海風の声12
禿げた絨毯の敷かれた階段を上る。
踊り場に、子ライオンの骸が転がっていた。
殺気。仇討ちのつもりか、出来るならやってみろ。
(危ないっ!)
上は取られている。不利は承知。
横に回るほど階段に横幅はない。お互いに、小細工なしだ。
刀を突き出す。避ける気もないライオンの喉から延髄を貫いた。止まらない。
柄頭で左の爪を払い、脇差で頚動脈を掻っ斬る。右の爪は甘んじて受けよう。だが、牙まで食らってやるつもりはない。
爪で抉られた衝撃を利用して、振り向かず階段を飛び下りて廊下に転がり出る。ライオンの巨体が壁にぶつかって、屋敷が揺れた。すでに息はないだろう。
(カイトッ! 怪我は平気なの!?)
親指を立てて見せる。
(無理そうなら一度戻って)
冗談。クソ野郎を殺すまでは戻らねえよ。
肩の痛みは、軽いものだ。太刀筋に影響はないだろう。
階段を上る。子ライオンの骸は跨がない。
(上りきったら正面にリビング。オス一頭とメス二頭。お願い、無事で帰って)
「戦うオスが、戦わねえオスに負けるかよ。来たぞ、クソ野郎!」
鬣を持つライオンを睨みつける。
二頭のメスが、庇うように前に出た。
予備動作。メスライオンが二頭飛ぶ。
正面。歩み足。刀で右を断ち割り、左の脇差は刃筋を立てながら受け流した。刀を腰抜けのオスに向けて威嚇しながら、血だらけで苦しむメスに止めを刺す。
「死ねよ、腰抜け」
ゆっくりと四肢で立ち上がったオスが吼える。どれだけ雄々しく見えようと、お前は腰抜けだ。黙って斬られて、あの世で皆に詫びろ。
グルグルと唸りながら、ライオンが右に回る。メスの骸を盾にするようにだ。
「てめえなんかを腰抜け呼ばわりは、世の腰抜け連中に失礼だな。とっとと来いよ、猫」
嘲りを込めて脇差を揺らす。上段の大刀で、いつでもてめえをカチ割れる。三歩踏み込めば、死だ。
背を向け、駆け出すライオン。逃げるか。お前だけ、逃げるのか。
血が沸騰するほどの怒りを感じた。
「てめえだけはブチ殺すッ!」
木戸の壊れた窓に足をかけたライオンに追い縋り、腹に大刀を突き刺した。あまりの怒りに我を忘れ、刃が逆だ。このままでは斬れない。思う前にライオンが飛んだ。柄を放す。
てめえに飛べて、俺に飛べねえはずがねえ。
高さに恐怖もない。庭に降り立つ一瞬の間に、いろいろなものが見えた。
車の屋根で皆が驚いている。ジェイクが抜剣、ワーグがそれに続く。二人が飛び降りる前に、サクラとファルが結界を張る。目を見開いて俺を見るフウリに怒鳴る、槍! 聞こえるはずもないだろうに、サクラに何か言いながら槍を飛ばすフウリ。
着地。振り向いたライオンと目が合う。死ね。
駆け出しながら、脇差を放った。柄を手前にして飛んで来る槍を握る。
「くたばれ腰抜けっ!」
飛び込むような踏み込み。足元の石畳が割れた。構うか。たるんだ腹に槍を突き刺しながら全力でカチ上げ、梃子の原理も加えて跳ね上げる。重いのは体重だけだ。巨体が、跳ねた毬のように打ち上げられた。何がプライドだ、死にやがれ!
槍を捨て、噴水の彼女の肩を足場にしてジャンプ。捕まえた。さあ、死ね。ライオンの瞳には、恐怖しか映っていない。突き刺さったままの大刀。柄を握り、落ちる勢いに逆らって斬り上げた。
着地した俺を守るように、脇差と槍が浮いている。
大刀と脇差を納刀し、槍を掴んだ。
「・・・お疲れ。ジェイクとワーグ、サクラは遺品の回収に行ってくれるか?」
「怪我は!?」
「痛みすら感じねえ。俺は武具の手入れあっから、三人で頼むな」
「わかった。うん。カイトだもんね。人間辞めた動きとか、気にしても仕方ないよね」
そんなサクラの言葉を聞いて、全員が納得したように頷いた。失礼だな、おい。
「では兄上、行ってきます」
「おう。わりいけど頼むわ」
「ワシも連れて行け、ジェイク」
「しかし・・・」
「自分で大丈夫だと判断したなら、好きにすればいい」
「大丈夫じゃ」
「なら連れてってやってくれ、ジェイク」
「わかりました。フウリ様、どうかご無理だけはなされぬように」
「感謝する。ワシは見届けねばならぬのじゃ・・・」
ジェイクを先頭に、四人が行く。ついでにライオンの骸も回収するらしい。音もなくそれは消えた。
点検しながら、丁寧に槍の血を拭う。どれも魔獣に深く突き刺した武具だ。念入りにやる。
「二区画目、殲滅完了ですね。一区画目と結界を繋げました。明日一日は休養に当てたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「昼夜逆転したからな。フウリには悪いが、そうさせてもらうか。おし、手入れ終了。水と火をもらえたら嬉しい」
「準備してありますよ。屋根に行きましょう」
喉を潤し、ニコチンを補給する。ウイトも屋根に来て、俺の胡坐の上に座ってご機嫌だ。
「いろいろ言いたいことはありますが、お疲れ様でした」
「おう。そっちこそお疲れ様だ。頭に血が昇ってミスったから、最後なんて無駄に心配させただろ。申し訳ねえな」
「カイト様がミス、ですか。ピンと来ませんね」
「逃げるオスに追いついて刀で突いたんだけどよ、刃の向きが逆で掻っ斬れずに追いかけた。武神が見てたら、縁切りされそうなミスだよ」
「ミスに入りますか、それが。まあいいです。怪我は本当に大丈夫なのですね?」
「大丈夫だって。ウイト、今日はライオンステーキだぞー」
「おー。んまい?」
「多分なー。明日休みなら、今夜は飲むか。ファルも付き合えよ」
「エルスがすでに、宴会の準備をはじめたそうですよ」
なら日の高いうちに酔っちまって、夜は夜で楽しむか。
「顔がだらしなくなってますよ?」
「気のせいだ。それより、屋敷の様子は?」
「フウリが気丈に振舞っていますね。特に問題はなさそうです。現在位置は地下室。魔法の保管箱もずいぶん残されているようで、もう少しかかりそうですね」
「死体があるか、サクラに聞いてくれ」
「お待ちください。・・・今のところ、見当たらないそうです」
やはりか。イーハには、人骨の一つもなかった。ここもそうなら、千年前の謎が一つ増える。骨まで食われたと思うべきか、神か誰かが始末したと思うべきか。考えたくはないが、人が人でなくなった可能性はないのか。
ファルが、俺の目をじっと見つめていた。
「悪い癖で考え事だ。気にすんな」
「私も、たまに悪い癖が出ます。誰も答えてはくれませんものね」
「手探りで見つけるしかねえんだよな。たとえそれが、どんなに胸糞のわりい真実でもよ」




