海風の声18
「あれが、マルジヌス島でございますか」
「ええ。イーハから帰ったら、あの島を奪ります」
イーハとマレーヌの中間地点、沖合い五kmにある小さな島。両国の領域を跨ぐ、俺達にとって都合のいい立地。マレーヌから譲られたこの船、北斗号の停泊地にする予定だ。しばらくは訓練がてら北斗号は常に両国を行き来するが、基本の待機場所はマルジヌス島だ。
「千年前は、交易所があったはずですな」
「さすがザクスンさん、良くご存知で。うちの連中が精霊に頼んで見た限りでは、施設はまだまだ使えそうだとの事ですよ」
「お許しいただけるなら、マレーヌ海軍からも軍船を一隻駐留させましょう」
「なんの娯楽もない、ただの要塞島になります。この船のように子供のいない夫婦でも集めない限り、辛いだけですよ」
「・・・軍をそのまま持ってきては、いらぬ事件の元にもなりますか。二神殿の存在は大きいですな」
「夫婦を募集すれば、印持ちが二人来ますからね。なぜか魔法神の印持ちとそれに寄り添う精霊は、武神の印持ちを選ぶそうです」
背後で靴音がする。これはイェールさんだ。船乗りの習性なのか、摺り足気味に歩く。
「失礼します。カイト様、首長殿。イーハを目視しました。これより入港準備に入ります」
「ごくろうさまです。マレーヌ海軍の将軍から見て、うちの船乗り達はどうですか?」
敬礼を交わしながら、気になっている事を聞いてみる。
「素晴らしいですぜ。女性は魔法で風を操り、男は一人で五人分の力仕事をこなします。戦闘は本職でしょうし、後は海の経験だけでさあ」
「ご迷惑を承知でイェールさんにお願いして正解でしたね。ありがとうございます」
「よしてくださいよ。お礼を言うのはこっちの方です。今頃マレーヌに残った船乗りは、猛訓練をはじめとります。イーハ海軍に置いてかれないようにって、えらい気合の入れようですぜ。おっと、ではあっしはこれで失礼します」
もう一度お礼を言って、イェールさんを見送る。
「ここからでも見えてきましたね。・・・一年も経っていないのに、やたら懐かしいな」
「美しい街並みでございますな。これが異国ですか。長生きはしてみるものです」
「ここにおったのか。そろそろ支度をするのじゃ。久方ぶりのイーハじゃぞ」
「おう。行きましょうか、ザクスンさん。マレーヌの首長、初の来訪です。歓迎しますよ」
「やれやれ、あの派手な衣装の出番ですか。年寄りが着飾るなど、葬式を出される時だけで結構なんですがね」
「俺なんて、あの真っ赤な軍服ですよ。なんならとっかえますか?」
「それだけはご勘弁願いたいですな。還暦とやらには、まだ十年もありますよ。では、上陸前にまた」
船室に下り、着替えを済ませる。
リビング代わりの広い船室に行くと、俺が最後だった。
ウイトとフウリ以外は、男女で違いはあるが揃いの軍服だ。男は赤に黒のライン。女は白に桃色。まるでゲームのコスプレ集団のようだ。戦場ではこれに部分鎧を重ねるのだから、さらにその印象は大きくなるだろう。
「失礼します。準備完了しました。三神殿の皆様もお出迎えに来られております」
「ありがとう。じゃあ行くか」
正直、イーハを舐めていた。大神官達と少し話したら、久しぶりの我が家でのんびり休もうなんて甘かったらしい。
タラップの上に立ち敬礼をすると、大歓声が突風のように向かってきた。まるで、ちょっとした攻撃だ。埠頭はもちろん、町へ続く坂道の両側にまで人が溢れている。
(凄いねえ。イーハってこんなに人いたっけ?)
いや、念話されても返事できねえんだけど。
戸惑っていても仕方ない。覚悟を決めて埠頭に下りる。サクラ達が手でも振ったのか、途中でまた歓声が大きくなった。
久しぶりのイーハ。大神官達も元気そうだ。あまりに人が集まりすぎて、歓声で会話もままならない。苦笑を見せた大神官達に導かれ、オープントップの馬車に乗せられた。十人が乗っても余裕がある馬車が、ゆっくりと動き出す。行き先すらも伝えられないまま、大人しく見世物になっておくしかないらしい。
「遮音結界を展開しました。大丈夫ですか?」
「ありがたい。ようやく話せるな」
「いやはや、凄まじい歓迎ですな。まあ、神子様方の帰還ともなれば当たり前でしょうか」
「イーハの民は、すべてを捨ててでも神子と共に生きたいと移民してきました。一年近くも町を離れれば、こうもなります」
「それにしたって、やりすぎだ。おーい、そこの走ってる子供連中! 転んだらあぶねえから歩け!」
聞こえているのかいないのか、子供達が走りながら手を振る。
「これは。美しい建物ですな」
「議事堂じゃ。三神殿の大神官が詰めておる。ザクスンも日参する事になるであろう」
「遠慮なく、イーハの政治を学ばせてもらいます。おお、馬車が止まりましたな」
大神官三人に先導され、会議室に通された。
茶の用意まで済んでようやく、ザクスンさんと大神官達の自己紹介がはじまる。俺達を待たせて形式的な挨拶はなしにしようとザクスンさんが言うと、大神官達の顔に笑みが浮かんだ。なごやかに、今後の予定を話し合ってゆく。
「では、とりあえずイスタルトへですか?」
「ええ。カイト様の希望です。イスタルトをないがしろにせぬためにも、今回の船で運んだ交易品はすべてわたくしがイスタルトへ届けます」
「そこで二神殿から護衛と、天秤神殿から交渉の公平性を保つ神官を出してもらいたいんです。一人ずつの計三人。お願い出来ますか?」
「もちろんです。何人でも、連れて行って構いません」
「いえいえ。あまり多いと、同席を許されない可能性があります。三人でお願いします」
「かしこまりました。出立はいつに?」
「五日後。向こうで俺達は魚介類をイーハと同じ値段で売り、時間があれば狩りをして魔獣も売ってきます。これはイーハとしての商売になるんで、帳簿やらなにやらはエルスさんがまとめて後で提出しますね」
「商人をお連れになりませんか?」
「やめときましょう。イーハだけが儲けたら、城主が色気を出さないとも限りません。税率でも変更されたら、二神殿で城主達を討たなければならなくなる。それは避けましょう」
「御意。では、手配を進めます」




