海風の声19
ずいぶんと久しぶりのイスタルトだ。
馬車で護衛と城に出向くザクスンさんを見送り、中央市場へ車で乗り付けた。
魔法で保冷した魚介類の箱を並べ、ワーグ夫妻に店番を任せる。ジェイクとペルデさんは、顔の広さを利用して情報収集。ファルとフウリはウイトを連れて、鍛冶職人達への挨拶回りだ。
「俺達も行くか。メモを忘れんなよ?」
「おっけー。じゃあ、行こっか」
三万人もの人々が移民したイーハだが、職業にわずかな偏りがあれば足りない物も出てくる。それを買い集めて運ぶのも俺達の仕事だ。
「こんにちはー。蒸留酒を売れるだけくださいなー」
「いや若奥さん。うちは卸業者だぜ。倉庫三つ分の蒸留酒を買うってのかい?」
「はい。じゃあ、倉庫三つで」
ぽかんと口を開けたおっさんが哀れである。仕方がないのでイーハから買い付けに来た事を話すと、ようやく納得してくれた。三年以上寝かせた蒸留酒を、イスタルトで消費されるであろう分を抜いてすべて買う。
酒飲みの職人や印持ちへのいい土産だ。新しい町では寝かせた酒がなくて辛かろうと、ずいぶんおまけしてくれた。
酒以外にもこまごまとした物をたっぷりと仕入れ、市場へと戻る。
「おかえりなさいっすー。おおっと、そこの美人な奥さん、旦那さんのオツマミならこの貝もおすすめっすよ。肝まで焼いて食べたら、精力ビンビンっす。はい、まいどありー!」
「おかえりなさい。ええ、ええ。そうですね、日持ちするのは干物です。こちらですね。こっちの味噌漬けなんかもおいしいですよ。ありがとうございますー」
予想以上の盛況ぶりだ。慌てて手伝いをはじめる。夕方になったのもあり、露店の周りには籠やら桶やらを持った奥さん達が集まっている。
「サクラ様、私の空間魔法に入れてた分はもう完売しそうです」
「了解。カイト、空き箱をこっち回して。どんどん追加するわよ」
「あいよ。追加が終わったら、独身用に焼き魚でも焼くか」
「いいねえ。需要あるかも」
「完売ですっ。ああ、大丈夫ですよ。すぐに追加が出ますー!」
忙しさは、焼き魚を出しはじめると加速した。
日暮れ近くになってようやく、他の面子が帰ってくる。すでに客は数える程度だ。
すっかり日が落ちた市場に魔法の明かりを出して後片付けを終え、自分達の夕食にありついたのは夜もだいぶ更けてからだ。
「目の回る忙しさだったな・・・」
「ほんと。持ってきた分は明日で売り切れるね。あー、疲れた」
謎の達成感もあってか、普段あまり飲まないサクラも喉を鳴らしてビールを呷っている。
「ファルとフウリはどうだった?」
「何もないのう。みなが元気そうじゃった」
「そうですね。危険な兆候は見られませんでした。落ち着いたかつてのイスタルトです」
「そいつは良かった。ジェイクとペルデさんは?」
「問題なしです。昔のままですね」
「なら明日はサクラとファルで、調達管理所に魔獣を卸しに行ってくれ。残りの面子はまた魚屋だな。それとファル、ザクスンさんの護衛に念話して、明日以降の予定を聞いてくれるか?」
「お待ちください。・・・ザクスンさんは隣室で就寝中。会食後の話では、明後日にはイスタルトを離れられるとの事です」
「ずいぶん早いな。まあ、好都合か。帰って海軍の編成もある。ザクスンさんの様子次第だが、明後日には出発するつもりでいてくれ」
マレーヌ海軍から見た、イーハ海軍の船乗り達の採点表には目を通してある。ほぼ満点に近い者ばかりだった。実際の編成は、この二週間ちょっとで書かせたレポート次第になるだろう。それが終われば、またマレーヌだ。冬に首長となったばかりのザクスンさんを、あまり長くイーハに留めておく訳にもいかない。
「北斗号の役職を割り振って、島の魔獣を根絶やしにして、マレーヌに調達チーム送って。うーん、やる事たくさんだね」
「カイト様はイーハの南も気にしてるから、できたらそっちもね」
「いや、とりあえず南は放置だ。南回りで天秤神の国まで船旅も考えたんだが、距離的にマレーヌの西から陸路を行く方が早そうだからな」
「小国を二つ越える必要はあるがのう。確かにその方が早そうじゃ」
「北斗号はイーハで唯一、機動力のある印持ちの部隊でもあるしな。いつでも動ける構えでいるべきだ」
「陸戦もさせるの?」
「必要があれば、戦ってもらおうとは思ってる。ただ、あいつらはあくまでも北斗号を動かすための人員だ。軍の部隊が上陸して、橋頭堡を築く手伝いぐれえまでだな。もちろん、マレーヌになんかあったりしたら、北斗号を港に置いて全員が歩兵になる」
今のところ、敵対している勢力はない。そのくらいで充分なはずだ。
口にはしないが、天秤神の国が友好的な存在でなかったなら、その時こそ北斗号は役に立つ。イーハとマレーヌの領域内は、サクラとファルが監視できる。どちらにどのくらいの軍勢がいるかまでわかれば、対応は容易い。その間に天秤神の本国を、俺が北斗号で衝いてもいいのだ。
「カイト様、いつにも増して悪人顔になってますよ。お気をつけ下さい」
酷い言われようだが、間違ってもいないだろうからシカトする。聞こえない振りをしてビールを飲み干すと、すぐにファルが注いでくれた。




