海風の声7
砂浜を左に見て、だらだら坂を上った。
ようやく、商業区画に入ったらしい。広い道の両側に、様々な露店が並んでいる。
「なんとまあ、かわいらしい坊ちゃんだねえ。果物はなんにするんだい?」
「めろんっ!」
えらい勢いで注文されたおばちゃんが笑う。三分も待たずに、ジュースが出てきた。俺にだっこされたウイトが小銭を渡す。地面に下りたウイトにジュースを渡すと、一心不乱に飲みだした。
「ぷはー。んまいっ」
「良かったなあ、ってもう飲み干してんのか。よいしょっと。はい、お姉さんにコップ返しな」
「ありやとー」
「ありがとね。また来ておくれ」
「あいっ」
おばちゃんに手を振るウイトをだっこしながら、露店を冷やかして回る。過保護かもしれないが、食休みみたいなもんだ。
(ごめん、カイト。さっき起きたよ、私達。位置は把握してるから、合流するね?)
なるべく不自然に見えない仕草で、右手を上げる。
「ウイト、ママ達が来るってよ。日陰で休んで待つか」
「あーい」
大通りからそれて少し歩くと、ちょうど良い木陰があった。木の根に座り、ポーチから塩飴を出してウイトに舐めさせながら待つ。
夏の日差し。セミの声。青葉のそよいで音は鳴り、影の揺れる。
見ると、足場の悪さに苦労しながら、ウイトが無手で構えていた。いつの間にか、飴は舐め終えたらしい。
「いいぞ。足場の悪さに怯まない、そのために足捌きの稽古を嫌ってほどするんだ」
水筒の茶がなくなる前に、三人が合流した。
ファルの瞳が潤んでいるので見ないようにしていたら、鼻息が荒くなってきたので慌てて普通に話す。そんな属性まで手に入れたら、俺では相手が務まらない。ごまかすように、煙管に葉を詰めた。
「他の連中は?」
「まだ起きてないみたいですね。起きたら念話が来るかと」
「血なんか飲ませやがって。ちゃんと体に異常がねえか聞けよ?」
「はい。私がついていながら、申し訳ありません」
「責めてる訳じゃねえ。覚悟があるなら、何してもいいさ。んで、合流したはいいが、どこ行くんだ?」
「マレーヌ料理でランチよ!」
そういえば和食ばっかで食ってなかったな。
喫煙セットを仕舞い、ウイトをだっこするフウリの先導で、馴染みらしい食堂へ向かう。
「ここじゃここじゃ。じゃまするぞー」
「おう、フウリ様じゃねえか。さあさあ、座ってくれ」
「うむ。大人四人に子供一人じゃ。今日のおすすめの食事と酒を頼むぞ」
「あいよっ。おおいかかあ、まず酒とジュースを持ってってやれ。んん、なんか涼しくねえか?」
「なんだいこりゃ」
「おお。サービスじゃ。この二人は魔法の名手での。この程度は朝飯前らしい」
「ありがてえ。こっちもサービスするぜ」
分厚いテーブルの中央に、樽酒が置かれる。これ開けたら、晩メシまでここじゃね?
「お、お酒はちょっと。まだ昨夜のが残ってるんだけど・・・」
「なんだい若奥さんは二日酔いかい。なら葡萄酒の炭酸割りを出すから、迎え酒にするといいさ」
「炭酸があるんだ、凄いね。そして飲むのは決定なのね」
「炭酸は近場に湧いておる。酒は、北国じゃからな。諦めて飲もうぞ」
樽の酒を柄杓で注がれて渡される。小さな木杯だ。縦にも横にも転がりそうな、ってやっぱりキツイ蒸留酒かよ。喉と胃が焼けて、やっと穀物の風味が顔を見せる。
「すんませーん。ビールもくださーい」
「ありゃあ。マレーヌ酒は口に合わなかったか、兄ちゃん」
「いえいえ。うまいですよ。ただ、ビールで喉を洗いながらじゃねえと、声が変わりそうで」
「かーっ。どんだけ酒に強いんだ。気に入った、すぐに上物を運ばせるぜ」
「あざーっす」
ビールを待ちながら、小皿の木の実を齧る。脂が強いが、うまい。
「木の実もうまいぞ」
「そうですか、では。本当ですね、おいしい。ウイトも、はい」
「んまい」
「おいしい、でしょ?」
「んまい」
睨まれている気がするが、視線を向けたら負けだ。シカトしてマレーヌ酒を呷り、風味を楽しんでから冷えたビールで喉を洗う。
「おまちっ。まずはスープだよ。おかわりもたっぷりあるから、好きなだけ食べとくれ」
いや、鍋ごとかよ。
「わー。でっかいエビが入ってるよ。お魚も貝もたくさん。豪快だねえ」
「これぞマレーヌ料理じゃ。ちまちま作るより、大鍋で作って皆で食う方がうまい」
取り分けたそれは、和風でも洋風でもない味だ。トマトでもビーツでもない、とろとろに煮込まれた赤い野菜。それがこのスープの肝なのだろう。悪くない味だと思う。
「明日っから印持ちの派遣の話し合いか。平原の国だから、狩りがメインだよな」
「そういえば、イーハに念話が届くようになったよ」
「なんだそれ。領域が変化したのか?」
「んー。領域はそのままだけど、こっちの領域の精霊が力を貸してくれるから、念話は届くの」
「あっちの様子も見れるのか?」
「ばっちり」
「なら安心だな。事があれば教えてくれ」
「さあ、メインディッシュのお通りだよっ」
おかみさんが、でかい板を運んでくる。飾りの野菜の中央に、何かのアバラ肉が塊で乗っている。ウイトの目は、すでに釘付けだ。
「にくっ。しゅごいー。にくっ」
「羊のアバラさ。香辛料を使ってはいるけど、かなり控え目にしといたよ」
「気を使わせてすいません」
「それが仕事だよ、よしとくれ。それより、早くその子に食べさしてあげなよ」
ファルが大きなナイフで切り分けた肉を、ウイトが骨を掴んで口に運ぶ。
「うんまあい!」
「もう諦めますか。良かったわね、ウイト」
「あいっ」




