海風の声23
「いいですか、おやつは五百円までですよ?」
「ファルせんせー、カイト君が水筒に乳清飲料入れてまーす」
「カイト君はグラタンを作ってくれるからいいのです」
「ひいきひいき、えこひいきー!」
「なにその小芝居。ファルまでなにやってんだよ」
「すいません。昨日のグラタンと夜のご褒美で、有頂天になっていました」
ウイトの前でそんな事を言うな。確かに焦らしてお願いまでさせたけど。
「それに、登山ってはじめてだもん。私もファルも。テンションだって上がるよー」
「そうですね。兄上を除いて、登山など本の中の出来事でした」
「そんなもんか。なら、急がず焦らず登るぞ。高山病になる標高じゃねえが、なにが起こるかわかんねえんだ。気になる事はすぐ報告な?」
やけに揃った返事を聞いて、参道の入り口で頭を下げる。
サクラとファルが言うには、見た事のない紋章の神殿らしい。神が存在するこの世界では、礼を失すればどうなるかもわからない。煙草も休憩中のみ、灰皿の上で吸うと決めてある。
全員が深く頭を垂れたのを確認して、階段の一段目に足をかけた。
先頭に俺、嫁さん達とジェイク、殿にワーグで歩みを進める。
「これは、祠か?」
「そうですね。やはり、見た事もない紋章が刻まれています。お祈りしますか?」
「だな。全員でだ」
頭を下げ、思い思いに祈る。俺が祈るのは、いつもウイトの事だ。今回は、この山での殺生を許してほしいと付け加える。
「じゃあ、行くか。ファル、索敵頼むな」
「お任せください」
同じ隊列で、また階段を登る。
「嫌な風だな。海から山に吹くか」
「打ち下ろす風がいいの?」
「来てほしくないのは上からだからな。この風の吹くうちは用心する。サクラ達は中央に固まって歩け」
「わかった」
正午を過ぎると嫁さん達の緊張感も薄れたのか、盛んにおしゃべりに花を咲かせている。
不意に風が止まった。その瞬間、確かに臭った。
「女は結界を張れ! 屋根を厚く! 来るぞっ!」
「上ですっ!」
飛びかかってきた影を、確認もせずに斬り上げる。
五段先にもそれはいた。一足。飛び込んだ勢いで両断。猿だ。
この素早さでジェイクとワーグに取り付かれたらマズイ。
「二人を頼むっ!」
言いながら階段を飛ぶ。袈裟斬りで、簡単に猿は二つになる。問題は数だ。
脇差しを抜き、ジェイクに飛びかかる猿を切り落とす。一つ。二つ。結界に飛んだ血が垂れている。ウイト、酷いものを見せてすまない。思いながらも猿を斬る。
「ありがとうございます、ワーグを!」
言われるまでもない。膝に溜めた力を解き放つ。飛んだ。大刀で一つ、返して二つ斬ってワーグの横に立った。飛びついてきた猿を脇差しで突く。
「どうしたワーグ、もうヘバッたか!」
「まだまだぁ!」
余裕を取り戻したワーグが、近い猿は俺に任せて小さく鋭い突きを繰り返す。それでいい。背中は任せろ。
慣れぬ足場に、初めての乱戦。さらに二人の武器は大剣に槍だ。短剣を抜いてもいいが、ギリギリまで得意な武器で戦いたいだろう。
ワーグの周囲も落ち着いたので、二人の中間で戦う事にする。ジェイクに気が行っている猿、三匹まとめて薙いだ。俺の背後を取った猿を、脇差しで斬り下ろす。
二度、三度、猿を二刀で斬りながら、二人の間を行き来する。まだか。猿はどれだけいるんだ。まだ終わらないのか。そう思いながら猿を斬り続けると、ようやく猿が飛び降りてこなくなった。五十メートルほど高い場所を通る階段から、こいつらは飛び降りて俺達を襲っていたらしい。
上に、何かいる。ひでえ臭いだ。
「上に飛ぶ、ここは任せるぞ!」
そう怒鳴り、岩場を蹴って上を目指した。このぐらいなら一瞬だ。どんなバケモノかは知らんが、首を洗って待ってやがれ。
この参道は三十段ほどの階段が続くと、五メートルほどの踊り場が必ずある。その踊り場に、一際大きな猿の魔獣がいた。こいつがボスだろう。
「もうてめえらは全滅だ。喧嘩を売る相手、間違えたんだよ」
両手を広げるようにして、二刀を見せつける。
猿が吠える。右の爪。回避はしない。振るわれる腕に脇差しを合わせハスる。慌てて振り下ろした左の腕は、大刀の刃筋を立てるだけでポトリと落ちた。
猿が後ずさる。逃さねえと伝えるように、歩み足二つ。
後ろを見ずに階段を登った猿が、力を溜めた。来やがれ。優位な場所は譲った。斬られに来やがれ。
「グギヤァァァッ!」
猿が飛んだ。
その爪はフェイク。本命は牙、だろう?
巨体の下を潜るように飛び込む。大刀を担ぐようにしてだ。
こぼれた自分の腸を踏んで滑り、猿が尻餅をついた。なにが起こったかもわかってないのかもしれない。自分の腸を噛み千切り、グチャグチャと咀嚼した。糞が臭う。
正二刀に構えながら、狂った最後を見守った。
(カイト、無事なの!?)
どうやら心配させているらしい。いつも持ち歩いている布で二刀を拭い、納刀して手すりから体を乗り出した。手を振ってくれているウイトが見える。手を振り返してから、手すりを乗り越えた。
(ちょ、危ないって!)
小さな足場をトントンと踏み、皆のところに戻る。
「しゅごーい」
おお、ウイトが喜んでる。じゃあ、宙返りのサービスだ。ほれっ。
十点連発ものの演技なのに、嫁さん達にしこたま怒られた。




