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海風の声8




 夜明け前の平原。

 車の屋根でじっと朝日を待つ。すでにマレーヌはおろか、門を出た畜産都市さえも見えない距離だ。

 地平線の一部に、太陽が顔を出す。それが地平線を離れるまで、身じろぎもせずに見ていた。

 俺の背丈と同じくらいの柵に飛びつき、それを越えて飛び降りる。音はしない。これくらいは出来なければ、地球では考えられない速度での斬り合いなんて出来はしない。

 寝藁とボロを一ヶ所に集め、自分の馬にブラッシングをする。


「新しい水と飼い葉は、もうちょっと待ってくれな」


 ブラッシングを終えると、車の扉が開く音がした。かなり気を使っているようだが、個室も屋根の天幕も遮音結界が張ってあるだろうに。


「おはようございます、兄上」

「おはようです、兄様」

「はいよ。二人ともおはよう」


 今からなら、嫁さん達が起き出すまで二時間弱はあるだろう。体をほぐす二人を見ながら、素振りをはじめた。理想の振りをなぞる。それしか考えない。素引きも同じ。朝の稽古は、いつもそうだ。二時間は、長いようで短い。


「おはよう。今日も早いねえ」

「おはよう。毎朝わりいな。水に飼い葉に、ボロの処理まで」

「馬がかわいいから、苦にはならないよ。よーしよし。おはよう、マレンゴ」

「頼むから、勝手に名前をつけんな」

「いいじゃない。和種馬には見えないんだから」

「そういう問題じゃねえっての」

「はい終わり。そろそろ車に入りましょ。朝ごはん朝ごはん」


 朝食は、麦飯に味噌汁といくつかの総菜が並ぶ。俺はもちろん和食が好きだが、他の連中が不満に思わないかと心配になる。


「今日の予定は?」

「マレーヌ最西端の都市に到着ですね。魔獣の楽園になっているようですが」

「厄介だな。肉食獣と市街戦かよ」

「無理をせずとも良いのじゃ。生き残りの住民がいないのなら、素通りしても構わぬ」

「そうもいきませんよ。カイト様、これが地図です。この都市には図書館があります。大火を想定して、延焼を恐れたと見られる立地。石の建物の内部は窺えませんが、これも妙な話です」

「精霊でも見られねえのか・・・」

「ええ。すべての入り口と窓に、巨大な石で封をしてあります」

「まさかっ、アイエスの石結界かっ!?」


 音を立ててフウリが立ち上がる。アイエスが誰かは知らないが、フウリの知己が封印した建物ならば行くしかない。


「城塞都市なのか?」

「はい。八つの門があり、すべてが破られています。木造の建築物はほぼ朽ちていますが城壁はまだ立派なもので、七つの門に石を積めば一つの門を修理するだけで立派な都市になります」

「それがいいな。一門ずつ回って、まずは都市を封鎖。そしたら魔獣を狩るか」

「そこまでせずとも良いのではないか。マレーヌから移民を出せる訳でもないのじゃぞ」

「いつかのために今出来る事があるのなら、やるべきじゃねえか?」

「そうかもしれぬが、もう秋なのじゃ。マレーヌは雪深き国。そうまでするなら、春を待たぬか?」


 マレーヌへは二年滞在すると決めてある。春を待つのも手か。春にはイーハ海軍として軍船を漕ぎ出す予定だが、それを延ばして訓練をくり返すのは悪くない。連れてきた印持ちには、経験が圧倒的に足りないのだ。


「このまま向かえば冬を都市で越すか、雪の中を苦労してマレーヌへ戻る事になるかも知れない。利点は上手くいけば古書をたんまりと手に入れて、マレーヌでそれを調査しながら冬を越せる。このまま行くべきだ、って考えの人は挙手」


 フウリ以外の手が上がった。


「決まりだな。このまま向かう」

「気を使わせたか、すまぬのう。しかしアイエスがウェナハに到着して石結界まで張ったならば、きっと重大な何かがそこにはあるのじゃ」

「ウェナハは都市の名だよな。石結界ってのは?」

「自然の精霊に結界の維持をお願いするのではなく、力ある石を生み出して結界を維持する魔法です。魔法の保管箱と原理は同じですが、難易度は跳ね上がります。アイエスという方は、相当な印持ちでしょうね」

「魔法神の印持ちで、ワシの友よ。エルスの先祖じゃな。当時もう少しマレーヌ寄りの町におったが、その町から手前の民すべてを今の畜産都市まで退却させた。その時の念話は今も忘れん。ソル村以東の住民の退去完了。我これよりウェナハの救援に向かう。フウリ様、お健やかに。魔法騎兵軍総司令官アイエス・ホープ。・・・兵の一人も連れずに、西に走り去ったそうじゃ」


 西に消えた英雄、か。エルスさん似のタレ目の女性がそうやって死んでいったのかと思うと、なぜ千年前に呼んでくれなかったのかと言いたくなるな。


「ご先祖様の封印ですか・・・」

「ぐすっ。大丈夫よ、エルス。あなたのご先祖様の封印は、私達がきちんと解いてみせるわ」

「いえ、サクラ様。もし敵わない魔獣などを封印したのなら危険です。結界を補強して都市ごと封印するべきでしょう」

「ないとは言い切れねえんだよな。それ」

「ええ。八方から破られた門。当時から千年。分の良い賭けだとはおもいますが、ないとは言い切れませんね」

「このメンバーで対処不可能なら、マレーヌは終わるな」

「内部を守るための封印ならもちろんですが、魔獣がいたとしても討伐可能なら、当時の謎に迫る事にもなりますが・・・」

「丈夫な建造物があったとして、内部にそれを閉じ込めるか? そもそも、そんな事が可能なのか?」

「私やファルならやれるんじゃないかな。ただ、石の建造物に石結界で強度を上げたとしても、元々なんでそれがその建造物にいて、なんで封印したかって話になるよね」

「いても石を砕けぬ魔獣であると仮定するか、人型の魔獣までありえると仮定するかだな」

「魔人、って事?」

「そうなら神が言うとは思うがなあ。人工建造物の中にいて印持ちに封印されたとなると、そこで寝起きしてたって事だろ。昔話みてえに酒でも飲ませて、とかな」


 鬼退治や大蛇退治ではよく聞く話だ。


「外部から観察した限りでは、内部の何かを弱体化させたり強制力を働かせたりはしていないようですが」

「なら、内部を守る封印か。千年で地下帝国でも出来てたらいいが、まず無理だよなあ」

「精霊も立ち入り禁止にする意味がありませんからね。この国に残したいと願ったものがあるとは思います」


 千年前の英雄が残したかったもの。それは、形のある物ですらないのかもしれない。



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