海風の声24
「やっと着いたか」
「長かったあ。一泊が必要な階段ってあるんだねえ」
いや、普通はねえよ。たぶん。
「相手は神様だ。失礼のねえようにな」
「うむ。魔法神も鍛冶神も、この神殿の事はわからぬという。漁るでなく節度を持って調べようぞ」
「じゃあ、まずはご挨拶だね」
門の前に全員が横一列に並び、深々と頭を下げる。
ギリシャの神殿には似ていない。ステンドグラスがある訳もない。もちろん、寺とも神社とも違う。それでも、身が引き締まる思いのする神聖さを感じさせる建築物だ。
歩を進め、扉の前に立つ。石像の一つもない庭は、調べる場所すらない。
「そういえば、参道に入ってすぐの祠以外なにもなかったな」
「それがどうかしたの?」
「普通、宗教はなんでもかんでも飾り立てるもんだろ。この建物も、神聖さを感じるがずいぶんとシンプルだ。こんな美意識が、千年前は常識なのか?」
「言われてみれば妙じゃな。神への供物台すらない庭とはのう」
「お待ちください、これは・・・」
真っ青な顔で、ファルが震えだした。昨日の猿の襲撃時、結界を張った後の魔法攻撃が満足にできなかったと俺に謝った時も顔を青くしていたが、それよりひどい顔色だ。
「落ち着け。この面子ならなんとでもなる。なにがあった?」
「・・・敷地内に精霊がおりません」
「ホントだ。こんなのありえない。魔法どころか、結界も張れないじゃない。ヤバイよ、カイト!」
「落ち着け。全員、慌てず門外に退避。車を出して、中で俺を待て」
「一人じゃ危ないよ!」
「誰か連れてったら、ソイツが危ねえよ。早く行け」
「・・・無茶したら許さないんだからね!」
捨て台詞を吐くなっつの。少し移動して、扉と門をどちらも視界に入れられる場所に立つ。門を出る時に心配そうな顔をされたので、手を振って見送った。
サクラが車を空間魔法で出し、それに全員が乗り込んだのを確認する。
「鬼が出るか蛇が出るか。普通に神様に会えたらありがてえんだがな」
扉の横には、こちらの文字で長文が彫られている。後で読んでもらえば、この建物の事がわかるかもしれない。俺はこの世界の文字は覚えていないので今はシカトだ。
いつでも抜き打ちを放てる心構えで、扉を開ける。
がらんどう。広いホールには、礼拝のための椅子さえなかった。
正面の壁にも、神像どころか絵画の一枚すらない。
「これはこれは。他者の寝所に断りもなく踏み込むとは、やはり野蛮な神の子は野蛮人ということですかねえ」
(息子よ、其奴は敵だ。我等が滅ぼすべき存在だ。疾く斬れ。慈悲はいらぬ、斬り捨てるのだ)
失礼しましたと言う前に、念話に似た感じで声が聞こえた。
俺を息子と呼ぶ、あんたが武神か? 心の中で問いかけても返事はない。
「立入禁止の立て札もなかったんでね。危険な場所かもしれないからと調べるために踏み込んだんだが、そんな俺を野蛮人呼ばわりとは、あんたの方が野蛮人じゃねえか?」
若い男の姿形だ。ただ、眼球が黒一色。擬態も上手くできないバケモノなのか、これが持って生まれた特徴なのか。
あの文字は、こいつに関する警告だったのかもしれない。
「引き裂かれた分身とはいえ、神にそのような口を利くか。不遜なものだねえ」
「へえ。引き裂かれたか。そりゃ災難だなあ。誰にやられた?」
「決まっている。同じ神を八つ裂きにするなど、あの忌々しい武神にしか出来んよ」
「惨い話だな。で、あんたはなにをやらかしたんだ?」
「・・・なあに、世界を変えただけさ。人と魔獣のバランスを、反転させてねえ」
「そりゃ凄え。あんたはなんの神様なんだい?」
「それはその身で確かめたまえっ!」
油断はしていない。余裕を持って拳を回避、抜き打ちを合わせてその右腕を斬り落とした。
「ふむ。やはり武神の息子か。良い腕だねえ」
「あんたはまるで素人だな。戦う神じゃねえのか?」
「その身で確かめろといったはずだよ。そんなにお待ちかねなら、ほら」
「ぐあああっ!」
激痛。刀を取り落とさなかったのが不思議なくらいだ。
「うふふふふ。いい声で鳴くじゃないか。ゾクゾクするねえ」
「ふう。ビックリしただけさ。それで?」
「な、なんで平気なんだ!? 確かに痛みはその身に返したんだぞ!」
「おう。死なねえ体だからな。痛みなら我慢すりゃいい。太刀筋も狂わねえ自信があんぜ?」
「バケモノが・・・」
お前が言うなっつの。
なんとなくは理解した。こいつは斬られて、斬った俺に痛みを返した。人と魔獣のバランスを反転させたとも言った。なんの神かはわからないが、その能力だけわかればいい。死なない俺なら、与しやすい相手だろう。
「そんじゃ、死のうか。名前も知らねえ神様」
「斬れば斬っただけ、自分が痛みに苦しむんだぞっ!」
「それでテメエが死ぬなら、喜んで苦しむさ」
「人間風情が、神を殺すというのか!」
「殺すさ。テメエが千年前にどんな事をしたかは知らねえ。ただ、許せねえってのはわかる。だから死にやがれ、外道」
正眼。二刀を使うまでもない。歩み足で間合いを詰める。
「く、来るなああっ!」
もう話す事はない。最小限の振りかぶりから、脳天に斬りつける。
さっきもそうだが、血は飛ばない。
胸まで両断された神の分身は、とんでもない激痛を置き土産に消えた。
「死ぬ、って、の、は、こんだ、け、痛え、もん、なの、か・・・」
血が出ない事より、骸も残さず消えた事より、それに驚きを覚えた。脳内麻薬が出るから痛みはそうでもないと聞いた事があるが、あれは残される側の希望も混ざった説なのかもしれない。
刀を鞘に納めたところで、気力の限界か意識を失った。




