海風の声30
一糸乱れぬ敬礼。
マレーヌ陸軍三千。彼らが誇りとする鉄色の軍服に、統一された武装。
イーハは北斗号の五十に、四つの調達チームを加えた七十四名。季節はすでに夏で、夏季軍服に不揃いの武装だ。
ノーグさんが一歩前に出て、各列の先頭に立つ士官の顔を見回す。
「貴様等の中に、魔獣を単独で倒せるものはいるかっ!」
しばし待っても、名乗り出る兵はいない。
「よし。ならばこの演習で貴様等が魔獣と戦う術を、武神の神子様が教えてくださる。一語一句を頭に叩き込み、体に刻み込め。わかったな!」
「はいっ!」
気合の入った返事を聞きながら、ノーグさんの隣に進む。
「でははじめます。まずは魔獣止めの作り方を実演します。なるべく全員が見れるように、五十の魔獣止めを一つずつ作るので、五十人ずつのグループに別れてください。そして十二の木材の山の前に並んでください。五グループずつです。整列が終わったら、実演をはじめます」
最初から最後まで大声なので喉が痛い。
十二の木材の前に、イーハ軍六人ずつが散った。マーロン夫妻は足りない物が出た時の連絡役に残る。
マレーヌ陸軍が整列するまでに、かなりの時間がかかっているようだ。ノーグさんが苦い顔でその様を見ている。
「イーハの兵を見ていると、マレーヌ陸軍が子供に見えてきますな」
「訓練を重ねる事で、なんとでもなります。編成を考え、最小から最大までの団体行動をまんべんなく訓練する。一年もあれば物になりますよ」
「励みます」
短い言葉だからこそ、真剣さが伝わってくる。兵がかわいければ、ノーグさんは鬼にもなるだろう。鍛えられた兵は、誰も弱兵などと言えないはずだ。
ようやく整列が終わり、全員が開始を待つ。
「いいか。丁寧に教えろ。終わったら質問にも答えていい。時間をかけていいから、しっかりとマレーヌ陸軍に伝えきれ。では、はじめ!」
イーハ軍の小隊が、木材の本数から説明をはじめる。参考にしたのは、戦国時代の馬防柵だ。あれを頑丈にして木材も高くし、尖った木材を斜めにした数を増やして、魔獣の跳躍と突進を防ぐ。結界を張れないマレーヌ陸軍の魔法使いでも、木材の加工ならお手のものだろう。
「あれを草原に設置して天幕を張れば、簡易的な砦になりますな。騎馬で誘き出して砦から攻撃。さすれば我軍でも、魔獣狩りは可能でしょうか?」
「少なくない死人が出ますよ。お勧めはしません」
「イーハでは死者は出ないのですか?」
「いいえ。人は簡単に死にますよ。妻を目の前で食われた男と、夫を目の前で食われた女を知っています」
イーハ陸軍の将軍になったグノーツさんは、結婚して子供も授かったと照れながら言っていた。
「マレーヌ軍の将としては、死を許容するべきなのでしょうな」
「軍人という職業を、どう考えるかでしょうね」
「良く話し合ってみます、兵と」
魔獣止めが組み上げられていく。この後、マレーヌ軍の全員が実際に組む訓練をする。人数が人数なので、午前はそれで潰れる予定だ。
午後はそれを使った陣地の構築訓練。時間があればそれを攻める事と守る事まで、経験させてやりたい。実戦があるかどうかもわからないが、その経験は無駄にはならないはずだ。
「剣と槍、それに弓は明日以降になりますね」
「ですな。神子様にはお手数をお掛けして、心苦しい限りです」
「暇人ですよ。お気になさらず。それより、特殊部隊の方を見に行きましょう。うちの連中が、ちゃんと教えてるか心配です」
「ワーグはともかく、ジェイク殿やサクラ様達なら間違いなどないでしょう」
「だといいんですがねえ」
魔獣止めを組む軍に背を向けると、それだけでうちの連中と十人ずつの男女の軍人達が見えた。この演習前にマレーヌ軍の全員でトーナメント制の個人模擬戦をやり、勝ち残った男女二十人。
彼ら彼女らは徹底して戦闘だけをこなす。交代制の夜の見張りはもちろん、飯炊きもさせない。その代わり、男女五名ずつは二交替で臨戦態勢を解かずに待機する。軍を発したら、マレーヌに戻るまでだ。
ジェイク。いい敬礼だ。二人は朝稽古の後に、軍人としての立ち居振る舞いも猛訓練している。
「これは神子様。今まで木剣で彼らの腕を見せてもらい、準備ができたところです」
「正直に言え。ジェイク特務隊長から見て、彼らの腕はどうだ?」
「はじめて会った日の、ワーグ特務隊副長に少し劣るくらいです」
「そうか、厳しいな。基礎体力はどうだ?」
「はじめて会った日のワーグ特務隊副長くらいです」
「なら鍛えるだけか。剣と槍の使い方はワーグ副長と似ているか?」
「はい。全員が、ノーグ将軍の弟子とのことです」
十人の中には、ワーグの兄もいる。たしか次男だ。ローグさんが三男。その下が末っ子のワーグだ。長男はノーグさんの補佐で、魔獣止めの訓練に参加している。
「ワーグ特務隊副長!」
「はっ」
振り向いて敬礼したワーグの顔には、いつもの明るさや人懐っこさは見えない。戦う男の顔だ。武神の神子と常に行動を共にする特務隊の副長。でっち上げた肩書だが、ワーグは誇りに思うと言っていた。
「過去の自分を、未熟だと思うか?」
「もちろん思います」
「出来るなら叩き直してやりたくはないか?」
「出来るなら、今すぐにでも」
「目の前の十名は、過去の自分だ。叩き直せ。それにジェイク特務隊長が工夫を加える。そこの十名、異論はあるか?」
「ございません。神子様に鍛えられたお二人は、我らの目指すべき目標であります」
これが次男だろう。ワーグにあまり似ていないが、面影はある。
「弓はイーハの職人の手による一級品。剣と槍は鍛冶神の神子が鍛えたものだ。槍は管を付けた特殊な物だから、訓練に励んでくれ」
「はっ」
揃った良い返事だが、目は毛氈の上に並べられた武器に釘付けだ。
「では、剣から支給します。一人ずつ神子様の前へ」
フウリが鍛えた鋼の剣を手に取ると、一人が前に出て恭しく剣を受け取る。バカみてえな茶番だとは思う。だが戦闘になれば真っ先に死ぬ、その彼らが喜ぶならいくらでもやると決めた。




