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海風の声10




「立派な門構え。祇園精舎の鐘の声、だね」

「今は魔獣のねぐらだ。気は抜くなよ」


 抜刀して、門の内側に踏み込む。


「もう一回誘う?」

「頼む。可能なら、屋外戦闘が望ましい」


 先頭に立ち、辺りを窺う。気配は屋内にあるが、油断をするつもりはない。ジェイクとワーグがサクラの両脇を固めた。指の一本も触れさせない構えか。


「ダメ。声も匂いも流してるのに、お屋敷の中を巡回してる」

「糞尿は垂れ流しか?」

「ううん。室内も廊下も清潔そのもの。まさかトイレは使わないだろうから、外でしてるっぽい」

「一度、戻るぞ。先頭はジェイク、頼む」


 後ずさるように、三人が車に戻る。ここで仕掛けてくれたらありがたいが、そう甘くもないようだ。納刀して三人を追う。


「お帰りなさいませ。強敵のようですね」

「ただいま。今から休んで、夜を待つ。狩りに行くなら背後から急襲。出てこないなら、篭城と見て夜明けに踏み込む」

「二区画目でこれとは、先が思いやられますね」

「ここが天王山かもしんねえさ。俺はこのまま寝る。各自自由に過ごしていいがなるべく睡眠は取って、日暮れから動く準備を頼む。ウイト、たまにはパパと寝るか」

「あいっ」


 ちょうど昼寝の時間だったウイトを抱いて、リビングの隅に敷いた布団に潜り込む。

 二十歳を過ぎる頃まで、不眠気味だった。寝ようとしても思考は止まらず、目を閉じて数時間じっとしていたら朝になっているという感じだった。どうしようもないほど泥酔して眠るか、体の限界が来て気絶するように眠る。そのどちらかだったが、どちらも快感だった。

 思考を止めるコツは今もわからない。ただ、眠らない自分のミスで誰かが死ぬかもしれないと思えば、昔の自分がまるで嘘のように眠れる。


「夕暮れです、カイト様」


 ファルの声で目覚める。途中でウイトが起きたのは知っていた。エルスさんが小声で今日は私と遊んでおねんねも一緒だとウイトに言うのを聞いて、感謝しながらまた眠りに落ちたのを覚えている。


「おはよう。ちゃんと寝たか?」

「ええ。屋敷の見張りはエルスがしてくれましたので」

「エルスさん、そんなに魔法が上達したんか?」

「魔法神様の領域に戻れば、印を与えられるかも知れないほどです。サクラの不明確な説明で空間魔法を習得し、得意な地魔法だけでなく他の属性魔法の威力や精度もペルデに迫ります」

「血か?」


 酔っ払って神子の血を飲んだ事が原因なら、ジェイクとワーグにも変化があるかもしれない。


「魔法神様に確認を取れませんから不明ですが、たぶん違うのではないかと。フウリの血も皆が口にしたはずですが、誰も鍛冶がしたいとは言い出しませんし。ペルデとエルスは、鉄を生み出す魔法を使えないままです」

「そうか。まあエルスさんだから、得したなくらいに思ってればいいか。サクラの親友なら、魔法神も悪くはしねえだろ」


 寝起きの一服を楽しみながら、面子が揃うのを待つ。


「動くでしょうか」

「ライオンの生態なんて知らんが、毎日狩りをするとは考え辛い。だが、夜が明け切ったら突入する。時間はかけたくねえからな」

「お一人で、ですか・・・」

「内部は見たんだろ。通常の廊下なら、単独じゃねえと身動きが取れない可能性が高い。追ってきてくれれば、一網打尽よ」

「説得はお任せしますよ?」


 任されたと見栄は張れない。それでも、俺が行くのが一番手っ取り早い。


「おはよー。魔獣に動きは?」

「おはよう、サクラ。動きはなし。ウイトとエルスが下に起こしに行ったから、もうすぐ来るはずよ。フウリは?」

「起きてるからすぐ来ると思う。あ、私にもお茶ちょーだい」


 サクラが一杯目の茶を飲み終える前に、全員がリビングに集まった。


「動きませんね。狩りはなしですかな」

「だろうなあ。まあ、数時間後には無理にでも動かす」

「突入ですか。兄上の足手まといにはならぬように頑張ります」

「いや。屋敷内の廊下は狭い。大型の魔獣に飛び掛られたら、味方が邪魔になって全滅の危険がある。俺が行って喧嘩を売ってくる。縄張りを奪われるかもしれないと思わせれば、俺達を狩りにくるだろう。そこを一網打尽だ」

「それは危険すぎます!」

「やっぱり一人で行く気だったんだね、カイト」

「効率的だからな」

「なら、私の効率的な魔法を試してからにしてもらうわ」

「危険じゃねえなら好きにやってくれ。全滅させてもいい」

「何をする気なの、サクラ」


 ファルも知らない隠し球か。それなら期待できるかもしれない。


「掃除魔法の発展系よ。床に天井に壁に、体温を持つ生物がいたら電撃を流す魔法を撃つの。隙間さえあれば止まらないから、魔法が効くならそれで勝ちよ」

「悪くねえな。効かなくても、怒らせたら出てきてもらえる可能性もある。それで行こう。無理なら俺が突入する」

「うん。頑張る」


 夜明けは近い。軍服から点検してゆく。士官用は純白の上下だ。遠距離からの魔法使いの援護が肝と考え、誤射防止のためにとなるべく派手な色に決めた。袖口は縫いこんである紐で締める事が出来る。棒を通して捻って固定すれば、手首から肘上までの止血にも使える。

 次は靴。この世界にはブーツがない。フレベさんが代表を務めるイーハ職人組合に開発を依頼してはあるが、俺達がイーハを出た時には軍用として足りるレベルではなかった。綿の中敷きを入れた頑丈な革靴を履き、ふくらはぎにゲートルを巻く。

 剣帯を外し、革に傷みがないかを確認する。


「カイト、この剣帯を使わぬか?」


 フウリが差し出したそれを手に取った。腰に当たる面に、柔らかな白い布地が縫いつけられている。革は黒革だ。左腰には刀を水平にも斜めにも差せ、それとは別に腰の後ろにも斜めに剣を差せるようになっているようだ。


「いいね。ただ、俺は一本差しだからなあ」

「ゆえに、これもじゃ」


 俺の刀と同じ拵えの脇差だ。鍔が異様に小さいのだけが違う。


「これは、フウリが?」

「うむ。今年の誕生日に渡そうと思っておったが、この朝に渡す事にする。その剣帯の腰の後ろに差せば、ちょうどカイトの腰幅じゃ。戦闘の邪魔にはならん。鍛冶神の作に比べられる物ではないが、使ってはくれぬか」

「ありがたい。室内戦闘に大刀一振りじゃ、不安だったんだ。使わせてもらう」


 鯉口を切り、抜く。王と六体の乙女。フウリがそう名づけた神鉄だろう。

 冷たく澄んだ気配が匂う。


「無茶だけは、せぬようにな」


 伏し目がちに頷く目つきの悪い男が、研ぎ上げられた刃に映っていた。



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