海風の声26
「ぱぁぱー!」
「おう。ウイト、おかえり」
「ぱぁぱ。たい?」
「もう大丈夫だぞ。パパが寝ててもウイトがいい子にしてたらしいから、今夜は焼き肉にすっか」
「あいっ!」
抱きついてきてたウイトが、俺の体をよじ登りはじめる。えらく心配をかけたようなので、好きなようにさせておく。
「ノーザさんも心配をお掛けしました。おかえりなさい。それにウイトを友達のところに連れて行ってもらってるとか。ほんと、ありがとうございます」
「いえいえ。信じておりましたが、ご無事で何よりですわ。ところで、病み上がりのカイト様お一人でリビングにいらっしゃるとは、他の皆様はどうなされたのです?」
「あー。朝早くに目覚めましたが、あまりに痛みがひどいんで飲みはじめましてね。他の連中も付きあわせて、この一月心配かけたから今日くらいは昼から寝室にシケ込めと煽りました。そろそろ出て来るんじゃないですかね」
「まあ。悪い事ではないのでしょうが、ちょっとだらしがないような気がしますよ」
「起きてきて服の一つでも乱れてたら、しっかりと叱ってやってください」
「ええ。是非ともそうさせていただきますわ」
自力で肩車のポジションまで辿り着いたウイトを胡座の間に座らせながら、自分で淹れた茶をウイトに飲ませる。
「すいません。ついうとうとしてしまいました。あら。ノーザさん、ウイト、おかえりなさい」
「ファル様、ただいま帰りました。今日もウイトちゃんはいい子にしてましたよ」
「ふぁるまぁまっ」
「そうですか。いつもありがとうございます。偉いわね、ウイト」
「今日はウイトにご褒美で焼き肉にしよう。買い物は行かなくて大丈夫か?」
「ええ。肉も野菜も、たっぷり空間魔法に入れてあります。すぐ準備しますね」
「俺も手伝うぞ」
「病み上がりなのですから、座ってお待ちください」
「病気じゃねえんだがなあ」
「似たようなものです。では」
「お手伝いしますわ」
二人がキッチンに立ったので、ウイトの頭を撫でてペンを取る。
マルジヌス島の魔獣は狩り尽くせたのか。あの神殿の文字は。神の欠片がどうして人型なのか。それを殺して何か変化があったのか。テーブルの上に常時置かれている紙に書いていく。
「ウイトもお絵かきするか?」
「するー!」
「このペンと紙な。おお、ちゃんと人の形んなってんじゃんか」
「これぱぁぱ。これウイト」
「刀がカッコイイな。上手いぞ」
「おけいこするぅ?」
「明日の朝、ウイトが稽古したかったらやろうな」
「あいっ」
玄関から声が聞こえる。来客かもしれない。ウイトを抱いて立ち上がると、久しぶりの「うきゃー」が聞けた。幸せだなあ、俺。
「親父さん、お久しぶりです。どうぞ上がってください」
「おおっ。神子様、よくぞご無事で。この度は愚息がなんのお役にも立てず・・・」
「そういうのはなしですよ。ワーグはよくやってくれている、俺の義弟です」
誰にも文句は言わせない、そんな気持ちを込めて言う。
「ありがたいお言葉です。そうそう、お目覚めになられたと聞いて、漁師に頼んで漁に出てもらいましてな。特に立派なものを持参しました」
「おお、ではそれを肴に一杯やりましょう。どうぞお上がりください」
「いえいえ。お目覚めになられたばかりですので、上がり込むつもりで来てはおりません。ここに魚の箱を置きますので、皆さんでどうぞ」
「それは残念です。お心遣い、ありがとうございます。今から夕食なので、ありがたくいただきますよ」
「じーたん。ありやとー」
「おお。ウイト様に礼を言わせるなど、悪い爺ですな。では、失礼します」
「お気をつけて。ほら、ウイトもまたねって」
「またねえー」
二人で手を振ってノーグさんを見送った。
「じゃあパパはお魚を運ぶから、ウイトはファルママにお魚もらったって言ってくれるか?」
「あいっ。ふぁるまぁまー!」
「ここから大声で言うのかよ。キッチンまで行こうぜ、ウイト」
「おー」
ウイトが走る。俺は氷の入った木箱を持ち、キッチンまで運ぶ。わざわざ魔法で氷を作って運んでくれたらしい。ありがたい話だ。
「ノーグさんの差し入れ、とりあえずここ置くぞ」
「あらあら。まあ、立派な鯛ですこと」
「料理したら、旦那さんへのお土産に持ってってくださいね」
「今日はこちらに泊まる日ですわ。ウイトちゃんとの添い寝が楽しみで。うふっ」
「魚はお刺身でよろしいですか?」
「任せるよ。よし、ウイト。ちゃんと言えたな、偉いぞ。ここにいちゃ料理の邪魔んなるから、パパとリビング行こうな」
「あーい」
テーブルに戻ると、火の点いた蝋燭と煙管セットと灰皿が置かれていた。ファルが用意してくれたらしい。煙管を使いながら、毬でウイトと遊ぶ。
「干物を焼きました。ビールもどうぞ」
「ありがてえ。誰も下りてこねえから、飲みてえなと思ってたんだ」
「だと思いました。ウイトはブドウジュースね」
「やたー」
「出来たらお刺身も運びますね」
「さすがにそれは揃ってからだろ」
「この時間まで出てこないなら、明日まで出てこないでしょう。お酒もツマミも各自たっぷり持って行きましたし」
「まさか禁欲生活でもしてたんか、あいつら」
「それどころか、願掛けで無茶な稽古をしたり、睡眠不足もひどいものでしたよ」
どうやら、俺が思うより心配をかけていたらしい。寝かせといて、いや、やらせといてやるか。せいぜい楽しめ、兄弟。




