見ている。俺が知る限りの地球の軍学や戦史を、科学に関する事はぼかして二人に話してあるが、騎馬隊が側面を衝く場面になるとワーグはいつも目を輝かせた。

 体感で十分ほど待ってノーグさんを見る。


「では、はじめますか」

「ええ。お願い致します」

「サクラ、頼む」

「了解。・・・一斉念話完了」


 まず、陣の兵が慌ただしく動き出した。準備は終わったようだから開始したのに、なぜここで動く。

 振り返ってマーロンを見ると、しっかり頷いてメモにペンを走らせた。


「来ましたな。北斗号の軍勢。む。息子達がおらん。マレーヌ陸軍の兵も」

「陣で指揮する息子さんが、それに気がつくかどうかで勝負が決まりますね。手堅く矢の雨を降らせましたか」

「ですが、大盾で防がれております。あれだけ射ってイーハ軍に離脱者なし。なっ。馬鹿者が、敵の数を疑わずに兵を集めおった。あれでは隙が出来る」

「入り口の反対が特に薄くなりましたね」


 入り口の長槍隊が、風魔法で吹っ飛んだ。風の木槌みたいなものだろう。あれくらいなら骨折まではしないはずだ。


「長槍隊の混乱に乗じない、その意味を考えぬか馬鹿者!」


 声の届く場所ではない。それでも吐き捨てずにはいられないようだ。


「躊躇っていると見たようですね。さらに兵を集めて縦列。打って出ますか」

「馬鹿者が!」


 縦列の剣と槍の部隊が、開いた入り口から駆け出す。

 陣の外に出た兵は千五百ほど。イーハ軍の大盾を地面に建てた簡易陣地から、保護カバー付きの矢と手加減した魔法が飛ぶ。

 近づけない部隊に業を煮やしたのか、さらに兵を出すようだ。千が援護に向かう。

 その瞬間、入り口とは反対の魔獣止めが砕け散った。エルスさんか。人がいない場所とはいえ、派手にやったもんだ。


「やはりか。だが、たかが三十にも満たぬ部隊だ。早く討ち取らんかっ!」


 うちの弟が指揮する部隊だ。たかが三十とは言えませんよ。

 風魔法で転がった兵や、木の棒で打たれたり突かれたりした兵は、すぐ邪魔にならない場所に移動して成り行きを見守る。勝ったな。


「指揮官の部隊に届きましたね」

「これほどまでに・・・」


 ノーグ将軍が呆然と呟くと、指揮官である長男が戦闘不能となり白旗が振られた。



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