海風の声16
雪国の朝はどこか仄暗い。生まれた町を思い出すたび、そう思っていた。だがこの国の冬には、いささかの暗さもない。
マレーヌとイーハの天秤神殿には、フウリが持つ天秤について問い合わせた。どちらもあれがなんなのかすらわからないらしい。それにより、天秤神の国に行く事は必須となった。謎だらけの歴史に戸惑う事はあっても、やるべき事を決めたら準備を進めるだけだ。
「雪かき行ってくるねーっ」
「ウイトをお願いします。カイト様」
「おう、気をつけてな。いってらっしゃい」
「しゃーい」
手を振りながら、二人が家を出てゆく。
朝食後、五メートルは積もった雪を魔法で除雪する。坂を下りて埠頭へ向かうのではなく、住宅街を抜けて市場までだ。近所の女性が協力して除雪をするのが、マレーヌの冬であるらしい。二人は文句を言うでもなく楽しげに、毎朝それをこなしている。
「おはようなのじゃ。サクラとファルは雪かきか。ウイトの稽古も終わってしまったかのう」
ウイトの刀は、稽古中にだけ使うと決めた。稽古前、嬉しそうに刀を撫で回すウイトと、それを嬉しそうに見守るフウリは見ていて飽きない。
「ねえたん。おはぁ」
「おう。おはよう、フウリ。朝稽古は終わった。朝メシ用意してあるから、とっとと食ってこい」
「ありがたくいただくのじゃ。屋根の雪下ろしをしてからのう」
ウイトと二人でリビングへ向かう。コタツに入って調べ物か、マレーヌの文官か軍人と打ち合わせ。この冬の過ごし方はそうだ。もちろん休日もあって、朝から酒を飲んだりもする。
「サクラ様とファル様は雪かきですか。それくらいなら、自分達が行きますのに」
「まあまあ、ペルデさん。あの二人はペルデさんと違って、弓の稽古もしないんです。雪かきぐらいさせないと、運動不足で体調が悪くなりますよ」
「お茶をお持ちしました。はい、どうぞ」
「ありがとう、エルスさん。ジェイクとワーグの姿が見えねえけど、どうしたんです?」
「鍛錬だそうですよ。雪まみれになってニコニコ顔で帰ってくるので、半分は遊びなのかもしれませんねえ」
「この寒いのに、よくやるな。考えられん」
砂漠だろうが雪山だろうが必要があればどこでも戦うが、好きか嫌いかで言えば暑いのも寒いのも嫌いだ。
朝食後の時間は、のんびりと過ごす。打ち合わせのある日は、わりと早い時間にマレーヌの代表が訪ねてくる。夕食前まで続く打ち合わせだ。この時間だけは、ウイトをだっこしていたい。
「ただいま帰りました。カイト殿、ワーグの親父殿と海軍のイェール殿が参られましたよ」
「おかえり。ノーグさん、イェールさん、ご足労をいただき、ありがとうございます。椅子なしのテーブルで申し訳ありませんが、どうぞお掛けください」
すっかり和風のリビングに慣れたフウリがいろいろと手配して、ここもリビングと言うよりはもう茶の間だ。サクラからコタツの話を聞くと、それもすぐ職人に作ってもらったらしい。
「ありがとうございます。では失礼して。うむ。やはりこれはいいですな。皆で入るだけで嬉しくなります」
さすがはワーグの親父さんだ。犬耳は伊達じゃない。喜ぶポイントがワーグと一緒だ。
「それは良かった。うちのサクラとファルが戻ったら話しをはじめるとして。イェールさん、二神殿の印持ちは軍に迷惑をかけてませんか?」
「もちろんです。うちの船乗り達は荒くれ者ばかりですが、皆様その誰よりも強くて行儀がいいってんだから頭が下がります。覚えも良くて、もうほとんど教える事がない。操船や航法の訓練がない日は武術や魔法も教えてくれますし、もうずっといてくれねえかと言う者も多いですぜ」
「ありがたい話です。春には監督つきとはいえ、初航海ですからね」
「おう。二人とも来ておったか。すまんのう。のんきに朝食を食っておったのじゃ」
フウリがコタツに入りながら言うと、口々に朝の挨拶をはじめる。
エルスさんが茶と菓子を出してくれた。ウイトが欲しそうにしているので、全力でボクシングのジャブをするようにして、茶菓子を三つ強奪する。よし。誰も気がついていない。コタツの陰で、ウイトにそれを渡した。
「ぱぁぱ。しゅごい。はやあーい」
「ばらしちゃダメだろ、ウイト」
「あら、お菓子をいつの間に」
「さっき風を感じたからのう。大方、ウイトに食べさせたいから、我々には見えないほどの速さで取ったのじゃろう」
「もう。カイト様、普通に取ってあげてください。ウイトちゃんの分がない訳ないんですから」
「ごもっともです。お、サクラとファルがもう帰ってくるようですよ」
話題はすっかり、俺の動きが見えたかどうかに移っている。ジェイクとワーグとノーグさんも見えなかったという事で、神業だとの結論に達したらしい。菓子を奪う神業とか訳がわからん。
「ただいまー。お待たせしてごめんなさい」
「ただいま帰りました。それでははじめますか」
「おかえり。茶でも飲んでからにするといいさ」
「大丈夫ですよ。散歩みたいなものですから。今日はマレーヌからの援軍についてでしたか」
「ああ。こちらの案から聞いてもらおうと思っている。ノーグさん、よろしいですか?」
「わかりました。お願いします」
「では、はじめます。まず私達がいない以上、援軍の要請はイーハ海軍の軍船によってもたらされます。湾内に入ったら念話が可能ですね。その時点で、先日決定したマレーヌに派遣される印持ち四チームにも念話を飛ばしてもらいます。各都市近郊の魔獣を狩り尽くさなければ泊りがけはないですから、都市に残っている二チームに必要物資を空間魔法で収納させてもらいたいのです。ああ、もちろんマレーヌの負担にならない程度ですね。そして狩りから戻る二チームとマレーヌ軍から派遣される援軍を待たず、イーハの軍船はとんぼ返り。援軍とイーハに向かう印持ちには航海における風魔法の使い方も訓練させますので、いくらかは航海の手助けにはなります。そんなところですね」
ノーグさんとイェールさんが考えを纏めているようだ。口出しせずに、じっと答えを待つ。
「なるほど。偶数のチームが派遣され、隔日で狩りに出るのはこのためですか」
「それもある、というくらいでしょう。カイト様の意図は、マレーヌの防衛にあります。たった二チームとはいえ印持ちが十二人も常駐すれば、少しは軍の手助けが出来るでしょうから」
「なんともありがたいお話です。物資と援軍の規模は、流動的になりますな」
「ええ。他になければ、マレーヌ側からの案をお聞かせ願えますか?」
「マレーヌ軍は、その案に無条件で従います。いや、会議は招集しましたが、意見は一致してましてな。必要な物資と必要な人手を輸送船で送る。これだけです」
ファルの愛想笑いが引き攣っている。さすがワーグの種になった男、見事に脳ミソまで筋肉だ。




