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海風の声27




「風に逆らって背後を取る。コニャック号に念話だ。二時方向、全速前進」

「了解。進路〇二〇〇、全速前進! 風魔法、放て!」

「コニャック号への念話完了。現在地点で敵を引きつけるそうです」

「それでいい。ワーグの兄貴、ローグつったか。海戦は初めてだろうに勘がいいな」


 帆に風魔法を当ててグンと速度を上げた北斗号が、敵艦隊の射程ギリギリを掠めるように走りだす。風に逆らったその動きに、敵艦隊はすぐには対応できないようだ。


「陣は変えねえのか。どう見る、マーロン?」

「背後を取られても崩れない自信があるか、背後を取られたら負けと思い定めてコニャック号を狙うか。そのどちらかではないでしょうか」

「コニャック号の乗員は陸戦には長けてるが、海上での練度は足らねえか。レーナ、コニャック号に念話。逃げてもいい。大破判定だけは避けろと」

「了解です」


 コニャック号は北斗号と同じく、夫婦で軍人をしている者だけで乗員構成された軍艦だ。違うのは、天秤神官をしている妻と軍人の夫を一組だけ入れているくらいか。


「そろそろだな。回頭準備」

「回頭準備!」

「一斉念話完了。いつでもどうぞ」


 目に見えて速度が落ちる。


「八時に回頭。その後、全速で敵艦隊を掠める。後ろの二艦は確実に落とせと射手に伝えろ」

「了解。進路〇八〇〇」

「伝達完了。甲板から念話。射手の意気高し。二艦はお任せくださいとの事です」


 さらに速度が落ちた。止まってしまうんじゃないかと思うほどだ。これで戦えるのかと心配になるが、安全には代えられない。


「タイミングを合わせてみせろ、マーロン。ここからはお前さんの指揮のみだ」

「了解。舵手、読み上げはじめっ!」

「現在、九十」


 八時への進路、それはあの時点での話だ。方向が変わってゆけば、それだけ舵も戻す。どのタイミングで回頭で落ちた速度を徐々に上げ、全速で敵艦の射程距離に入るか。それが船長の腕の見せどころだ。


「八十。・・・七十」

「速度一上げ!」

「了解。念話完了」

「六十。・・・五十。・・・四十。・・・三十」

「速度三上げ!」

「了解。念話完了」


 舵手の読み上げは、回頭時の舵の角度を百にしている。速度は全速が十で微速が一。つまり、舵が水平に戻るまで三十パーセントで全速の半分。これが最適なのか俺にはわからない。後は攻撃開始時の北斗号の速度とこの呼吸を頭に刻み込むだけだ。


「十。・・・〇!」

「全速前進っ!」

「了解。念話完了」


 敵艦隊と擦れ違う時間の読み合わせも、後方二艦を北斗号が沈めて残り一艦をコニャック号に任せたいという通達もなしか。マーロンも緊張しているのかもしれない。本格的な海戦演習はこれが初だ。


「攻撃準備。まだだ。もう少し」

「甲板から念話。敵直近艦、射撃開始」

「攻撃開始!」

「念話完了。斉射開始。・・・直近艦の紙風船、破壊三。五。・・・十。直近艦大破判定。次射に備えます」

「次が近い。急がせてくれ」

「了解。念話完了」


 剥き出しの艦橋から見る限り、北斗号につけられた大きな紙風船は一つも割られていない。

 それにしても、コニャック号との念話は一切なしか。イーハ軍としてのプライドなんて言い出したら殴って説教するとして、とりあえず今夜ローグ夫妻とこの二人をうちに呼んで酒でも飲むか。

 次の艦への攻撃を指示するマーロンを観察しながら、問題点を俺なりに検討する。


「お疲れさん。帰港は任せる。俺は甲板に下りるぞ。帰ったら話があるから、二人でうちに来てくれ」

「了解しました。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした。神子様」


 木製の階段を下りて、ジェイクとワーグを探す。二人は弓隊の攻撃を見学していたはずだ。


「兄上、お疲れ様でした」

「おう、お疲れ。ワーグは?」

「あちらで弓の指導をしてます。まだ弓に慣れず、胸を弦で痛める兵もおりましたので」

「そうか。やはり合格点はやれねえか?」

「厳しいですね。遠距離は魔法使いに頼りきってましたから」

「訓練を重ねるしかねえなあ。と、喫煙所行こうぜ」

「はい。ワーグが拗ねますね」

「気の良い弟だ。自分のタバコより、兵への指導を優先するさ」


 喫煙所に着くと、風よけに囲われた太い蝋燭の火は消えていた。


「ツイてねえな」

「そうでもなさそうですよ。ほら」


 見ると、女性兵が一人駆け寄ってきていた。


「すいません。いま火を灯します」

「忙しいのにすみません」

「いえいえ。弓隊は喫煙を許される時間ですので、こちらのミスです。どうぞ」

「ありがとうございます」

「では、失礼します」


 見事な敬礼を見せて、女性兵は持ち場に戻っていった。


「いいケツしてんな」

「兄上、人の嫁にそのような」

「ああ。そうなんだよなあ。こっちじゃどんなにいい女に出会っても、人の嫁さんなんだ。合意の上でも抱いたら、精霊が離れるんだろ。キツイ世界だよ」

「某には、妻以外を抱きたいと思う感覚すら理解不能です」

「そんなもんか」


 バカ話をしながらタバコを吸っていると、足早にこちらに向かってくるワーグが見えた。


「兄様、お疲れ様っす」

「おう、そっちこそ。弓の指導してたんだろ。ありがとな」

「大した指導は出来ないっす。ふーっ」

「そういえば、船長はどうでしたか?」

「まだまだだなあ。それと、船長じゃなくて艦長だな。軍艦だもんよ、北斗号」

「それは確かに。まだまだとは、どのような?」

「回頭してから指揮を任せたんだが、コニャック号との連携は一切なしだ。あれじゃまずいから、今晩うちに二人を呼んである。ワーグの兄貴と嫁さんも、用事がなければ来てもらうつもりだ」


 ジェイクは考え込み、ワーグは嬉しそうだ。印持ちになっても、家族は家族。そう考えているのだろう。一緒の食事が楽しみなのだと思う。


「微妙な話になりそうですね。印のあるなしに話題が行きかねません」

「ああ。だが、印のない人間を下に見るのは許さねえ。人に価値なんてもんがあるとしたなら、自分に出来る事を懸命にやるかやらないかにそれはあるはずだ」

「同感です」



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