海風の声21
敬礼で北斗号を見送るわずかな時間で、結界の周りに魔獣が集まっていた。埠頭の入り口までびっしりだ。
「こりゃあ、アシカか?」
「オットセイではないんですか?」
「なんと奇怪な魔獣でしょう。兄上、このような化け物を野放しにしてはおけません!」
「待てジェイク。アシカもオットセイも魚介類を食う温厚な・・・」
「ちっちゃいトラックくらいあるトドっぽいのが、アシカを頭から丸齧りだね。おお、血が噴水みたいに!」
「言わんでいい。船を降りたら二分で戦闘かよ。サクラ、車を出せ。屋根に上ったら戦闘準備。ジェイクとワーグは斬り込み準備。徒歩での戦闘だ。深追いはするなよ」
マルジヌス島は魔境だった。
空間魔法から鉄箱車が出され、地魔法で作った階段で皆が屋根に上がる。ウイトとエルスさんがリビングに下りれば、あちらの準備は完了だ。
「腕が鳴りますね、兄上」
「あんなキモイの、串刺しにしてやるっす」
「魔法が効くなら、出番なんてねえぞ?」
「むむう」
「ぶー」
そんな不満げにされても、こればっかりは仕方ねえって。
「カイト様、こちらはいつでもいけます」
「おう。はじめてくれ」
埠頭に屯した魔獣が、バタバタ倒れていく。出血がエグい。
「トドにも効くといいがなあ」
「あの大きい魔獣ですか?」
「ああ。あれだけの巨体だ。脂肪で内臓に刃が届かねえかもな」
「そうなると厄介ですね」
「なあに、その時は頭蓋ごと砕いてやれ」
「おめでとうございます。トドには魔法が効きません。それ以外を倒したら、お願いしますね」
「だとさ。フラグ職人ども」
車から離れながら、抜刀して鞘を地面と水平に差し直す。走るなら、時代劇の武士のような位置ではじゃまになる。森の中や室内では無理だが、拓けた場所ならこれだ。
「トドは三体。互いの場所は離れている。走って突っ込めば、俺、ワーグ、ジェイクの順になるはずだ。一撃離脱だぞ、やる事は騎馬と同じだ。抜かるなよ」
「承知!」
「はいっす!」
(結界貼り直しました。いつでもどうぞ)
「走れっ」
競争のように駆け出す。軽トラックほどのトドに。
ワーグは足が速い。靴音が追ってくるが、この景色は渡さねえ。
寝転んでいるトドに、脇構えで突っ込む。首。跳ね飛ばす気で薙いだ。浅い。
そのまま駆け抜けて距離を取る。十歩離れて残心。
「死いいいいい、ねえっ!」
槍を薙刀のように使い、ワーグも首を狙う。野生の勘か偶然か、トドが首を伸ばして致命傷を免れた。
ジェイクが斬るタイミングに合わせる。駆け出す。ワーグも続いた。
「もらったぁ!」
頭蓋にジャンプしたジェイクの大剣が叩き込まれる瞬間、心臓を狙って胴に突きを放つ。ワーグの突きも決まる前に、胴から刀を抜いてヒレを斬る。三人で遠巻きに取り囲み、絶命したのを確認する。
「次は順番を逆にする。左のトドからだ。気張れよ、ジェイク」
「任せてください、兄上」
「よし、行け」
「はいっ」
駈け出したジェイクから間を取って、ワーグも続いた。次も薙ぐだろう。一撃ずつの三連続攻撃は、徒歩でも騎馬でも体が自然に動くまで稽古を重ねた。互いの動きは、手に取るようにわかる。
ジェイクがぶち当たる。五メートルもありそうな胴体を半ばまで割いた。
地を転がって苦しむトドの首を、掬い上げるようにワーグの槍が薙ぐ。
メダリストより速く走りながら、暴れるトドの動きを見る。仰け反るように立ちあがるトド。
飛ぶ。着地する前に、首を落としたと確信した。
「すっげ・・・」
「気を抜くな! ワーグを先頭に鋒矢。稽古の成果を見せろ!」
「うおおおおおっ!」
気合を入れなおしたワーグに、俺とジェイクが続く。鏃だけの鋒矢陣。気概なら、千の軍にも負けない。
先頭のワーグが槍の間合いに入る。飛び込む。深々と突き立った槍。勢いを殺さず離れたワーグが抜剣する。手練の技だ。突く踏み込みと、離れる踏み込み。その間には、一呼吸もない。
ワーグは左に飛んだ。右後ろに付いていたジェイクから飛び込む。腹が割られた。
脱力。刀を、跳ね上げる。刃筋は顎を捉えた。駆け抜ける前に、剣先は頭蓋を抜けていた。
「お疲れ」
「お疲れ様でした、兄上。ワーグも腕を上げたものだな」
「お疲れ様っす。兄様達を見てたら、おいらなんて強くなったとは思えないっす」
「ご苦労様っ。魔獣を収納するから、煙草でも吸ってて」
サクラが屋根から投げた蝋燭を地面に置くと、小さな火が出て芯に移った。
そう言われるとニコチンが欲しくなり、黙々と刀の手入れをする。
この刀は一切の脂を寄せ付けないが、神鉄ではそうもいかないらしい。あの巨体のほとんどは脂肪だ。時間もかかるだろう。一番に煙管を使ったのは俺だ。
「終わったっすー」
「某も、これで終わりだ」
「おう。煙管と茶ならどっちを先にやる?」
「煙管っすー」
「当然ですよ」
「へいへい。一服したら、港の確保だなあ」
「昼までに終わるでしょうか」
「わかんね。お、みんなお疲れさん。とりあえず、休憩するといい」
「カイト達こそお疲れ様。一休みしたら、倉庫とか交易所の探索ね。それなりに魔獣も潜んでるよ」
「そうか。屋内戦闘もありえるか。二人とも、準備は怠るなよ」
黙って頷いた二人が、短剣や投げナイフの確認をはじめる。
俺は大刀と脇差しだけだ。苦無か飛針でも持とうかとは思うが、斬った方が早いという気持ちが捨てきれない。マレーヌに戻って時間ができたら、検証用にフウリに頼んでみてもいいかもしれない。




